『かがみよ、かがみ』
鬼ヶ島通信38号(2001年)・入選作
作・森里 紅利
こんど、むくのみ小学校は、「全校お楽しみ会」をやるの。
二年三組は、三つのグループに分かれて、Aグループはハーモニカと笛のえんそう。Bグループは、ものまねダンス。私たちCグループは[「しらゆきひめと七人のこびと」のげきをやるんだ。
だれがしらゆきひめになるか、グループで、机をあわせて、話し合っていたら、みほちゃんと、さおりちゃんがけんかした。
みほちゃんは、くりんと大きな目で、長い髪が、つやつやしてる。さおりちゃんは、はだが、雪みたいにまっ白で、すきとおってる。ふたりともとにかくかわいいの。
「私の方が、しらゆきひめに、にてるもん」
「えーっ 私の方が、にてるよ」
ふたりとも、言いはって、ゆずらないの。
「じゃんけんしたら?」
「あみだくじにしようか」
りかこ先生が、あいだにはいって言っても、
「ぜったいやだ」
って、きかないんだ。
学級会の時間が終わるころ、やっとみんなの役がきまった。
りょうへい君が、王子様と、かがみの「声」。ほかの男の子たちは、こびと。私は、
「悪いおきさきを、やってもいいよ」
って、じぶんで言ったの。
みほちゃんとさおりちゃんは、かわりばんこにおひめさま。
「とちゅうで、しらゆきひめが変わるなんて、変だけど、しかたないわよね」
りかこ先生は、もうぐったり。
「はなえちゃんはおとなねえ。たすかるわ」
って、私に言った。
でもね。ほんとは私だって、おひめさまになりたいの。だけど、言えなかった。
だって私、みほちゃんみたいに、きれいな髪じゃないし、さおりちゃんみたいに色が白くないもの。
りょうへいくんに、
「げーっ はなえがおひめさまかよ」
なんて言われたら、やだもん。走っても、泳いでも、ドッジボールをしてもかっこいい、りょうへいくん。みほちゃんも、さおりちゃんも、王子さまをきめるときは、すぐ、「りょうへいくんがいい」って、気が合ったんだ。
「げきの時にきるいしょうを、おうちの人によういしてもらってくださいね」
りかこ先生は、机のまわりを歩いて、役の名前と、いしょうの絵をかいた紙をくばった。
おとなりのみほちゃんは、白いドレスの紙をもらって、うれしそう。
私がもらった紙には、黒いダボッとした服と、黒いずきんがかいてあった。悪いおきさきが、しらゆきひめをだますために、おばあさんになる時のかっこう。
あーあ、こんなの、きたくないな。こっそり、ため息をついたら、
「はーあ」
だれかのため息が聞こえた。前の席のりょうへい君。紙を指でぴんぴんはじきながら、「ちっ」とか言ってる。
りょうへいくんは、校庭で走り回ってるほうが、にあってるもんね。目が合ったから、「やだよね」って顔をしたら、
「はなえ、おまえさぁ」
きりっとすずしげな目でじいっと私を見つめた。なんだろう、って思ったら、
「王子様も、ついでにやんない?」
だって。あんまりだよ。
「お楽しみ会で、しらゆきひめの、げきをやるんだよ」
うちに帰って、おかあさんに話した。
「へーえ、はなえはなんの役?」
「悪いおきさき。みほちゃんとさおりちゃんが、おひめさまをやりたいって言うから、私がおきさきになってあげたの」
「ふーん」
おかあさん、なんだかニヤニヤわらってるんだよ。
「どうせ私なんか、おひめさまにはなれませんよーだ」
ぷりぷりしながらランドセルを開けて、先生にもらった紙をわたした。
おかあさん、おやって顔でちょっとこっちを見たけど、折りたたんだ紙を開いたとたん、
「ひゃー どうしよう。こんなの、ぬえるかしら。ゆかわやで、布、買ってくるね」
ポケットにおさいふをつっこんで、バタバタ走っていっちゃった。
「つくるの、たいへんだったら、黒いワンピース、かりてもいいんだってっ」
げんかんのドアをあけて、さけんだけど、もう、本屋さんの、かどをまがっちゃった。
おかあさんって、いつも思いついたら、まっしぐら。私の話、ぜんぜん聞いてないんだから。「えらかったね」とか、「ざんねんね」とか、言ってほしかったのに。
「いのしし年だから、しょうがないのさ」
お父さんの口まねをして、ためいきついたの。
私、悪いおきさきのせりふ、ちゃんとおぼえたよ。でも、やっぱり、しらゆきひめがやりたいの。
「かがみよかがみ、この国で、いちばん美しいのはだれ?」
私が言うたびに、りょうへいくんが、
「あなたより、しらゆきひめのほうが、千倍も美しい」
って、答えるんだもん。
学級会のあいだじゅう、いじわるなおきさきのせりふを言ってたら、だんだんへんな気もちになってきた。
「しらゆきひめ、きれいな、くしだろう。かみに、さしてごらん」
みほちゃんに、くしをさしだしながら、私、思った。
(この くし さしたら みほちゃんの 長いかみが まっ白に ならないかな)
「しらゆきひめ、おいしそうなりんごだろう。こっちがわを、食べてごらん」
さおりちゃんに、りんごをさしだしながら、私、思った。
(この りんご 食べたら さおりちゃんの はだに きたないしみができたりしないかな) どうしよう。ほんとに私、いじわるなおきさきみたいになっちゃった。
じゅぎょうが終わって、「さようなら」のあいさつをしたとたん、かけだした。
すぐにうわばきをはきかえて、校門をぬけて、むくのみ坂をかけおりて、走って、走って、走ったの。背中で、ランドセルがとびはねてる。走って、いやな気もち、ふきとばしたい。でも、走っても、走っても、なくならないの。
「ただいまっ」
うちについたら、むねがくるしくて、あせびっしょり。
「おかえり。冷蔵庫に、シュークリームがあるよ」
おかあさん、居間のミシンにかじりついて、こっちをふりむかない。
ガガ ガガガ
テーブルいっぱいに、布を広げて、いしょうをぬってるの。いじわるなおきさきの、まっくろな布。
「おかあさんそれ、お楽しみ会の前の日までにつくればいいんだよ。まだ、ずっとさきだよ」
「だって、おさいほうするの、ひさしぶりなんだもん。はやめにつくっておかないと、しんぱいなの」
おかあさん、背中をむけたまま。おかあさんは、なんでも「いっきに」やらないと、だめなんだよね。きのうも、おそくまで、ミシンの音が聞こえてた。
「きょうね、もう、げきのれんしゅう、はじめたんだよ」
「ふーん」
「ねえ、聞いてる?」
「ちょっといま、話しかけないで」
おかあさん、体じゅうガチガチになって、ミシンの針を、にらんでる。
ガガ ガガガ
黒い布の上に、てんてんの線がついていくの。
おかあさん、ちょっと、こっちを見て。あたし、なきそうな顔、してるんだよ。
「ねえ、おかあさん」
肩をゆすったら、てんてんの線がグイッとまがった。
「あーっ ほら。へんなとこ、ぬっちゃったじゃないのっ」
おかあさん、両手でかみをかきまわして、ボサボサにした。
もう、しんじられない。おかあさんなんて、きらいだ。
わざとドタドタ大きい音をたてて、かいだんをかけあがって、子ども部屋のベッドに飛びこんだ。ピンクの花もようのふとんに顔をうずめて、しくしくないてたら、いつのまにか、ねむってたの。
「はなえー」
おかあさんの大声で、目がさめた。
「いしょうが、できたよ。下の、居間にあるから、ちょっと、そで、とおしてみて」
「やだ。いま、きたくない」
「いいからいいから、見て、見て」
おかあさん、ぜんぜんあきらめないの。やっとできたからって、はしゃいじゃって、子どもみたい。もう、うんざり。
「はやく、はやく」
ずるずるひっぱられて、階段をおりて、居間につれていかれた。
「ほら、いいでしょ」
「わー、あれ、どうしたの?」
びっくりした。チョコレート色のカーテンボックスに、いしょうがふたつ、ぶらさがってる。悪いおきさきの、黒いいしょうと、ふわふわの、白いドレスがならんでるの。
「おかあさんのドレス、ぬいなおしたの。おとうさんとけっこんする時にきた、ドレスなんだよ。はやく、きてみな」
おかあさんがわたしてくれたドレスを、そおっと、かぶってみた。つもりたての、雪みたいな、まっしろのドレス。すそのほうが、ふわふわ波うってる。キラキラ光るビーズが、あちこちについているの。
「ほら、にあうじゃない。女の子は、だれだって、おひめさまになれるんだよ」
おかあさんは、となりの部屋から、大きな立てかがみをはこんできた。
「見てごらん」
「ふーん」
のぞきこんで、右から見たり、左から見たり。クルっと回ったら、すそが、ふわっと広がった。
かがみのなかの私は、いつもより、きれいに見えるけど、それって、にあうって言うのかな。
かがみにむかって、
「かがみよかがみ、この国で、いちばん美しいのは、だれ?」
悪いおきさきのせりふをつぶやいたら、
「それは、はなえです」
おかあさんの、キンキン声。かがみのうらにかくれて、答えてるの。おかあさんって、ほんとに子どもみたい。
「かがみの声って、こんなかんじでしょ。『いちばん美しいのは、はなえちゃん!』」
「わー、その声、耳がいたくなる。そんなこと言うの、おかあさんだけだよ」
「そんなことないよ。帰ってきたら、おとうさんにも、見せてあげようね。『いちばん美しいのは、はなえちゃん!・・・』」
なんども、キィキィくりかえすから、はずかしくなっちゃった。
おかあさん、きのうはずっと、これをぬっていたんだね・・・・・・
今日は、みほちゃんの家に集まって、げきの練習。男の子たちは、ソファーでごろごろしちゃって、なかなか、練習しないの。
しょうがないから、女の子だけで、練習をはじめた。
「かがみよかがみ、この国で、いちばん美しいのは、だれ?」
だいっきらいな、せりふを言っていたら、思わず、わらいそうになった。
「はなえちゃん!」
きのうのおかあさんのキンキン声が、頭のなかにひびくんだもん。
「しらゆきひめ、きれいなくしだろう」
みほちゃんに近よって、くしをさしだす時、また、いじわるな気もちになったらどうしよう、って思ったけど、ふしぎ。今日は、だいじょうぶ。
「しらゆきひめ、おいしそうなりんごだろう」
さおりちゃんにりんごをさしだしても、へいき。ただの、げきだもんね、って気がしてきた。
でも・・・・・・、やっぱりつまらないの。みほちゃんも、さおりちゃんも、すごくうれしそうだけど、私だけ、ちっとも楽しくない。
そうだ。どうせなら、おきさきのせりふ、うんとこわく言っちゃおうかな。二回目の練習のとき、わざと、ひくいしゃがれ声で、
「か〜が〜みよ かがみ〜」
言ってみたら、男の子たちが、大喜び。
りょうへいくんなんて、足でソファーをバタバタけって、ひいひい、わらってる。きっと、ばかだと思ってるんだろうな。でも、いいや。なんだか楽しくなってきた。おばあさんだから、こしをかがめて、そうだ、顔もうんとこわくしちゃおう。
「はなえちゃん、こわーい」
みほちゃんは、口に手をあてて、大きな目をくるくる動かしてる。さおりちゃんに、
「すごい顔だよ」
って耳打ちされても、へいき。楽しいほうが、いいもん。
「入れてくれ」
「入れて」
男の子たちも、はいってきて、練習、おもしろくなったよ。悪いおきさきになりきって、こわい顔をして、みんなで、げらげらわらった。
いよいよ、本番、「お楽しみ会」の日。
体育館は、ひと、人、ヒトで、ムンムンしてる。一年生から六年生までの生徒やおかあさんたちのほかに、近所の人たちも、見に来てるんだって。パイプいすに、すわれなくて、立ってる人もいたよ。
おかあさんは、ねむそうなおとうさんをつれて、前の方にすわってた。
「どうしよう。オレ、せりふわすれそう」
「だいじょうぶだよ。いっぱい練習したもん」
Bグループがおどっているあいだ、私たちは舞台のそでで、ドキドキしてた。
ものまねダンスが終わって、次は、私たち。
「行くぜ」
「がんばろうね」
舞台に出たら、体育館じゅうの人が、いっせいにこっちを見てる。最初にせりふを言うのは、私。ちょっと足がふるえたけど、練習どおり、
「かがみよかがみ、この国で、いちばん美しいのは、だぁれ?」
思いきりこわい声で言ったら、
「いよっ いいぞっ」
合いの手をいれてくれた人がいたよ。
「それは、しらゆきひめです。しらゆきひめのほうが、あなたより、せんっばい美しい」
りょうへいくんの「かがみ」も、いいかんじ。千倍ってところに、わざと力をこめてるのに、むっとしたけど、足のふるえがとまってきた。 みほちゃんと、さおりちゃんのしらゆきひめ、すごくかわいかった。でも、だいじょうぶ。
せりふを言うたび、パチパチって小さいはくしゅが聞こえて、私、すっかり悪いおきさきになりきっちゃったよ。
最後は、おきさきが鉄のくつをはかされて、おどりつづけるシーン。おどり終わって、舞台のそでで、ふうっと大きく、いきをはいたら、
「よ」
りょうへいくんに、肩をたたかれた。
「おまえ、おもしろいな。こんど、ファミコンしにこいよ」
だって。びっくりした。
りょうへいくんや、さおりちゃんと手をつないで、もう一度、舞台に出た。一列にならんで、おじぎをして、たくさん、たくさん、はくしゅをもらったよ。
Copyright(C) morisato 1999
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