『本と本の周辺』
4/10、2003 Update

このページは同人おすすめの本を中心に紹介します。本だけに情報をかぎるのではなく、 それをとりまく映画、アニメなどに話が発展することもあります。また、その時々に気 に入った本を紹介する人、 自分で決めたテーマにそって紹介する人、長い紹介をする人、 短く紹介する人、紹介の仕方も さまざまです。本好きのみなさん、気に入ったところ をお読みいただき、しばしおつきあいください。

2003/4・ 本と本の周辺


●『阿弥陀堂だより』  南木佳士  文芸春秋

 毎日、ニュースを見るのが辛いです。せめて心の休まる本が読みたい。
この『阿弥陀堂だより』は、気持ちがなごみました。
 40代になった夫婦の物語です。夫はなかなか書けない小説家で、妻は人の死に立会い過ぎて、心を病んでしまった医者。二人は都会の生活に見切りをつけて、夫の故郷、過疎の村に帰ります。自然にかこまれ、昔ながらに暮らす老人や近隣の人々と交流していくうちに、しだいしだいに自分を取り戻していく、という話です。
 この小説のポイントは、阿弥陀堂に住む90歳過ぎのおうめ婆さんです。おうめ婆さんは、明かりのための電気をのぞけば江戸時代とほぼ同じ生活をしていて、ほとんど村を出たことがありません。それなのに、物事の本質を見抜く目を持っていて、その言葉は傾聴に値します。それなのにと書きましたが、それゆえに、というべきかもしれません。
 物語の最後は絵にかいたような、ハッピーエンド。やっぱりハッピーエンドの小説が好きだなあ。
 映画化されていますが、見損ないました。ビデオの発売を待ちます。 (紙魚)

●『キャラクター小説の作り方』     大塚英志    講談社現代新書

 あなたが「物語」を書く人ならば、「世界観とキャラクターとドラマを、いかに効果的に魅力的に組み合わせるか」ということを、真剣に考えたことがあるでしょう。ありませんか? あるいは、自分の話に「オリジナリティがない」と悩んだことは? 「物語を書きあらわしていくことは、単なる表現ではなく、自分にとって自己実現につながるんだ」なーんて感じたことは?
 先日、小説ではなくまんがを書く友人と話をしました。自分の中からわきあがってくる「物語」の原型って、どんなもの? それを、どうやって作品として、完成させるべきなのか?
 自分の中でも確かにはつかみえないその問題を、いろんな問いと答えで煮詰めていくうちに、ふたりの発想の違いが浮かびあがってきました。その会話は、とてもわたしにとっておもしろいものでしたが、そのとき感じたことに近いことが、極めて具体的に、ハウツーとして解き明かされているのが、この本です。(小説の書き方、ではなく作り方、というところがミソだと思います。)
 現代のまんがやゲーム、アメリカン・インディアンの伝説、中世説話、近世の歌舞伎、ハリウッド映画の脚本術、田山花袋の『蒲団』、『プロジェクトX』、『ぼくを探しに』、『千と千尋の神隠し』……。幅広い例をとりながら、作者は、多くの「物語」が共通するパターンから成り立っていることを示します。そして、そのからくりを解き明かして見せつつ、「しかし同時に、どんなパターンやデータベースにも決して還元しえない個性やオリジナリティというものが、すべての表現にはある。その領域は、必ずある。そのような作品への尊敬の念を忘れないでほしい」と言います。
 この本で言う「キャラクター小説」というのは、「大抵は、漫画家・アニメーター・イラストレーターの表紙がついている、角川のスニーカー文庫などのような小説」です。けれど、そこで語られている「小説の書き方」は、物語を構成するすべての人に通用する、とても普遍的なものだと感じました。作者は、現在のキャラクター小説に、非常にレベルの低いものがあることを認めつつ、「キャラクター小説は文学であるべきだ」と、その可能性を語ります。
 まんが、アニメ、ゲーム……今の子どもたちの周りには、善かれ悪しかれ「魅力的な」キャラクターがふんだんにあふれています。そのような中で、本当に「おもしろい」読み物を子どもに呈示しようと思ったら、この本の中で語られているようなことを、一度考えてみて損はないでしょう。
 冒頭にあげた問いに対する答えをあなたが探しているとしたら、そのヒントがこの本でみつかるはずです。(水科)

●ヤングアダルト的本棚
 『盗まれた記憶の博物館』 上下   ラルフ・イーザウ  坂寄進一訳  あすなろ書房
 『銀の鍵』  角田光代  平凡社

 三、四月とひさしぶりの友人に会う機会が多かった。そういう時、おきまりのように、携帯のメール番号を交換しようということになる。でも、これが、おばさん同士だと、結構大変。携帯の操作をよく把握していないので、スムーズにいかないのだ。「ええと、どこを押すんだっけ?」「あれ、消えちゃった」「ねえ、これ、どうなってるの?」「かけるのと、受けるのはできるんだけど……」と、こんな感じ。なら、メール番号なんて交換しなきゃいいと思うんだけど、それがそうでもない。せっかく買ったのだから、使わないと損だと言う。ある時、とうとう、ひとりの友人は、電話で、子どもに操作方法を聞くと言い出した。で、電話にでた子ども。「えっ? また忘れたの? この前、おしえたばかりでしょう」受話器からもれ聞こえたひたすら迷惑そうに怒った声に、その場の一同、思わずシーン。その後、大爆笑。そこにいた人たちはみんな、少なからずそう言われたことがあるのだ。
 ということで、今月は、忘れることばかり増えてしまう困った年代にも読んでほしい「記憶」をテーマにした作品。
 『盗まれた記憶の博物館』は、『ネシャン・サーガ』の著者の第二弾。佐竹美保の表紙の絵と題名のインパクトに、読書心がそそられる。
 十四才のふたごの姉弟、オリバーとジェシカは、ある日突然、警察の家宅捜索を受けた。父親が博物館のものを窃盗した容疑をかけられているというのだ。父親のことを思いだそうとしても、この姉弟、父親の記憶が全くなく、愕然と立ち竦む。父親に関する記憶が盗まれてしまったのだ。ここから、ふたごたちの父親の行方と記憶を捜す冒険が始まる。だが、ふたりは、いっしょには行動しない。オリバーは、忘れられた記憶たちの世界「クワシニア」に行き記憶たちとともに活躍し、ジェシカは現実の世界で、協力者のミリアムとともにインターネットを駆使して、謎解きをする。このふたりの世界を越えた協力が、この物語のひとつの読みどころだ。
 出だしからテンポよく、どっきりするしかけ満載の展開に、読者ははらはらしながらページをめくっていくだろう。考古学や歴史の知識の下地もあり、過去のできごとを忘れ去ってはいけないと、ナチスのユダヤ迫害のことにも触れるなど、テーマは深く奥行きもある。ただ、難をいえば、ジェシカもオリバーもあまりにもできすぎたかしこい子すぎて、少し共感しにくい。とくにオリバーのクワシニアの活躍など、「うまくいきすぎじゃない?」って、つっこみたくなることがたびたびあった。そのハリウッド映画的活躍を踏まえて読めば、十二分に楽しめる作品。

 『銀の鍵』は、かわいい絵とおしゃれな装丁で大人向き絵本のような作品。(立ち読みでも読める短さ)
 記憶をすべて失い、見知らぬ土地で目をさました女の子の気持ちの揺れをすくいあげるように描いている。著者の角田光代は、「過去のない男」という映画を見て感動し、感想文としてこの作品を書いだという。ストーリーが、平板なのは、感想文としての作品だからだろう。本とともに映画も見てほしいと作者はあとがきで述べている。
 記憶をなくし、言葉も通じない土地で、自分がだれなのか、何をしたい人だったのかすべて忘れてしまっても、自分という人間は失われない。言葉が通じなくても、やさしくされれば涙があふれるし、記憶がなくても、心地いいと感じることはできるのだ。なにげない動作、なにげない会話をふくらみある描写でとらえて、記憶がなくなっても残るものがあると、静かに伝えている。
 
 

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