●『翻訳夜話2 サリンジャー戦記』 村上春樹 柴田元幸 文春新書
『ライ麦畑でつかまえて』を村上春樹が『キャッチャー・イン・ザ・ライ』として新訳した。この『翻訳夜話2 サリンジャー戦記』は、村上春樹が柴田元幸を相手に『キャッチャー・イン・ザ・ライ』を縦横無尽かつ詳細に分析し語っている本だ。小説家が小説を読むとはこういうことなのかと舌を巻く。私には村上春樹の小説よりもおもしろかった。その一部を引用してみよう。
「発展性なんてほとんどお呼びじゃない。成長? そんなことするなよな、みたいな感じで。」
「この小説はむしろその構造的な欠点ゆえに、構造性をある部分で拒絶するがゆえに、その捨て身とも言える無防備さゆえに、読者の心に深く食い込んでくるのだ、と言い切ってしまうことも可能であるかもしれない。」
「小説(物語)にとってもっとも大事なことは、読む前と読んだあとで、読者が物理的にどれだけ動かされているかにあるのだ。」
遠い昔に読んだ『ライ麦畑でつかまえて』は、たしか、少年がうろうろする話だった、ような……、そんな記憶しか残っていない。村上春樹訳を読んでみるつもりだ。(紙魚)
● 『ファンタジービジネスのしかけかた−あのハリー・ポッターがなぜ売れた−』
野上暁+グループM3 講談社+α新書
『ハリー・ポッター』シリーズをまだ1冊も読んでいない。理由のひとつは、あまりにもブームになりすぎたからだ。わたしはアマノジャクで、「今さらわたしが読んでも読まなくても、大勢に影響ないもんね」と思ってしまう。
もうひとつの理由は、周囲の評価があまり高くなかったから。『ハリポタ』を読んだ友人に感想を聞いたら、こんなふうだった。「おもしろかった?」「まあまあかな」「どんな感じ?」「ジャンプ漫画」「本当?」「うん。戦いで一人ずつ倒れて、主役を先へ行かせるの」
それは、確かに“おもしろい”だろうし、重厚な本格ファンタジーと比べれば、欠点アリアリだろう−−というのが、わたしの印象で、わざわざ読もうという気にならなかった。
読んでいないからには、よくも悪くも言いようがない。ただ、あれだけ売れているのに、否定的な評価をする人が多いことについては、不思議に思っていた。そんなに話題になっているものが、論議に値しないほどつまらない作品だとは思えない。そして中身がどうあれ、読む人が「おもしろい」というなら、それはいいことじゃないのだろうか?……と。
この本は、そんなわたしの疑問にひとつの答えをくれた。なぜ驚異的に売れ、評価が割れているのか。ビジネス、文学、エンターテイメントの3方向から、具体的な数字や声を上げて論じてくれている。
第三章ではサブカルチャーとの比較ということで、ゲーム・アニメで人気の『ポケモン』と『ハリポタ』を並べて論じている。わたしにとっては、『指輪物語』などとの比較より、こちらのほうが的を射ていると思えた。
「結局、売れているものはやっかまれるということか」などとも思っていたけれど、それのみではない「危うさ」についてもきちんと提示されている。
日頃あまり意識したことのない「児童“文学”」という言葉の意味を、考えてしまった。子供の読み物は、“文学”でなくてはいけないのだろうか? おもしろいだけではダメなのか? 自分が夢中になった本の数々を思い出してみる。答えは見えない。
とても興味深くこの本を読んで、「よし、ハリポタ読んでみよう!」と思った。順序が逆だとは思うけど。(水科)