●『日本語と私』 大野晋 新潮文庫ずっしりと中身の濃い本でした。生まれ育った下町のことなどがなつかしく綴られ、つづいて旧制高校での生活が語られます。そこで出会った尊敬する教師や友人との人間関係の豊かさは、今では望めないものではないか、とため息がでます。著者は戦時下に大学に入ると研究に没頭していくのですが、その打ち込み方がすさまじい。昔、お世話になった『岩波古語辞典』(共著)は、この著者が二十年間かけてつくったものだったとは……。一字一字をとことん調べ尽くし考え尽くしていく著者は、本居宣長の日記の数行から、宣長の恋心を感じとり、再婚して恋を成就させたことまで推理してしまう、あるいは紫式部の日記から宇治十帖を読み解いていく。などなど、どこを読んでもおもしろく、あとがき・解説で井上やすしが、「自伝の傑作」と激賞しているのは全くその通りだと思いました。(紙魚)