●『忘れられる過去』 荒川洋治 みすず書房七四編のエッセイ集。とても文章がいい。言葉に曇りがないからわかりやすく端正なのだと思う。どの一編にも味がある。人間を深いところでよく見ている人なのだと思った。たとえば原稿用紙二、三枚ほどの「まね」という一編。「人間には、二通りしかない。まねをする人と、まねをしない人。」 まねをする人とは、ひとつのようすを体をつかって再現する人。「まねする人はしない人より心が自由であることはたしかだ。いつまでも自分をにぎりしめていない人だから。」 読んでどきりとする。私がまったく読んだことのない小説家の批評もある。近松秋江、結城信一、井伊直行、島村利正……。おそらく地味ながらも「人間の姿」をとらえようとした作家たちで、著者の目はいつもそこにあるのだと感じられる。著者は詩を書く人。詩集を読んでみたい。(紙魚)