ももたろうリレー童話・第二作

『雪女と発熱男』

第六回 おまえはだれだ!

三木 朗                              

 細くしなやかな指が、はだけられた義人の、筋肉のないぽってりした胸にずぶずぶともぐっていった……。
白目をむいて、とっくに気絶している義人……。
白雪の指先、義人の胸奥で、カチリと小さな音がした。
それから白雪は、往復ビンタを10回ほど容赦なく義人の頬にくらわせた。
ビシ バシ ビシビシ バシバシ バッシーン
「イッテー」
 言いつつ、義人の目は半分開いたが、焦点はあってない。ビンタが効き過ぎたのだ。再び目を閉じ、自分のぽってりした胸をしきりにまさぐっている。
――ない、どこにも傷はない、トクン トクンと確かな鼓動を手に感じる。
俺は生きてるジャン! 
 それに、なんか、とっても気分爽快。脳みそが煮えているような、いやーな感覚が消えている。あ、熱が下がったんだ!
安堵の息を深々と吐く義人の耳元で、「バーカ!」とささやくこの甘ったるい女の声は??
恐る恐る目を開いた義人の視野いっぱいにドアップで映ったのは……。
 つやつやと光沢のある真っ白い毛でおおわれた、まんまる丸顔の……白タヌキであった。くっきりとした二重のアーモンドアイが、妙に色っぽい、と瞬間的に感じてしまった義人であった。
「えーと、えーと、おまえは……」
 目を白黒させる義人に、白タヌキが微笑して言った。
「雪狸さ、あたしゃ」
「…………」
 アリエネー。きっと俺は狂ってしまったのだ。悲しくて再び閉じた義人の目尻からツツーっと涙がこぼれ落ちた。
「しっかりしろ、バッカヤロー」
 ビシバシ ビシバシ、またもや容赦ないビンタ。
「や、やめてくれー」
 壁ぎわまでごろごろ転がって、こちんこちんに固まって白タヌキを凝視する義人。
――タヌキといっても、こいつは、……そう、ユキと同じくらい、身長155センチくらいはある。
「タヌキもこうデカイと、ずいぶん不気味ダゼ」
 と義人が思ったとたん、白タヌキの目がつりあがった。
「あたしをバカにしたな」
 2メートルはあった間合いを一気に飛んで、白タヌキは義人のぽってり胸に指を突き刺した。カチンと小さな音が聞こえた。
 とたんに、義人の体内からカッカッカと熱がわき起こってきた。おなじみの、脳みそが沸き立つような感覚!
「あつい、あっつい、なんなんだ、これは。もう、ヤダー、55度は!
 のたうち回りながらも、義人は我が身を守らんと、両腕で胸を抱え込んで、必死に白タヌキを見やった。
「え、ええっーー」
 そこに宛然とたたずんでいるのは……白い着物、白い帯、そして緑なす長〜い黒髪、白雪であった。白雪なら、俺に若干の気があったはず!
「助けてくれ、白雪」 這い寄ろうとする義人の目の前にドンと二本の脚が立ちふさがった。黒いズボン、素足に黒い鼻緒の下駄履き、足の甲に、ふさふさと密生する黒い毛。見上げると、黒い学生服に黒 いインパネスを羽織った端正な二枚目と目が合った。
 ニヤッと歪んだ口元にのぞいた、キラリと光る白い牙。
「うわあ」とのけぞった義人の耳元で、かすれ声 『りんご、いらねがー』
 振り向くと、ずんぐりむっくりした白い子ダヌキが、食べかけのリンゴをぬーっと突き出した。リンゴには、子ダヌキの歯形がザックリとついていた。
「いるか、タヌキの食いかけなんか! 白雪い、た・す・け・て!」
 彼女にすがろうとした義人だったが、気がある、なんて、はなはなだしい誤解だと思い知った。
白雪は、二枚目ふぶきに肩を抱かれ、あざけりの笑みを口元に浮かべ、四つんばいで哀れっぽく見上げる義人を冷ややかに見下ろしていた。
「これは悪夢だ。ちがいない、俺は高熱で、悪夢にうなされている最中なんだ」
 半泣きで、ぶつぶつつぶやく。
「残念だったわね、これはリアリズムよ、あたしら、実在してるんよ」
 頭を抱えてうずくまる義人に、白雪の冷静な声が聞こえた。
 人が、がばっと立ち上がった。涙と鼻汁でぐしゃぐしゃの顔をめいっぱい引き締めて、二人をピシッと指さして叫んだ!
「悪夢よ、消え去れ! さらば、わが夢の中の住人!!」 
                                                                             

第7話に続く