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☆24 南禅寺南禅院 臨済録提唱 2 平成27年5月19日 本当は案内には 八時半までに来て下さい と書いてあるが 今回は九時ちょっと前に着く 申し訳ない 南禅院の入口のところで 清光軒老師と偶然はち合わせ 見ると 東福寺の幽松軒老師と一緒に来られたようだ 受付で住所と名前を書いて会場へ 初回の四月よりも 参加者が多かった そして遅く行ったからか 既に人はほぼ満席の状態であった 辛うじて一番後ろの席が空いているので そこに坐した まだ開始まで若干時間があったので 右隣におられた居士の方と 少しだけお話した 「どこから来られましたのですか」 「いやぁ 私たちは 東福寺の 提唱の会に参加しているものです」 「東福寺って 提唱の会があるんですか」 「ええ ずっと昔からやっています 更幽軒老師の時代からです」 「そうですか 場所は何処でなさってますの」 「普門院です 最近は 臨済禅師1500年ということで 臨済録の提唱です」 「そうなんですか 普門院って 東福寺の専門道場の中ですよね」 聞くと 更幽軒老師が来られるので数人で本日来られたようだ そして 香南軒老師が入場される直前 僧侶一般参加者ともに 全員が起立して 大悲呪を唱和する その間に 老師は徐に三拝 今回は 初回と違って僧侶だけでなく 居士の方々も起立された もしかして 先日あった報恩坐禅会の時の提唱が影響しているのかと思った そして 大燈国師遺誡を読経 私も座を組んで着座した でも隣の東福寺の居士の方は正坐であった どうやら 東福寺での提唱は 正坐のまま拝聴するのだろうかと 思った 香南軒老師の提唱が始まった 提唱の内容は 『 随処作主 』 であった 臨済録の 『 随処作主 』 を読みたい方は ここをクリック下さい 提唱の後は 四弘誓願で終了 私が参加した 今回の提唱の中で もっとも参加者が多かったと思う ただ今回は圧倒的に僧侶の数が多く八割程 居士が二割いかない程度だった そして 第三回 6月14日(日) 『 破夏の因縁 』 は 私は欠席した 臨済録の 『 破夏の因縁 』 を読みたい方は ここをクリック下さい 結論から言うと 私は十回の提唱のうち 参加したのは 五割の五回 ただ報恩坐禅会の提唱をたすと 過半数越えの六回である 今考えると もっと参加した方が良かったかなぁと 思ってしまう ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 臨済録を勉強したい方へ お勧めの本は ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ご存知でしょうが 『 臨済録 』の様に 出典が中国で昔の時代であり かつ 宗教書となると 通常の学問書とは やや趣を異として 宗教学者の方々の著作されたものが 相当数ある一方で 老大師の方々が著作されたものも 相当数ある 更に 漢文と中国語の語学研究者の角度から 書かれたものもあり 更には 哲学関係の方が書かれたものと 非常に広範囲であって あまり考え過ぎると どの書物で勉強すべきなのか 結構迷ってしまう そして 老師の場合ですが 何れの老師も当然ながら 提唱は皆様なされますが それらを 著作として 例えば 「臨済録」 「碧巌録」 「無門関」等として 出版される 老師は どちらか言うと ごく少数の様に 思っています また 中には 発行されていても 老師が遷化された後 弟子たちによって 発行されるケースも多いようです そんななかで まず最初は もっとも 定番で ポピュラーなのが ○臨済録 岩波文庫 ○著者 入矢義高 ○発行 岩波書店 ○定価 734円 税込 実際のところ この本が 勉強する方には 最初に一番買われていると思われる 文庫版で 値段も安くて 例え 勉強しなくても 買っても損は少ないです 笑
入矢 義高先生は 明治43年12月13日生まれで 中国古典文学の研究者 そして中国禅の仏教学者 京都大学卒業後は 東方研究所(人文科学研究所)で 禅籍における中世期の中国語研究の第一人者 そして上の岩波文庫版の 『 臨済録 』 は中世期中国研究の第一人者として 新しい訳で 発行となった --------------------------------------------------------------- 次に 初回の読書紹介ですから もう一冊あげるとすると 老師の中で 今回の南禅寺の管長 香南軒中村文峰老師の次の本を 紹介しておきます ○臨済録 (現代語訳) ○著者 中村 文峰 ○発行 大蔵出版 ○定価 5,724円 税込 今回の臨済禅師1500年遠諱 臨済録提唱をなさっている 中村文峰老師が 還暦の頃 虎渓山僧堂師家の時代に 著作されたもので 下の様な 装丁と なっています 学生さんの場合には 少し値段が高いかもしれません・・・ 実を言うと 今回の 臨済録提唱は 全ての回で使用される 教本ですが 下記の 現代語訳 『 臨済録 』 が ベースになっているようです 読んで字の如く 現代語訳ですから 本書には「読み下し文」と「口語訳」のみで 原文は記載されていません そのため 老師は後書きで次の様に のべられている 『 臨済録の「口語訳」を終えてみて、時代の要請が「読み下し文」から、一気に 正確な「口語訳」を求めていることが判った 』 (この二行 「現代語訳 臨済録」より引用)
この 「 臨済録 」 に関する書物に関しては まだ続けて簡単に触れていきます |