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☆41 洞山良价から道元禅師へ 一方臨済義玄から 黄龍慧南と楊岐方会へ そして 栄西 無本覚心 中巌円月 黄龍慧南から栄西 楊岐方会から 開福道寧・・ 無本覚心 大慧宗杲・・ 中巌円月 曹源道生・・ 一山一寧 破庵祖先・・ 清拙正澄 へ 最初に承陽大師 道元禅師の法脈を見てみる 菩提達磨からは 次の通りとなっている ![]() そして下の法脈図No4では一番左側に記載しているのが 曹洞宗永平寺の流れである そしてその隣が 臨済宗黄龍派の流れを汲んでいる 千光派である 虚庵懐敞から その法を継いだのが 明庵栄西である そして 栄西から その弟子である 釈円栄朝、退耕行勇、天庵源祐などに引き継がれた しかし現在ではその法はどうなんであろうか その後 釈円栄朝の弟子 蔵叟朗誉へ そして寂庵上昭に引き継がれた 寂庵上昭から 龍山徳見へと なっている 他にも 退耕行勇からも 幾人かに繋がっていくが 時間の関係もあるので 詳しくは後日に検証しようと思う では 表04をここで掲げておく ![]() 黄龍派は上の 栄西のみであって 他はみんな 楊岐方会の楊岐派である さて栄西の隣の 無本覚心であるが ここ臨済宗建仁寺派の宇多野 正覚山妙光寺の 開山で あります また無本覚心は 心地覚心とも 法燈国師とも言います 知らない方もおられるでしょうが 法燈国師こと無本覚心は 中国に渡る前に 先輩の道元禅師 とも会われています 無本覚心は 栄西の弟子である釈円栄朝や 退耕行勇から学びますが 結局は宋に渡って 無門関で有名な 無門慧開の法嗣となります ただ日本で既に栄朝や行勇から法が繋がっていた かは不明のようです ですから無本覚心は 臨済宗楊岐派の 法燈派となっているようです 日本に伝わった臨済宗で 黄龍派は栄西の千光派のみ また無門関の流れを汲むのは 無本覚心の法燈派のみです 同じく 宏智正覚との論争で有名な大慧宗果の弟子で 拙庵徳光の流れを汲むのは 詩と文学で 名声を誇る 中巌円月の中巌派のみです 名前をクリックすると 大変詳しい論文が読めます 中巌円月のファンの方は 参考にしてください そして 一山一寧は頑極行弥の法を嗣ぎ その後は無準師範の法嗣 環渓惟一に参禅した この一山一寧は 二度の日本攻撃したした 元クビライが 交渉により日本を従属させるための スパイであったとも言われている そしてその労によってか 一寧には大師号が贈られている 興味のある方は 一山一寧をクリックして ウィキペディアをお読みください 一山派と呼ばれる 最後に清拙派といわれる 清拙正澄であるが 中国当時の元の僧 清規を著し『大鑑清規』が 有名である 建仁寺の禅居庵を開創した |