☆43 無準師範から 日本への八つの流れ


無準師範から 雪巌祖欽へ 環渓惟一へ

                日本への来日僧 兀庵普寧へ 無学祖元へ

      そして 日本からの留学僧 円爾へ




楊岐方会→ 白雲守端→ 五祖法演→ 圜悟克勤→ 虎丘紹隆→ 応庵曇華

→ 密庵咸傑→ 破庵祖先→ 無準師範 と続いていた

中国での流れではなく 日本に伝わった 臨済宗の流れを考察すると 栄西の伝えた

黄龍慧南の流れをくむ 黄龍派の千光派を除けば 全ての流れは 楊岐方会であり

同時に 五祖法演の流れを嗣ものであるとも言える

同様に五祖法演から圜悟克勤への 流れでないのは 法燈派だけであり

同じく圜悟克勤から虎丘紹隆への 流れでなく大慧宋果の流れは 中巌派だけとなる

その他は全て 虎丘紹隆→ 応庵曇華→ 密庵咸傑までの 法嗣の流れまでは

同一となっている

下にあるのが 表05で 全ての派の流れが 密庵咸傑→ 破庵祖先→ 無準師範と

続く 法嗣の流れである

前回の表04と並べて見れば すぐに解りますが 一山派は密庵咸傑まで 清拙派は 

破庵祖先まで一緒ですが そこからは別の流れとなっています





今回の 表05は 無準師範の法系となっています

黄檗宗は鎖国中の日本に伝えられた臨済宗でありますが 流れは 密庵咸傑→ 破庵祖先→ 無準師範

の流れをくみますので 同じ流れと言えます

日本の黄檗宗の開祖 隠元隆g禅師は 黄檗希運の弟子 臨済義玄を 臨済宗の祖師として 第一世

そこから数えて 三十二番目であり 生涯 臨済正宗第三十二世と名乗っている

法脈は 破庵祖先→ 無準師範からのものであり 臨済宗の中でも中国から見ても 正に本流の法系

といえる

上の図表では 隠元隆gへの法系の流れが長いので 中間省略をしたので この場所で 無準師範から

隠元隆gまでの 法脈を示す

現実的には 次の通りとなって 臨済正宗第三十二世となる


上記の表の中では 聖一派の円爾と 大拙派の大拙祖能の二人が 入宋入元した 日本の留学僧である

中でも円爾は 少し禅宗を勉強した方なら ご存知の名前といえる





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