|
☆45 六十歳になって 禅僧ににりたい人へ
五十歳六十歳になって 禅僧になる方法って 二年ほど前に ある知り合いから定年退職になったので 禅宗の僧侶に なろうかと考えているという話を聞いた その時「辞めとけ」と助言した記憶 がある ただその後は 話をする機会がないのでどうしているか心配だ 今時 老後が長くなった影響でか 歳をとってから 僧侶の道を考える人が 結構いるという 何となく解らないでもないが 個人的な意見を言えば 余程の強い理由が ない限り 諦めた方がベターなんではと考えている 仏教も宗派によって その立ち位置が随分と違うであろうから 今回は禅宗 ということに限って少々考えてみました 言えば 禅宗は基本的には僧堂生活が必須条件となっているため かなり 僧侶になる道は険しいと言える 因みに私は 僧侶になろうとか なりたいとか一度も考えたことはありません ましてや 歳とってからその道に進もうと考えている方が おられる事に正直 私としては驚きを感じています そして尊敬の念も抱きますね ただ お寺側から見ると 檀家減少などの地方僻地での寺院維持の困難化 更には 少子化に伴なう 寺院世襲の終焉などによる 無住寺院の増加等々 理由から それなりに一般社会からも 僧侶を育成しなければならない 必要 性があるのかもしれない さて 禅僧になるためですが 大変厳しい 専門道場での修行が必要です 道場での序列 先刻ご存知でしょうが 年齢に関係なく 修行年数の長短で 決まります ですから 肩書があるとか 国家資格があるとか 大金持である などなどは全く意味がありません しかも 修行の場である僧堂生活は 昔の日本の軍隊のような生活環境に 近いと言えます 若い人がほとんどだから 五十を過ぎると体力的にもきつく 六十を過ぎると ちょっと無理があるのではと思えてしまう まぁ僧堂生活から挑戦するのは やはり四十代まででないと難しい気がする さてここまで書くと お寺に関係のない中高年のおじさんが 禅僧になるのは あきらめようと 思わられるかもしれない 私の穿った見方かもしれないが 気になっていることが 一つあって 昔と違 って 最近の僧堂は あっさりと修行を辞める若い修行僧が多い様に思って いる ただこれは 会社に就職した大学生の離職割合も昔と比較してみると 大変高くなっているから 全くそれと同じ事なのかもしれない もう一つ大変なこと 中高年になると頭の良い人でも頗る記憶力が落ちて しまい お経を覚えるのも大変である 私は四十歳頃やっと般若心経を覚えたが 結構大変長く掛かった覚えがある 食事の経文は更に長くかかった 実は記憶力これも高いハードルだと思う 更に 僧堂に行った場合は そのいろいろな作法を身に着けるというか さて 老年の修行僧でも 身体に染み込むほど身につくのであろうか? そう思うのであるが ここまで読んでも 禅僧になりたい方は 続きをどうぞ 一応 予備知識として 臨済宗妙心寺派の総務部 宗門活性化推進局の 宗門外よりの人材勧募事業の概要が 次をクリックすると閲覧出来るので お読み下さい これは 妙心寺派に限ったものですが 僧侶への道を示しています 妙心寺派 宗門活性化推進局 そして一応 誰もが可能な道となると 最近正眼僧堂系列の 正眼短大が 主体となっている 次の養成コースだと思われます 次をクリックして その養成コースの概要をおつかみ下さい 正眼短大の妙心寺派僧侶養成コース もちろん知り合いの和尚があれば 前述の様にその方を師匠として 得度 弟子入りし それから専門道場に掛搭して修行し 本来のコースを辿る ことも出来る そして通常の場合 寺院の子息は父親を師匠として 道場に入門する さて どうですか 頑張ってその山を乗り越えたとしてもですよ 僧侶には五等教師とか四等 教師とか あるいは何等地の寺院とか 僧侶や寺院等の階級もあって 結構縛りが多いです うまく 檀家のある空き寺があっても 実際は望みが叶うかは難しい 若く僧堂に入ったら 確かに寺院以外の出身者は老師を目指すのは確かに 有力な目的となるであろうが それは三十五歳位までに僧堂に入った人達の お話である さて臨済宗でも 各派それぞれ宗則或いは 宗則ではないが内規そして 慣習があるから結構難しいのが この修行年数である 私は 全ての宗則を読んだ訳ではないし 内規や慣習に至っては知らない ことがほとんどですので 詳しくは書けませんが 本山各派によっても相当 な開きがある様な実感があります 特に本山のある塔頭の場合などは 公表されていない 内規とか慣習の 縛りが強くて 修行年数が五年以上必要とかも かなりあるようです 今年の春でしたか 東福寺は「修行僧の僧堂3年以上に」という課題に関し 定期宗議会で討議され 宗制の教学規程に僧侶の「僧堂歴3年以上」を 明記する賛否について協議されたが 結局継続審議となった 「僧堂歴3年以上」の賛否は 誰もが僧堂修行の必要性を持ってはいるから 一応賛成ではあるが 経済的或いは 病気等の身体的理由等からの慎重 論があったり 逆に 寺の世襲維持で 将来の法灯が続くのかという疑問 もあり 大変白熱したようだ 外から見た 一般人である私の意見ですが ひとこと 賛成の意見も反対の意見も ごもっともな意見だと思っています 私はそんな事より 僧堂そのものの人数が減っている事に危惧を感じてい ます 全国に三十を超える 専門道場がありますが 二十人以上修行僧の いる道場ははたして幾つあるんでしょうか 物理的に考えてみて 堂内と常住があるとすれば 十五人程度は・・・・・・・・ いやぁそれが無理でも最低二桁 十人以上は必要だと思います 数人となってしまえば 伝統的な作法等が途切れてしまう危険を感じます 私はその観点からも 大きな経済的問題と身体的問題のない寺院の世襲 の禅僧は最低三年は僧堂にいても 良いのではないかと思うが 皆さんは 如何がお考えでしょうか 一年二年で自坊に戻って 直ぐに坐禅会等を開催している方もおられる様 ですが そんな余裕があるんだったら もう数年修行した方が 本人のため にも ずっと良いのではと思ってしまいます まぁ 最も単純に修行年数が長ければ良い という単純なものでもない事 も存じてはいますがね 最後になりますが それでも努力して何とか 一般人で僧侶になられた場合 私が望むこと ひとつだけ 定年退職から禅僧になった場合 傍から見ると 年取った僧侶にしか見え ません ですから当然何でも知っている僧侶と 必ずや見られてしまいます ですから 必ず 僧侶になってからも 必死に勉強をして頂きたい そして 僧侶の修行もして頂きたい 私も現在聴講生として 大学に籍を置いているが 禅宗に興味を持ち研究 はされているが 僧侶の道は目指さない中高年者は 結構数多くおられ 吃驚します 研究会や勉強会に参加しても 多くの方々が参加されている 結構 私と違って 高いレベルの方も意外とおられる印象を 昨今は持って います だから勉強だけはして欲しいと 願っています ただこれは 世襲の若い 副住職の皆様にもあてはまることでしょうね |