☆51 日本禅宗史 栄西道元より昔 1


日本に 禅宗を伝えた方は 
       道元や 栄西や 有名な僧だけではない
                もっと古い時代にも おられた



臨済宗二十派の流れの 概略だけを三回にわたってみてきました

今回は あまり知られていない方について 二十派の展開を考察

する前に 前半後半にわけて 少しだけふれてみます

最初に下記の 表07をご覧ください


                            表07

 

今回はこの色の
■■■に書かれている人名に ご注意ください

そして今回は 道昭 行表 義空の三人についてふれます


○道昭   法相宗の僧  六祖慧能より昔の禅を伝える

道和(629-700)なんと この時代にあって 生没年が判っているのに
まずは吃驚する 遣唐使船で入唐して あの有名な玄奘三蔵(600-664)
から学び 三蔵法師から紹介された 禅宗二祖 慧可の弟子である慧満
に参禅した
帰国後 法興寺に禅院を建てた  また没した時には日本で初めての
火葬に付されたという  また弟子に有名な行基がいる
この道昭が もっとも早く日本に禅宗を紹介した僧の一人であろう

もう少し知りたい方は 上の○道昭をクリックして ウィキペディアを参照
してください
因みに お断りしますが ウィキペディアは良く出来た辞典と思っており
愚禿も愛用しており また反対に結構な書き手にも廻っています
しかしながら 結構 間違いも多いので 何かの参考とされる時は十二分
に御注意くださる様にお願いします


○行表  奈良時代の僧  神秀の北宗禅を伝える

行表(722-797)こちらも生没年がわかり 当時としては長生きされている
華厳と禅を修めている 唐の僧 道せん(702-760)が戒律を日本に伝える
ため 興福寺で行表に具足戒を授けている
この道せんは弘忍の法嗣で 北宗禅の神秀そしてその弟子 普寂の流れ
の北宗禅を究めていた
そして 七百七十八年には 伝教大師 最澄を得度させて 禅と華厳が
伝わっている
名前をクリックすれば ウィキペディアが開くが 行表に関しての詳しい紹介
は残念ながらない 為念

以前から 調べているのだが 北宗禅と南宗禅の違いがわからない
頓悟と禅悟の問題ではなくて 坐禅の仕方に関してである
特に 脚と手の組み方が気になっているが・・・ ご存知の方がおられたら
お教えくださいませ


○義空  唐の禅僧  臨済以前の禅を伝える

義空は唐の僧で 馬祖道一の法嗣 塩官斉安から法を嗣いで 嵯峨天皇
の皇后 檀林皇后の招聘を受けて 八百三十四年頃来朝したのである
しかし残念ながら 機縁適わず数年で唐に帰ってしまったのである
本格的な 禅僧としては 初めての来日僧だったと思われる

同様に義空をクリックすれば ウィキペディアが開きます
知っている方が多いでしょうが 檀林皇后が禅を学習するため 招聘した
義空禅師のために建てた 日本で初めての庵(ウィキの説明では 禅寺
と書いていますが・・・)
そのあった跡地に 大本山天龍寺が建てられています






禅のあれこれメニューに戻る