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☆54 臨済禅師1150年報恩坐禅会・瑞龍僧堂 平成27年3月22日の 京都駅午前7時6分発の新幹線に乗車 名古屋で東海道線下り 快速急行「大垣行き」に乗り込む 岐阜に着いて 行き順を確認 一直線で瑞龍僧堂に辿り着けた そもそも この瑞龍僧堂を選んだ大きな理由は ネット上での滴翠軒老師のホームページ 七年ほど前から見始めて ファンになったのが最大の理由 滴翠軒 清田浦雲老大師が自ら 書かれているHP 『 瑞龍寺 』 を読み始めた 頃から 瑞龍寺には何がなんでも 是非一度行ってみたいと思っていたのでした ホームページに掲載されている 「雲水物語」「こころの杖」「禅僧の徒然日記」など等 老師が書かれているそれらは 全て読み応えがあります 現役僧堂老師の中で もっとも ネット発信力のある 老師の一人であると言えます そして少し説明すると 老師の室号の『 滴翠軒 』でありますが 瑞龍僧堂の歴代の 僧堂師家の室号は この『 滴翠軒 』を引き継いでおられます ご存じない方もおられましょうが 近くにある 正眼僧堂の僧堂師家も 室号『 無隠軒 』を 引き継がれておられます 下の写真が 瑞龍僧堂 前の立て看板に貼られている案内には 次の様な文面が書かれていました 『 臨済・白隠禅師 報恩座禅会会場 』 そしてその横には 「当山は修行道場につき、 参加者以外の立入はご遠慮下さい」と ![]() 僧堂入口では 報恩坐禅会としては 初参加であるため 若干の緊張の面持ちで 受付を済ませました 私が着いた時には 既に七人ほどの方が 見えられていた その方々の会話が 自然と耳に入ってきて判ったのですが この瑞龍僧堂にある坐禅会で 『 般若会 』 の方々が 多い様に思えました まずは全員揃って 本堂で老師をお迎えして 般若心経の読経 そのあと また 書院に戻って 本日のスケジュールの説明 下記が 当日の予定表です
そして いよいよ 坐禅堂へ 坐禅堂は修行僧が坐禅するものと 別に般若会等の一般居士が坐禅する 大衆禅堂の 二つが並び建っていた 二つもの禅堂があるとは 吃驚しました 正直考えていませんでしたから 京都にある 幾つもの僧堂でも ないですから まぁ妙心寺には 専門道場の天授僧堂と 花園禅塾にある一般大衆禅堂があるのはあるが・・・ あれは 専門道場の中にある 大衆禅堂ではないですからね どちらにしても 一般居士への教科活動も 大したものだと思いました 坐禅することとなった 大衆禅堂の建物も 趣があり立派なものであった そして坐禅開始 その後経行 この二便往来を伴う 経行が意外と長かった 何というか 歩いている速度が全く一定のため 歩行禅に近い印象を持った そしてもう一度坐して 午前の坐禅が終了 続いては、斉坐 昼飯であった 僧堂である様な 普通のうどん供養ではなかった 各自に配膳される形式で どちらか言うと 私にとっては ちょっとした リッチな 昼食であった うどん 天ぷら 漬物 添え物であった そして うどん二杯で 直ぐに満腹感を 修行僧達全員で給仕をしていただいて 参加者全員は うどん供養の膳を堪能致しました 食後は少しの休憩となって記念写真を撮ったり 修行僧と話をしたり・・・ 暫くして修行僧の方に頼みまして 瑞龍僧堂のパンフレットを一部頂き 「修行僧達が使う 禅堂を見たいのですが」 と尋ねると 「中へは入れませんよ そして撮影は禁止ですよ」 とそう言いつつ 大衆禅堂前の 修行僧の禅堂前に案内してもらい とりあえすは閉っている 扉を開けて頂いた そうこうしていると 他にも五六人の参加者が 近くにやって来られた 「聖像さんですね」 「そうです」 確かに前門であった もちろん 中には入らず外から 中を拝見しただけであったが 専門道場の厳粛な雰囲気を感じられるのは いつもながら感激する 下の図面が当日頂いた 案内書『 瑞龍寺誌 』に記載されている略図であります 修行僧達の禅堂と 居士達の大衆禅堂が 確かに向かいあって 建っています 修行僧の禅堂と 一般居士の大衆禅堂が 向かい合っているのは 初めて見ました 凄いというのが 正直な感想であります
そして次が 滴翆軒老師の提唱 暫く坐っていると 全員集合となり 正坐 そして読経 大悲呪を三度 これが兎に角速い どこの僧堂でも速いが 相当速かった そして提唱開始 今日はもちろん 臨済録の提唱であった 臨済禅師1150年だから 当然ですよね 最初は提唱と言うよりは法話調で 老師曰く 「 どこの僧堂も 修行僧が減ってしまって 大きな問題となっている ほとんどが現在一ケタです もはや30以上の専門道場は多過ぎるんです 」 と 僧堂が抱える昨今の問題点を指摘された 老師は 数多くの現在抱えている 僧堂の問題点を 的確にネットでも 指摘されており いつもながら 私は老師のその見識には 日頃から感銘している一人であります そして 提唱の中身は 黄檗和尚と 臨済和尚と 大愚和尚のお話 臨済和尚が 黄檗和尚の元を離れて 大愚和尚に弟子入りする 有名なお話 臨済録で言えば 後ろの方の 「行録 上」のところ 原文だと次の通りです
内容の説明は避けますので 知りたい方は 岩波文庫の入矢義高先生の『臨済録』で ご確認ください そのほか 臨済録に関していえば ネットの世界でも 沢山の方々が 解説されて おられますので そちらでご参考して下さい ネットで 『 臨済録 』とヒットすれば 多数ありますから また 上の臨済録に誤記等がありましたなら ご容赦くだされ 前もってお願いします そして 午後の坐禅 当初は 警策の受け方として 次の様な説明をされていた 「右手で左腕の肘を抱え 左手で右腕の肘を抱えて 頭を下げてください」 そんな結果 当初は そうしていた方が多かったのですが 二回目となると 何度も坐禅会に参加されている方は 自然と自分流の受け方に 変化していた 直日の警策の打ち方は 右そして左であった 終了後は 茶礼 お茶菓子と抹茶 それを頂きながら 当日頂いたアンケートに書き込み 個人的には 書院のなかの達磨絵が気になっていたので 修行僧に聞いてみた 「この書は 東嶺となっていますから 白隠さんの 直弟子です」 「この仏画は白隠ですか」 「そうですです」 「少し傷みがありますよね 修復しないといけませんね」 「その予定ですが 費用が・・・」 確かに 相当の費用が掛かりそうではあった そしてその後は 記念撮影となった そして数日後には僧堂より わざわざ記念写真を送付していただき 感激しました 僧堂から送付頂きました写真は 手許にありますがプライバシーの関係から掲載致しません 臨済禅師千百五十年の報恩坐禅会に参加して 記念の集合参加写真を頂いたのは ここ瑞龍僧堂だけでした そんな関係からか 貴重な記念写真となりました でももっとも 嬉しかったのは 老師の直筆の色紙を頂いたことでした 私にとって初めての 報恩坐禅会の参加のため 老師の直筆色紙が頂けるとは 当初夢にも 思っていなかったので 本当にこの時は 嬉しく思いましたね 結構な土産をいただき ルンルン気分で 帰路した記憶が残っています 下の色紙が 報恩坐禅会の記念品として 頂いた滴翠軒老大師の色紙です
因みに 臨済宗妙心寺派専門道場 瑞龍寺の ホームページをご覧に なりたい方は 次の瑞龍寺ホームページをクリック下さい 専門道場の師家にあって 数少ないネットでの 発信力の最も優れたそして高い 老師様のお一人であることは 間違いありません ご高齢にもかかわらず これほど 頻繁にホームページを更新されているのには 頭が本当に下がります 先日も『 素堂光漢の風香 』の中に寄稿されている 老師の文面を読み直して 老師の人柄を ほんの僅かだけですが解った様な気持ちとなりました 蛇足になりますが 報恩坐禅会の時に 僧堂の修行僧に 態々聞いてみました 「 瑞龍寺のホームページのメンテナンスは 何方が手伝われているんですか 」 「 いえ 誰も 老師がなさっています 」 私はそれを聞いたことが 一番の驚きであったかもしれないと 今では思うことがある では 瑞龍寺のホームページへ |