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☆ 安永祖堂老師の法話を ゆっくりと お聴き下さい 建仁寺派 高台寺「利生堂」落慶記念事業の『 いのちを みつめる 』 その第二段です |
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何時だったか 老師の著書 『禅ぜんZEN』(禅文化研究所、2004年6月) を買って読んだ 何年か経っていたが 実は最近それを読み返して見た この本の最初のあたりに老師は次の様に述べられている「私の二十代は 禅にとりつかれ 三十代は英語にハマっていました 」 老師が禅にとりつかれるのは 普通として 何故英語にハマられたのか 不思議な印象を ずっと持っていました そんな難しい本ではないですから 一日で再読しましたが 以前読んだ時と 違う印象を持ちました 何故だろうと 自問するが どうもはっきりしない ただ 一昨年だったか NHKの『 こころの時代 』に老師が登場された 番組を録画したビデオを 三度ばかり視聴したのが原因かと今は思っている その「人生是公案」という番組テーマの中で 次の様に述べられている 『六歳の時、交通事故に遭ったということ、それは一つ今の自分に至るまで、 一つ重大なというか、きっかけになって、仏門に入ったと言ってもよいのかな と考えていますね。』 『 ・・・中略・・・ やっぱり私という人格を作っていく上においては、 自分というものが他の人とやっぱり少し違うんだとか、そういうふうな意識と いうものにも随分と影響があったかと思っています。 』 ぼんやりと 老師の一面が解った様な気がした どうなんだろうか |
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建仁寺派 高台寺「利生堂」落慶記念事業の『いのちを みつめる』では 建仁寺派管長の小堀泰巖老師 今回の安永祖堂老師の他にも 建長寺派 管長の吉田正道老師 円覚寺派管長の横田南嶺老師の法話等も別の日に 開催されたのですが 私は仕事の関係で参加していません |