No93 一人坐禅で コロナに勝つ  その一

       夏目漱石 と 三島由紀夫



一人坐禅のお話です。 コロナのこの時期 暁天坐禅することで

Covid-19に 打ち勝ちましょう。


お恥ずかしい話 長い間家では 坐禅をしなくなっていたのですが

今年三月の途中から 我家の仏壇の前で 暁天坐禅を開始した。

家で毎日坐禅をするのは何年振りかである。それもかなり早い時間

午前四時過ぎから開始する。笑。言えば僧堂と 同じような感じ。

しかし 一人っきりの坐禅である。

ただ 四月の初め頃までは まだ寒くて 相当厚着をしての挑戦と

なった。何と言っても 参加していた坐禅会は全てが Covid-19の

影響で中止延期となってしまい このままでは 身体が鈍ってしま

うと思い 始めた次第である。

そして 最初の時 ふと思ったことがある。

「そう言えば 最近は坐禅会に参加しても 結跏趺坐をして坐禅を

しなくなっていたなぁ。折角や今回を機会に再び半跏趺坐を止めて

結跏趺坐で座る事としよう。」

そして今日は五月十日 始めてから二月近くが経過した。結跏趺坐

で座っても昔の様に大丈夫なことが解った。(´▽`) ホッ

ただ一つ問題なのは 坐しているのが畳の仏間 立ち上がる時だけ

は禅堂の単と違って 最初はそれなりに大変であった。禅堂は高さ

が結構あって 立ち上りが楽である。それと違って平坦な畳部屋は

結構さっさと立つのに当初苦戦していた。まぁ最近では 大丈夫に

なったが・・・ 言えば大変お恥ずかしいお話である。

そもそも 私が結跏趺坐で座らなくなったのは 次の二つの理由か

らである。一つは 僧堂で座るとなると二時間はもとより 三時間

ほどほぼ座りっぱなしのことがあり 年老いた爺さんには ちょっ

と負担が大きいこと。もう一つは 居士坐禅会に参加している時は

何か手伝う事が生じた時 結跏趺坐だと 直ぐに平坦な畳から立ち

上がってお手伝いが出来にくいこと。この二つの理由からでした。


それにしても 家で久し振りに本格的に座りだして これはそれな

りに 良いものだと感じる様になりました。

私はもともと 一人坐禅が好きで 昔は二度お寺で一人坐禅を数年

していた経験があります。

僧堂での坐禅も オーケストラの交響曲を聴いてる感じで何とも言

えませんが 一人坐禅は それこそ仏様と一体に成る気持ちとなり

これまた何ともいえません。


そもそも 坐禅会に参加するのは 人によって 中心になるものが

違うような気がします。

ある人は 修行僧の様に 老師から公案を頂き それを拈提する

ことを目的としている方。 ある人は 老師の提唱を聴く事を楽しみ

としている方。 ある人は その会場となるお寺を毎回鑑賞するのを

目的とする方。 或いは 他の参加者や 修行僧 また僧侶達等と

話を楽しみに参加する方。

そして 私の様に 単に只管打坐を目的に参加するもの等々。

私は あくまで 坐ることを最大の目的としています。 まぁ 言えば

そういう意味で考えれば 私は本当は 臨済宗よりは 曹洞宗に

より近いのかも知れないが・・・・・・


さて 坐禅参加者で公案を拈提するのを 楽しみにしている方が

思ったよりも多い感じがする。 因みに私は どちらか言うと 正直

あまり興味がない。 笑。

何故かと言うと そもそも現実世界に 多くの問題を 抱えていて

拈提するならば そちらの方に 時間を割きたい気がするのだ。笑


しかし いざ老師から公案を頂こうと思うと 今の時代は結構大変

な様です。 私の知り合いで 某専門道場に いろんな伝手を使っ

て何とか 接心に参加出来るとなり 一度目 二度目と参加してい

たが いつになっても 参禅させてくれないと ボヤくことしきり。

実はここの専門道場 もう一人同じような事を 言っていた者がいた。

どちらか言うと 昔は 居士も参加出来た 専門道場が多かったと

年寄達から よく聞いていた。

今では 京都で 専門道場で 居士の参禅を受付けるのは 智勝会

が運営する 相国僧堂(大通僧堂)だけでは ないかと思う。

妙心僧堂(天授僧堂)の老師も 他の寺での居士坐禅会では 参禅

を受けており その他にも 専門道場ではないお寺での 居士の参禅

は色々とお話を聞きますがね。

そう言えば 文豪で 私も好きな 夏目漱石が 小説の「門」の中で

『父母未生以前の本来の面目』 の公案を取り上げている。

この公案は 六祖慧能の語録 『六祖檀経』から後で 『本来の面目』

の前に 『父母未生以前』が付け加えられた公案といわれている。

更には これ又私がファンである 三島由紀夫の 代表作『金閣寺』

の中で 難解と言われている 『南泉斬猫』の公案を取り上げている。

これは 禅宗の代表的な語録である 『碧巌録』 『無門関』 『趙州録』

でも取り上げられている。


私も 個人的には公案は 興味はあるんでですがね・・・・・

どうしても 『趙州録』などの大学の研究会に 参加する方が 何となく

好きですね。 笑

ワイワイガヤガヤと 自由に討論が出来ますから。自由が一番 !

老師との一対一の 問答は今一つ 私には不向きですわ。 (´・ω・`)






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