バレンタインの変


バレンタインデー………西暦270年頃、キリスト教司祭 聖バレンタインが当時禁じられていたローマ兵士の結婚を秘密裏に推奨していたのを罪に問われ、処刑されたのを言われとする日。海外においては家族や知人にプレゼントを送る日とされている。



@ミリア・マクセルの場合

 ミリィは自室でイスに腰掛けたまま、目の前の勉強机に置かれている物体を凝視した。
 長方形の形をしたその物体は、ちょっと派手気味の包装紙に包まれ、リボンまで架けられた馬鹿丁寧なラッピングが施されている。
 リボンの根元には、St,Valentine Dayと描かれたシールがちょこんと貼られている。
『むう……………』
 同級生に薦められ買ってはきた物の、正直扱いに困っている。そんな顔でうなりながら、ミリィはその物体を見つめていた。
(義理か本命か、そこをはっきりさせなさい。間違っても大入りのを買ってきて家族全員にばら撒くなんて真似しないように。あと渡すなら、二人きりの密室で絶対邪魔入らない状況で。下着はちゃんと履き替えておくように)
 日本でバレンタインは女性が男性に告白して押し倒していい日だ、と薦めてくれた同級生に教わったが、後半は絶対に冗談だと思う。
 第一、渡した所で彼がそれをどう受け止めてくれるか、だ。
『う〜ん……………』
 眉を寄せ、腕組みをして唸る。
 去年、アメリカに住んでいた時は父親にプレゼントを送ったのだが、どうにも日本ではそういう風習は無いらしい。
 もし、これを送ったら相手は自分の事をどう考えてくれるのだろうか?
 それ以前になんて言って渡せばいいのだろうか?
(好きです、付き合ってください!)
 一番の定番を考えた所で、顔から火が出そうになって慌ててそれを脳内から追い払う。
(これ、お世話になっているお礼…………)
 無難な物を考えてみるが、これではただのプレゼントに成り下がる。
(一緒に受け取って欲しい物が有るの………)
 そう言いながら首にリボンでも付けて相手の胸に飛び込む、とは同級生から教えてもらった手段だが、どう考えてもこれは危険過ぎる。
『問題は、向こうがあたしの事をどう考えているかね……………』
 最重要の課題を慎重に脳内で討議する。
 他の同級生のようにクラスの男子や教師に渡すのなら、もし玉砕しても泣いてヤケ食いでもすれば済むが、相手はよりにもよって同居中だ。
 もし玉砕しても、嫌でも毎日顔を会わせなくてはならない。
(居候の身の上をマズくする訳にはいかないし、かといって黙っていれば進展は無いし…………)
「ミリィさん?」
『きゃっ!?』
 後ろからかけられた声に、素っ頓狂な声を上げながらイスから跳ね上がる。
「ユユユ、夢ちゃん、ナニ?」
「お風呂空いたんだ………けど……」
 同居しているこの家の娘の視線が、机の上の物体に静止した。
「あ、兄さんちょっと遅くなるって。私ももう寝るから、夕食の件お願いしたくて」
「ア、ウン。分かった」
 生返事をしながら、机の上の物体を慌てて隠す。
「私、一遍寝たらすぐには目覚めませんから、気にしなくていいですよ」
「ソ、ソウ………Why?」
「Good Night♪」
 意味あり気な顔で自室へと戻っていく夢に、ミリィは顔を赤くしながらイスへと戻る。
『う〜ん……………』
 再度唸りながら、おとなしく相手の帰りを待つという結論に達し、ただ静かに時を過ごす。

23:17
(遅いって言ってたけど、何時に帰ってくるのかしら?)
 なんとなく予習などしつつ、待った。

0:24
(遅い…………)
 すでに日付が変わっているが、まだ帰ってこない。

1:46
(遅すぎ!!)
 怒り心頭に達しつつ、台所で熱めに入れたコーヒーを飲み干す。
 
2:32
(大丈夫………かな………)
 まだ帰ってこない相手に、段々心配が募る。
 暇つぶしを兼ねて作った夕食が、すでに冷たくなっていた。

3:44
 うつらうつらと眠りかけた所で、慌てて頭を起こす。
 未だ、連絡一つ無い

6:19
「ん…………」
 眠ってしまった事に気付き、慌てて起きる。
「起こしたか」
 そこで、ようやく帰ってきたらしい相手に気付き、密かに安堵しつつ、相手に詰め寄った。
『レン!朝帰りなんて何を……』
 思わず英語でまくし立てようとした所で、異臭に気付いた。
 よく見ると、相手の体中から焦げたような匂いと、微かな血臭が漂ってきていた。
『!!見せて!』
 元々墨色で目立たないが、レンの着ている小袖があちこち焦げ、切り裂かれている個所まである。
 更に、切り裂かれいてる個所の幾つかには赤黒い汚れまでが付いていた。
『怪我してるじゃない!なにしてたの!!』
『いや、発火能力を持ったニンジャと一晩中死闘をだな……』
『酷いヤケド………すぐに病院に!』
『これ位なんともない。それに今日は日曜で病院は開いてないだろう?』
『急患に決まっているでしょ!そんな状態で月曜まで待ってたら悪化するわよ!』
『昨日の夕方から何も食べてない……』
『診察の後!!』
 怒鳴りつけながら、レンを引きずってミリィは病院へと向かう。
 後には、冷たくなった食事と、その隣に並ぶ長方形の物体が残されていた。

 後日、この物体は着替えと罵声と一緒に、病院のベッドに寝ているレンに叩きつけられるという最悪の渡され方をするのだった。



Aレイラの場合

「むむむむむ…………」
 獲物を狙う狩人の目で、目の前に並ぶ物体を見つめる。
 目の前のワゴンには様々な種類のチョコが並び、その中の一つを獲物を狩る肉食獣の速さで手に取ってはじっくりと吟味し、元の場所に戻す。
 そしてまた狩人の目で探し………という事をかれこれ小一時間は続けていた。
「お気に入りの品はございましたでしょうか?」
 営業用スマイルを張り付かせたまま、奇行を続けるレイラに店の従業員が話し掛けるが、振り返った相手の顔の形相に思わず上げそうになった悲鳴をなんとか押し留めた。
「………ねえ、今年の売れ筋ってどれ?」
「それなら、そちらのパステルチョコなぞいかがでしょうか?」
 後頭部に冷や汗を浮かべつつ、従業員の掌がレジ脇に並ぶパステル色で淡く光るチョコ(らしい物体)を紹介する。
「ダメね。そんなんじゃインパクトが足りないわ」
「失礼ですが、あげるお相手はどのような方で?」
「え?それはもう、ストイックでクールで狙いを定める時の目なんてそれはもう表現しようがない位素敵なの♪」
(それは無表情で冷徹で物騒な職業をしているという事では?)
 一転して夢見るような表情でのろけるように言うレイラに内心突っ込みを入れつつ、従業員はあくまで営業スマイルを崩さない。
「あ〜、そういう方でしたら、そちらのマテリアルチョコなぞどうでしょう?軍人やハンターの方には最適です」
「う〜ん、もうちょっと過激なのない?」
「………シークレットサービスで、全身チョコレートコーティングと配送プレゼンテーションの併用サービスが有りますが、完全予約制でもう締め切って……」
 言葉の途中で、レジにフォトンダガーが突き立てられる。
「ひっ!?」
「それ、キャンセル待ちなんてないかしら?」
 修羅のみが浮かべられるという凄絶な笑みを浮かべながら詰め寄るレイラに、従業員は大慌てで首を縦に振った。

 数日後、相手に呆れ果てられるだけに終わったレイラがこの店に殴りこんできて居合わせた同業者に止められるのは、また別のお話。



Bレティーシャ・小岩の場合

「これ、受け取って下さい!」
「あ、ああ。ありがとう」
 今日何度目になるか分からない台詞を言いながら、押し付けられた物体を素直にイーシャは受け取った。
 渡してきたどこか幼さの残る女性社員は、何かはしゃぎながらその場を立ち去る。
「これで37個目ね………」
「そっちは32だったな」
「33よ。さっきトイレに行った時もらってきた……………」
 沈痛その物の顔で、向かいの席に座っているユリがハート型の物体を見せる。 
二人の仕事用デスクの上には、色とりどりの包装に包まれたチョコが所狭しと置かれていた。
「仕事にならんな」
「まったくね…………」
 しげしげとデスクを見回し二人同時に、重いため息を吐く。
「あ、あの……」
 本日何度目になるか分からない台詞に、二人の視線がゆっくりとドアに向かった。
 そこには、清掃員の服に身を包んだアルバイトらしい少女が、箱詰めらしいチョコを手に立っている。
「こ、これ、イーシャさんとユリさんに!」
 真っ赤になりながらチョコを投げるように渡したバイト少女は、そのまま耳まで真っ赤になりながら走り去る。
「……連名はこれで9個目ね」
「二人分なのに、なぜ三倍以上ある?」
 チラリと隅の空きデスク上に並ぶ大きな箱の山に、イーシャは頭を抱えそうになった。
「連名のはチョコケーキ中心みたいだな」
「早く食べなきゃ悪くなるわね。早く食べても体悪くしそうだけど……………」
「モテていいじゃねえか?」
 ふと聞こえてきた声に、イーシャがデスクの影に視線をめぐらす。
 そこには、イーシャ宛のチョコを勝手に開けてむさぼっているルイスの姿が有った。
「何勝手に食べてんの!」
「いいじゃねえか、いっぱいあんだから」
「あんたが貰ったんじゃないでしょ!どうせ誰にも貰えないんだし!」
「やかましい!同姓に貰うよりはマシだ!」
「ぐっ………」
 痛い所を疲れたユリが思わずあとずさる。
「お、こっちのは手紙が入ってるぞ。『お姉さま、この度はわたしの熱い胸の内を…」
 ラブレターを勝手に読み始めたルイスを問答無用で壁まで蹴り飛ばしたユリが、鬼気をまといながらルイスの前に仁王立ちする。
「え〜と、『ユリお姉さまの事を思うだけでわたしは熱く濡れてきてしまい…」
「宝技《菊花》!!」
 技名と共に、膨大な量の気を床に叩きつけてそれを反射させつつ、更に炎をそれにまとわせる凶悪極まりない技が、ルイスを炭化寸前まで焼き尽くす。
「これ位やれば今日中には復活出来ないわよね…………」
「だといいが」
 虫の息状態のルイスを医務室に運ばせつつ、イーシャが改めてデスクの上を見た。
「あの〜、イーシャさんいますか?」
 また別の女性が手にチョコを持って来た事に、イーシャは心の底からため息をつくしかなかった。

なお、一月後お返しに困る二人を再度からかったルイスが、また炭にされた。



C羽霧 由花の場合

「これこんな物かな?」
「適当でいいの適当で」
 アドル本部食堂内を、甘い匂いと女性達の嬌声が満たしていた。
「わ〜、焦げてる!焦げてる!」
「直火に掛けちゃダメですよ!」
「生クリームってこれくらいでいいのかな?」
「それくらいであとはゆっくり暖めればいいはずです」
 女性スタッフ総出で男性スタッフにばら撒く義理チョコ作りが進む中、バイト先で覚えたデザート作成の知識で由花があれこれアドバイスする。
「エリス、ストップ!ストップ!」
「ん?」
 湯煎中のチョコの中に、取ってきたばかりの野鳥(アークノア内で保護されていた物)を入れようとしているエリスを慌ててマリーが止める。
「ほんめいって、相手のすきな物いれるんだよね?」
「肉はダメ!しかも取れたてそのままなんて論外!」
「……ワイルドなバレンタインプレゼントですね」
 根幹的に間違っているエリスを諭しながら、マリーが野鳥(まだ微かに生きている)を取り上げる。
「アークノア内の動物は取ったり食べたりしちゃダメって教えたでしょう?」
「う〜………」
「そういう時はアレだ、てめえの首にリボンでも付けて、チョコのおまけにすりゃいいんだ」
 マリーに怒られてしょげ返るエリスに、(技術的要因により)製作に加わらないで湯煎前の割チョコをかじっていた瑠璃香がろくでもない事を教える。
「変な事教えない!本気にしたらどうするの!?」
「本気のつもりだが、あたいは」
「そんな馬鹿な真似するのあんただけでしょ!」
「いや、あたいはチョコ無しでいきなり押し倒す」
「あげる人いないんですか?」
「いる訳ないでしょ、こんなのに」
「悪かったな」
 由花のさり気ない疑問を一撃で切り捨てつつ、マリーの手が湯煎中のチョコをかき回す。
「そういや、由花ちゃんの本命は出来たの?」
「え?」
 マリーの一言に、溶かしたチョコを型に流し込んでいた由花の手が止まる。
「作ってないの?空に渡す奴」
「あ、あのそれは………」
「やっぱ、首にリボンを…」
「あんたは黙ってなさい」
「ちっ!」
 赤面している由花に、全員の視線(自分の首にリボンを掛けようとしているエリス除く)が集中する。
「あ、もう作って包装までして渡すだけなんだ♪」
「!?勝手に読まないで下さい……………」
 消え入りそうな声で呟く由花に、皆から忍び笑いが漏れる。
「いいねぇ〜、若いってのはあたしも400年位前にはそんな時期が………」
「ウチは300年前と変わらん可憐なままやで?」
「年齢的にその言葉は合わないかと?」
 由花の初々しい姿に、ガーディアンスタッフの女性(妖怪)陣が遠い目(本当に遠いが)で過去を思い直したりする。
「って、そういや空今日はこっち来てたっけ?」
「いんや、今日は講義があるとかいって来てねえよ」
「となると、直しかないわね?」
「え?」

二時間後
「ここ………に間違いない………はず」
 教えられた住所の場所に、”守門”の表札が掛かっているのを確認した由花が、恐る恐るインターホンに手を伸ばす。
 あと少しで押せる所で思わず指を引っ込める。
 そのままおどおどとまた指を伸ばそうとした所で、突然玄関が開いた。
「あら、どちら様?」
「あ、あの、こんにちわ………………」
 玄関から出てきた和服姿の品の良さそうな中年女性に思わず挨拶しつつ、由花は自分の手の中の箱を慌てて隠す。
「あの子達ならもう直帰ってくると思いますよ。それまで中に入ってお茶でもいかが?」
「あの、そういうつもりでは………」
「遠慮しないで」
 中年女性の半ば強引な誘いで、由花は家の中に引きずり込まれた。
 茶の間らしい部屋で、由花はソファーに腰掛け、罰の悪そうな顔で隣に置いた手作りチョコケーキを見る。
「アドルの、スタッフの人ですね」
「!は、はい。アビリティスタッフの羽霧 由花です」
 紅茶を入れてきた中年女性の意外な質問に、由花が思わず即答する。
「私は守門 朱子(あきこ)、陸と空の母親です」
「そう、ですか」
 朱子の品の良さそうな笑みに、何か萎縮する物を感じた由花が少し震える手で出せれた紅茶に手を伸ばす。
「それで、その箱は陸宛かしら、空宛かしら?」
 いきなりの的を射た質問に、由花の口から紅茶がカップへと逆流する。
「あらあら、せっかち過ぎたかしら?」
 苦笑しつつ、朱子が布巾を手渡す。
「あの子達、結構モテるみたいだからね。年に一人は家まで渡しに来る子がいるの」
「そうなんですか…………」
「家に入れたのはあなたが初めてだけどね」
「………え?」
 落ち込みかけていた由花が、朱子の何気ない爆弾発言に思わず顔を上げた。
「私には息子達みたいな特殊な力は無いけど、人を見る目は有るつもりよ。色々な人を見てきたから」
 そう言いながら上品な仕草でティーカップをソーサーに戻す朱子の腕に、大分薄れているが、溝のような傷が有るのに由花は気付いた。
「あ………」
 それと同時に、もう一つの視界が広がる。そこには、まだ二十歳になったかどうかの若い女性が、自衛隊レンジャー部隊の制服に身を包み、銃弾が飛び交う中負傷している腕に止血を施していた。
 その隣には、どこか陸に雰囲気の似たタクティカルスーツ姿の男性が、彼女をかばうようにしてアサルトライフルを乱射していた。
「?どうかしたの?」
 朱子の言葉に、由花は我に返る。
 今と大分雰囲気が違うが、先程見えた女性は間違いなく若い頃の朱子当人だった。
「あ、その、私………」
「何か見えたのかしら?それとも聞こえたのかしら?私の何かを」
「ス、スイマセン、たまに勝手に………」
 そこまで言った所で、朱子が能力者の事を”理解”している事に気付く。
「陸はこう言ってたわ。”超能力とは言うが、実際それを持つ人間にはそれは普通の感覚にすぎない、ただ、違うのは閉ざす事が出来ない事だ”ってね」
「そう……ですね。確かに」
「”見たくなければ目を閉じればいい、聞きたくなければ耳をふさげばいい。けれど、そんな事が出来ない。だから能力者は心を閉ざす事が多い”。あなたもそうだったの?」
「はい……………」
 アドルに入る前の自分を思い出し、由花はうつむく。だが、朱子はそんな彼女の手をやさしく自らに手に取った。
「知るという事は確かに恐ろしい事よ。もし知ってしまった事が、自分の考えていた”現実”を大きく裏切る物だったら、その人はそこで歩みを止めてしまうかもしれない。けれど、真実を知ってなお進もうとしなければ、人は成長しないまま終わるわ。迷うのは自分、けれど、誰か支えになってくれる人がきっと見つかるはずよ」
「支えになってくれる人…………」
 重ねられた手の温かみに、空の笑顔がなぜか重なる。
「ただいま」
 そこで、玄関から聞こえてきた空の声に由花の全身が硬直する。
「あら、お帰り」
「ただいま母さん、あれ?由花さん?」
「こ、こんにちわ…………」
 こちらの姿を認めた空に、由花がおずおずと頭を下げる。そこで、空の持っている紙袋に大学でもらってきたらしいチョコが山と入っているのに気付いた。
「何か急用ですか?」
「あの………」
「今日はバレンタインでしょう、チョコを持ってきてくれたらしいのよ」
「ああ、それはすいませんね。別に無理に今日じゃなくても……」
「あら、ちょうどよかったじゃない。パーティーは人数が多い方が楽しいものでしょう?」
「パーティー?」
「ああ、今日は母さんの誕生日なんですよ」
 よく見ると、空のもう片方の手には買い物袋いっぱいに詰められた料理の材料が抱えられている。
「それでホームパーティーでもしようかと思いましてね、よかったら食べていきませんか?」
「あの、いいんですか?」
「主賓がいいって言ってるのだから、遠慮しないで、ね」
 とまどっている由花に、朱子が強引にパーティーへの参加を薦める。
 その内に、帰ってきた父親が加わり、陸がそれを否定しなかったので、なし崩し的にパーティーに参加する羽目になっていった。

 深夜。
 夜の闇とそれを否定するような街の灯りが混在する夜道を、家路へと向かう由花とそれを送る空の二人が歩いていた。
「遅くなっちゃいましたね」
「ええ、でも楽しかったです」
 今まで感じた事の無かった”家庭”という物を楽しんだ由花は、素直に感想を述べる。
「少しうるさかったかもしれませんが、我が家はいつもあんな感じでしてね」
「……いいですね、家族って」
 由花の言葉に、空はただ静かに微笑む。
「家族がいるから幸せ、とは限らないんですよ。修行中に、アドルのバトルスタッフとして、ボクは色んな人を見てきましたから…………」
 そう言う空の瞳に、僅かに悲しげな光が宿る。
 由花は歩きながらただ静かに、空の言葉を聞いていた。
「少しくらい騒がしくても、ちょっと変わり者ぞろいでも、誰かが帰りを待っていてくれる。それが一番なんでしょうけどね………」
「……………あ、あの」
「何か?」
「これ…………」
 そこで、由花は渡しそびれていたチョコを空へと手渡した。
「日付変わっちゃいましたけど、バレンタインの…………」
「ああ、どうも」
 微笑みながら、空がそれを受け取る。
 そこで何かを言おうと由花が口を開いた時、不意に両者の腕時計が同時に非常用シグナルを発した。
「!!」
『D−20エリアにてM’sの出現を確認。Cクラス戦闘態勢が発令されました。バトルスタッフは至急出動態勢。繰り返します…』
「!行きましょう!」
 そう言いながら、空が由花の手を掴み、走り出す。
 その何気ない行動に、由花の胸が高鳴った。
 視界には初めて一緒に闘った時に見た、あの背中がいっぱいに広がっている。
「……はい!」
 力強く頷きながら、由花は空と共に走り出した……………