女神転生・クロス

PART4 LINK



「で、こいつが犯人って訳か」
「容疑者だ、検挙し証拠を揃えて立件しない限り、犯人ではない」
「知るか、ンな事」

 数時間前、お互いのコメカミに銃口を突きつけあった八雲と克哉、そしてそれを止めたカチーヤの三人は、異界化の解けた老学者宅の現場検証に付き合った(正確には克哉に強引に付き合わされた)後、互いの情報交換を兼ねて全国チェーンのファミレスで夕食を取っていた。

「現場検証の時からずっと思ってたんだが、お前こいつを逮捕するつもりなのか?」
「無論だ」

 ミックスグリルセット・ライス、スープ、サラダ全大盛りのいかにも安っぽそうなポークリブの肉を強引に歯で噛み千切りつつ聞いてくる八雲に、超甘口トロピカルフルーツカレーを口に運びながら克哉が断言する。

「サマナーが悪魔使って悪い事してました、か? そんなのが警察のエライさんに通用すっと思ってるのか?」
「何度かその手の事件は担当している。報告書も幾度となく出した。だが、犯人を検挙出来た事が無いのが残念だが」
「この業界、食うか食われるかが普通だろ。そんな調子でやってっと足元すくわれるぞ」
「だが、これが僕のやり方だ」
「………二人とも、よく普通に食べられますね」

 お互いを睨むようにしながら食事を続ける二人を見ながら、少し青い顔をしたカチーヤがオーガニックサラダ和風ドレッシング風味をちびちびとかじっている。

「あんな動くモツだの飛び散った皮だのくらいで食欲無くしてたら体持たないぞ。オレも昔はそうだったがな」
「初仕事というのでは無理も無いだろう。むしろ平然としていられた方が問題がある」
「それは一理有りますね、周防刑事」

 カチーヤの隣で優雅ささえ感じる動きで有機栽培コーンのポタージュスープをすすっていたジャンヌが、食の進まないカチーヤを見やる。

「ようは慣れじゃよ。嬢ちゃんも一人前になる頃にはなんとかなってるじゃろ」
「ふァまっちろいひゃけひゃはいか?(生ッ白いだけじゃないか?)」
「ヒハマモフラベルナ(貴様ト比ベルナ)」

 三種のフルーツケーキセットを味わうオベロンの脇で、カーリーとケルベロスがお互いのシーズンサービスメニュー・ガーリックTボーンステーキを六本の腕に持ったナイフとフォーク、牙と爪と尾を使って壮絶な奪い合いをしている。

「その場でぶちまけなかったのは上等だ、あんなのはまだサワリだからな。オレが知ってるので一番スゴかったのは○○に○○○た○○が○○○○○を○○○○って」

 顔色が一気に青くなったカチーヤの手から、フォークがテーブルに滑り落ちて乾いた音を立てる。
 ちなみに、互いに自分の分のステーキにフォークとナイフ、爪と牙を突きたてているカーリーとケルベロスは、残ったナイフとフォーク、旋回する尾で壮絶な空中戦を繰り広げていた。

「なる程、あれはそちらの事件だったか。その一月後に起きた模倣事件では、○○が○○した○○を○○して○○○○○…」

 音を立てて席を立ったカチーヤが、口に手を当てながらトイレへと駆け込んでいく。
 なお、その隙にカーリーは爪を突き立てていたケルベロスの足にナイフを突き刺して緩んだ隙に別のナイフを駆使して肉を解体してそれを全てナイフとフォークに突き刺して口に運び、ケルベロスは一瞬牙を離したかと思うと突き刺さっていたフォーク及びカーリーの手ごと肉を丸呑みにする。

「ギィヤアアアァ!」
「ガルオオオオォォ!」
「……静かにしろ、結界が解けたらどうする? あんま騒ぐとRETURNさせっぞ」

 口から肉片を飛び散らせながら絶叫する仲魔を冷めた目で見ながら、八雲は食事を続ける。

「便利な物だな、そのGUMPという物は」

 テーブルの端で画面に人払い用の魔法陣を描き続けるGUMPを見た克哉に、八雲は食事の手を止めてそれを手に取った。

「扱いこなせれば、だがな。オレは偶然にこいつを拾ってサマナーになったが、サマナーの素質がない人間にはセキュリティが働いて起動すらしない。それにセット出来るプログラムも限りがあるから、どれをチョイスしてどう使うか、それが重要だ」
「一長一短か。ペルソナと同じだな」
「それはともかく、これからどう動くかだな。他になんか情報は無いのか?」
「今、知り合いのマンサーチャーがこちらに向かっている。彼なら何か知っているかもしれない」
「だといいがな」

 ちょうどそこへ、ハンカチを口にあてながらカチーヤが席へと戻ってくる。

「スイマセン、見苦しい所を………」
「戻した分、無理にでも食っておけ。腹が減っては戦は出来ぬってのはホントだからな」
「……はい」
「ゆっくり食べるといい。消化できない食べ方では意味が無いから」

 自分とは比べ物にならない戦闘経験を持つ二人の意見を守りながら、カチーヤはそっとフォークを手に取る。
 余談だが、自分の分を食い尽くしたカーリーとケルベロスは八雲の皿に残っているハンバーグとポークリブを虎視眈々と狙っていた。



「ここいらのはずよね、克哉さんからの連絡だと」
「ああ、そうだな」

 夜の闇が辺りを覆い、すこし暗めの街灯の光が照らす公園の中で、二人の男女が佇んでいた。
 一人は赤く染めた髪をアップでまとめ、タイトなツーピースを着込んだ勝気そうな女性、もう一人は腰まである長髪にサングラス、それに何が入っているか分からない大き目のアタッシュケースを持った、スーツ姿のニヒルな男性だった。

「反応が無いのが気になるが………いや、今来たか」

 かつて周防 克哉と共に闘ったペルソナ使い、芹沢 うららとパオフゥこと嵯峨 薫はペルソナの共鳴が近づいてきているのを確かめ、そちらへと歩を進める。
公園の入り口に、デフォルメされた幽霊のロゴが描かれたコンテナトレーラーが止まる。
 そのコンテナ部分に設けられたドアが開き、そこから目当ての人物が顔を出すのを見た二人はそちらへと急いだ。

「すまない、わざわざ来てもらって」
「何言ってるの、そんなのナシナシ」
「安心しな、安くしといてやるぜ」
「……パオ」

 笑顔のままパオフゥの腕をうららがつねる。

「とりあえず中へ」
「おう、ジャマす…」

 コンテナの中に足を一歩踏み込んだ所で、パオフゥの右手が素早くポケットに入ると、そこから一枚のコインを取り出す。

「……何のつもりだ?」
「生憎と、自分の家にそうそう他人を入れない主義でね」

 振り向かず後ろに目を向けた克哉の背後で、パオフゥに向けてソーコムピストルを構えていた八雲が、用心深く外にいる二人を確かめると、ゆっくりと銃口を下ろす。

「ま、確かにただ者じゃないようだな」
「てめえもな」

 銃弾と指弾、どちらも必殺の状態だった二人が緊張を解くと、乗客を増やしてトレーラーは再度走り出した。

「紹介しよう。こちらは芹沢 うらら君と嵯峨…」
「パオフゥだ」

 克哉の説明を途中で遮ったパオフゥが、改めてコンテナ内を見る。

「……随分と物騒だな」
「あんたらと違って、こっちは生身で闘うしな能がなくてな」

 コンテナに満載された銃火器やPC類をジロジロと見るパオフゥに、八雲が視線を突き刺す。
 先程の返礼か、また緊張状態に入るパオフゥと八雲を止めるように、慌てて克哉が中へと入って紹介を続ける。

「こちらは葛葉のサマナー、小岩 八雲君に、術者のカチーヤ・音葉君。今回の事件を任されているそうだ」
「カチーヤ・音葉です。よろしく」
「うららよ、よろしく」

 にこやかに握手する女性二人に対し、男性二人は未だ睨み合っている。

「とにかく、話を進めたいのだが……」
「……そうだな、こんな狭い所でにらめっこしても始まらねえ」
「悪かったな狭くて。《噂屋》さんよ」

 どんどん険悪になっていく二人の和解を諦めた克哉は、先程コンテナ内で作ったばかりの資料を広げる。

「今分かっているのは、港南警察署管内で起こった謎の女性誘拐事件、そしてこの街で起こった神主惨殺事件、この二つにこの男、安部 才季が関わっているという事。そして彼は悪魔使いであるという可能性が極めて高いという事だ」
「……そんだけ?」
「ああ、何しろ情報が極めて少ない。現在全力でこの阿部 才季の情報を洗っているのだが………」
「相変わらず警察はずさんだな。二件じゃない九件だ」
「九件?」

 いきなり増えた数字に、皆の視線が言った当人のパオフゥに集中する。
 パオフゥは意味ありげな表情をしながら、持参していたアタッシュケースからノートPCを取り出すと、それに電源を入れて操作する。
 そこに浮かび上がるデータを皆が押し合いへし合いしながら覗き込んだ。

「一件目は八年前東京で、その一年後に次は島根、そのまた翌年に秋田と一年おきに今回と同じ女性の誘拐もしくは失踪事件が起きている。そのいずれもが、未解決のままだな」
「失踪事件ならそれこそどこででも一つくらいあるだろ。共通点は?」
「オレも最初そう思った。だが、こういう事だ」

 パオフゥが操作すると、そこに一つの図形が浮かび上がる。

「……家系図?」
「ああ、桐島に言われて誘拐された女性と神主の家系を手繰っていったら、血筋としてはえらく離れているが、行方不明になった女性がぼこぼこ出てきやがった」
「! 血縁、いや血族か。だが、何の?」
「そこまでは分からねえ、その神社ってのを徹底的に洗い直す必要があるな」
「現場百辺か。何がしかの証拠がつかめるかもしれん」
「すぐに向かった方がいいな。儀式がらみだとしたら、ヤバイ」
「ヤバイって、何がよ?」
「……明後日に月齢が満ちます。もし儀式を執行するのなら、満月が天頂に昇った時が一番効果的なんです」
「タイムリミットは、あと55時間弱か」

 克哉が手首に巻かれた多機能ウオッチを見る。デジタルで表示される文字盤は夕刻から夜へと移ろうとしていた。


1時間後 戸塚神社

「到着しました、召喚士殿」
「おう」

 ハンドルを握っていたジャンヌダルクの声を聞いた皆が、外へと出る。

「先程から気になっていたのだが」
「何が?」
「……彼女は免許を持っているのか?」
「大丈夫、ちゃんと発行しておいたし、交通省に登録もしてる」
「……てめえでか?」
「無論」
「偽造じゃないか!」

 胸を張る八雲を克哉が怒鳴り散らす。

「免許偽造に無免許運転とは! れっきとした犯罪だぞ!」
「GUMPの調整で手が離せなかったんだよ。文句あるなら悪魔用の自動車学校紹介してくれ、大型取れるとこ」

 適当に返答しながら、八雲はGUMPの電源を入れて探索用ソフトを幾つか起動させていく。

「特に反応はなし、地道に探すしかねえな」
「何を探せばいいのさ?」
「何か。出来れば、家系図か建立の言われ書きが有ればいいんだが…………」
「こんなボロ神社に都合よくあるモンか?」
「あくまで殺人事件としての鑑識捜査だけだったからな。案外あるかもしれない」

 すでに暗い神社の境内や社の中を、皆が捜索(というか家捜し)を始める。

「これって、不法侵入になるんじゃないですか?」
「厳密に言えばそうなるが、犯罪捜査のためだ。間違っても窃盗なぞ働かないように」

 微妙に血痕らしき物が付いている崩壊寸前の祭壇をカチーヤが恐る恐る探るのを、克哉が手伝う。

「金目の物なんざ無さそうだがな」

 ライターの灯りで照らしながら年季の入りまくった鳥居を見ていたパオフゥが年号の類が無いかとそれに触れてみるが、そこに戦前の年号が刻まれているのを発見すると鼻を一つならして他を探す。

「どちらにしても、なんか泥棒してるみたい」
「あんまり妙な事するなよ、人払い用の弱い結界張っておいたが、気休めみたいな物だからな」

 うららが住居部分の茶の間から出てきた土地権利書を元の場所に戻しつつ、他の棚を探す。
 八雲は居間の畳を引っぺがしてみたり、挙句それを切り裂いてみたりとどうみてもヤクザか地上げ屋の家捜しをしている。

「難しい物ですね。家人が誰かいれば何がしかの話が聞けたかもしれないのですが…………」
「生憎、神主は3年前に奥さんを亡くして以来一人暮らしだったそうだし、他に類縁は誘拐された姪だけだそうだ」

 社に飾られていた板絵を下ろして調べていたジャンヌダルクが、それが最近書き直された物に気付いて嘆息し、祭壇を調べがてら片付けた克哉は、屋外を探し始める。

「屋根裏に隠し部屋とか、秘密の地下室とかないかしら?」
「都合よくあるか、んなモン」

 縁の下を覗き込むうららに、パオフゥは天井板を外してホコリが濃厚に積もった屋根裏を見回す。
 神社の裏手に回った克哉は、そこに大きなタンクを発見した。

「ガスじゃないな、地下水かな?」
「だな、こっちに井戸がある」

 古びた井戸のつるべを八雲が調べていたが、ふとしたはずみでそこにあった桶を井戸の中へと落っことした。

「ありゃ?」

 桶はそのまま落下し、井戸の底に当たって乾いた音を立てた。

「?」
「どうかしたか?」

 訝しげに八雲が井戸を覗き込み、そのあとタンクを見る。そして無造作に懐からソーコムピストルを抜くと、いきなりタンクを撃ち抜いた。

「な、何をする!」
「何、今の銃声!」
「敵か!?」
「八雲さん!?」
「召喚士殿!」

 銃声を聞いて全員が集まる中、八雲は弾痕から漏れ出す水にまったく澱みがないのを確かめてほくそ笑む。

「見つけた………」
「……あ!」

 流れ出している水の意味する事に気付いた克哉が、井戸へと歩み寄る。

「この井戸は………」
「フェイクだ。枯れ井戸から水がくみ出せる訳がないからな」
「じゃあ、ここに?」
「ちょっと待ってろ」

 八雲はGUMPを操作して透き通った女性の姿をした四台元素の風を司る精霊 シルフを召喚する。

「なあに?」
「ちょっとこの中を調べてきてくれ。危険だと思ったらすぐに引き返せ」
「分かったわ」

 ウインク一つしてシルフは井戸の中に入っていく。が、なぜかすぐに帰ってきた。

「底に横穴が有って部屋みたいなのが広がっているけど、結界があって私じゃ進めないわ」
「そうか、降りてみるしかないな…………ご苦労だったな」
「いいえ」

 GUMPの帰還プログラムを起動させ、八雲はシルフの召喚を解く。シルフは無数の光となってGUMPの小型ディスプレイの魔法陣へと吸い込まれていく。

「この下に何かあるのは確かだな」
「でも、結構深いですね……」
「ロープか何かない?」
「待ってろ、今取ってくる」

 八雲は一度コンテナへと戻ると、その中を引っ掻き回して装備を整える。
 戻ってきた八雲が大荷物を抱えているのを見た全員が唖然とする。

「何をそんなに持ってきてんだよ」
「色々とだよ」

 ライト付きヘルメットをパオフゥへと投げ渡しながら、八雲が荷物を広げていく。

「念のためだ、必要なのは持っていってくれ」
「げ!」

 ロープ、ライト、コンパスなどの冒険道具と一緒に、拳銃、ショットガン、サブマシンガン、マチェット(山刀)、短刀、ショートスピア、スタングレネードなどの武器が辺りに広げられていくのを見たうららが思わず絶句する。

「銀行強盗し放題だな、こんだけありゃ」
「やりたきゃ、てめえ一人でやってくれ」

 悪態を付きつつ、八雲はモスバーグM500ショットガンにコロナシェルを詰めていく。

「あまり重火器を使うのはあとで問題に……」
「ほれ拳銃!」

 投げ渡されたガンケースを受け取った克哉が、その中に納められたハンディキャノンの俗称で呼ばれる最強クラスのオートマチックピストル、デザートイーグル50AEを見て絶句する。

「何もここまでしなくても……」
「この事件、そうとうヤバイぞ。甘く見ない方がいい」

 肉球の付いた手袋から爪のように刃が出ている魔獣 ネコマタの魂を武器へと変化させた格闘用武器のニャン2クローをはめ、うららが具合を確かめるために何度かパンチを打ってみる。

「準備OKです」

 ライト付きヘルメットがしこたま似合っていないカチーヤが、ジャンヌダルクと協力してロープを固定し、井戸の中へと垂らす。

「誰から行く?」
「僕が行こう」

 克哉が率先してロープを掴み、井戸の中へと降りていく。
 ハイビームライトでもようやく底が照らせるかどうかの深い井戸を、慎重に降りつつ井戸の中を観察する。

「克哉さん、下の方どう〜?」
「かなり深いな。だが、誰かが降りた形跡はある」

 不自然に生え方が薄くなっている部分のあるコケや、補強か何かのために打ち込んだと思われる杭を見つけながら、克哉はようやく底へと降り立つ。

「ああ、確かに横穴がある。大人が一人通れるかどうかだが」
「ちょっと中を覗いて見てくれ〜、シルフが言うには結界があるらしい〜」
「分かった」

 スーツが汚れるのに舌打ちしながら、克哉が横穴に首を突っ込む。その先には、不意に大きな空間が広がっていた。

「大きな部屋がある! 明らかに人工的な物だ!」
「不用意に動くなよ〜、オレも今行く〜」

 八雲がそのすぐ後に続いて井戸へとおり、次にうらら、カチーヤ、ジャンヌダルクが降りると、最後にパオフゥが底へと降りて謎の空間に入る。

「こいつはたまげた………」
「上の神社は飾りだな。恐らくこっちが本殿だ」

 空間の奥にそびえる年季の入った石灯籠が両脇に立った、石造りの扉の前に全員が立つ。

「古いな………いつの物だろう?」
「分からんが、この古さじゃ江戸時代以前かもな………」
「こっちに祭壇みたいな物があります」
「こいつは新しいな。ここは神事用の儀礼場ってとこじゃねえのか?」

 祭壇にある真新しい徳利や護摩壇(祈祷用に火を焚く物)をカチーヤとパオフゥがしげしげと手にとって見る。

「で、結界ってコレ?」

 うららが石灯籠の間に張られたさほど古びていない注連縄をつつく。

「不用意に触るなよ、隠し社があるようなとこじゃ何が出てくるか分からないぞ」
「悪魔がいたらペルソナで分かるわよ。ここにはそんな反応は何も…」

 横を向いた拍子に、ニャン2クローの刃が注連縄を浅く切る。すると、突然注連縄がはじけるように震え始める。

「何? 何? あたし何かした!?」
「違う! そうかここは!」

 八雲の言葉の途中で、注連縄が粉々に千切れ飛ぶ。
 飛び散ってきた注連縄の破片を浴びながら、全員が扉へと注目する。扉は一度内側から弾けるように膨らんだかにみえたが、すぐに元の静寂を取り戻した。

「な、何だ今のは………」
「くそっ、オレとした事がこんな簡単な事を思いつかなかったなんて…………」
「どういう事です?」

 八雲が歯軋りしながら扉へと近寄ると、そこにGUMPを近づける。
 扉に触った途端、GUMPからはエネミーソナーの警告音が響いてきた。

「あ、あたしが悪いの?」
「違う、ここは封印された場所なんだ。そして上の神社と御神体はここの封印の要だったんだ。神社が破壊され、御神体が奪われた事で封印が限界に達してた所で、力を持った人間が触っちまったから、結界その物が弾けちまった。おそらく、ここにいる誰が一番最初に触っても同じ結果だったろう」
「寝ている虎を起こしちまった訳か。問題は」
「何が封印されているか、だな」

 頭をかきながら、パオフゥが扉に手を触れつつ、ペルソナの反応を確かめる。

「悪魔の気配はするが、ヤバイ奴が封印されているって気配はないな」
「それが引っかかる所なんだよな。何かが封印されてるなら、その伝承が何らかの形で残っていてもおかしくないし」
「完全に隠された存在という線は?」
「封印してあるのが悪魔とは限らんさ。前に中世に作られ封印された幻の金属って奴を発見して開けてみたら、アルミ製の杯が出てきたなんて事も有ったぞ」
「じゃあ、ここにあるのはスチールの徳利かな?」
「そんなの封印しても…………」
「ま、入ってみりゃ分かるだろ」

 八雲がGUMPを操作してケルベロスを召喚すると、扉の前に待機させる。

「開けた途端に、って事も有り得る。注意しろ」
「お任せを、召喚士殿」
「グルルル……」
「アステリア!」

 用心深く剣を構えたジャンヌの隣にケルベロスが身構え、両者の背後でうららが《STAR》のカードを手に、古代ギリシアの星座を意味する女神アステリアのペルソナを召喚して備える。

「行くぞ」
「ああ」
「どうぞ」
「おら、よっと!」

 八雲とパオフゥがそれぞれの扉を持って、力任せに開けていく。
 石造りの扉は、開放を拒むかのようにゆっくりと、重々しいい音を立てて開いていく。
 僅かに空いた隙間に、克哉のデザートイーグルとカチーヤのイングラムM10サブマシンガンの銃口が突きつけられる。
 時間をかけて開かれた扉の向こう側に皆が用心する中、扉はやがて全開した。

「………大丈夫みたいね」
「入り口はな」
「こりゃ……少なくても数十年は開けてなかったな……」
「ああ………」

 予想以上の扉の重さにすでに息が切れている八雲とパオフゥが改めて扉の向こうを見た。

「ご丁寧にダンジョンたあな」
「相当ヤバイ物が有りそうだな、これは」

 天然の洞窟を利用したらしい通路が延々と伸びているのを見ながら、八雲が先頭に立って扉をくぐり、ケルベロスがその隣に並んだ。

「匂ウゾ、屍鬼ノ匂イガアチコチカラ」
「ハニワの次はゾンビか? 嫌な話だ」
「コウモリとかいそうねぇ」
「外に繋がってでもいねえ限り、いねえよ」
「結構深くまで繋がってるみたいですよ、ここ」
「皆様、足元にお気をつけて」
「この先に、何があるのだろうか…………」

 先頭に続き、うらら、パオフゥ、カチーヤ、ジャンヌダルク、克哉の順に一行がダンジョンの中へと入る。
 扉からある程度進んだ所で、いきなり先程の重々しさとはうって変わって扉が急激的に閉じた。

「ちょっ、ちょっと! 閉じちゃったわよ!?」
「閉じたな」
「ああ、閉じた」
「閉じちゃいました………」
「閉じたか………」

 完全に閉ざされた背後を見ると、八雲がそのまま進み出す。

「ちょっと! 開けとかなくていいの!?」
「閉じたって事は出す気が無いって事だ。用件済ませてから開け方を考えよう」
「開かねえ時は?」
「ぶち破る」
「最悪、それしかあるまい」
「ぶち破るって…………」

 閉じ込められた事をさほど気にせず先に進む男性陣をポカンと見ていたうららが、一人取り残されそうになって慌てて後を追いかける。

「カチーヤちゃんも大変ねえ、あんなのの相棒なんて」
「八雲さん、結構いい人ですよ。頼りになりますし」
「小さい時から男頼りにしてると、後で苦労するわよ」
「実体験か?」
「パオうるさい」
「あの、あたし一応…」
「来ル!」

 ケルベロスの声に、全員が同時に戦闘態勢を取る。
 通路の岩陰から、腹の突き出た奇妙な子鬼と、奇怪な泣き声を上げる怪鳥がこちらへと向かってきた。

「ガキにオンモラキ? 雑魚じゃないか。焼き尽くせケルベロス!」
「ハッ!」

 ケルベロスの口から吐き出された業火が、瞬時に襲ってきた幽鬼 ガキと凶鳥 オンモラキを焼失させる。

「なんだ、ビックリして損した」
「危ない!」

 構えていた拳を下ろそうとしたうららの脇をかすめて、カチーヤの青龍刀がその背後に繰り出される。

「ぐっ……」

背後から聞こえたくぐもった声に、うららが振り返りながら拳を構える。
そこには、矛を手にした黄泉の国に住むとされる妖鬼 ヨモツイクサが傷を押さえていた。

「いつの間に!?」
「まだ来るぞ!」

やや高くなっている天井から逆さになりながらこちらを見ている邪鬼 ガシャドクロに向かって克哉がデザートイーグルを向け、消し炭となったガキやオンモラキの死骸を踏み潰しながら、さらに無数のヨモツイクサが迫ってくる。

「黄泉平坂(よもつひらさか)か、ここは……」
「貴様らにとって、そうなるのは確かだ」

 カチーヤの攻撃を食らったヨモツイクサが、立ち上がりながら矛を構える。その背後にも、無数の屍鬼達が現れていた。

「どうやら、すっかり罠にはまっちまったみてえだな」
「カチーヤ、ジャンヌ! そちらを頼む!」
「はいっ!」
「はっ!」
「パオ、そっちお願い」
「おう」
「上のは僕が引き受ける!」
「死ね!」

 負傷したヨモツイクサの号令で、悪魔達が一斉に襲い掛かる。
 それに応じて、無数の銃声が通路内に響き渡る。
 八雲の放ったコロナシェルが襲い掛かってきた者達に突き刺さるが、僅かに怯んだだけで再度攻撃を再開しようとするが、そこにケルベロスのファイアブレスとパオフゥのペルソナ、人々に火を与えたとされる虚神 プロメテウスの雷撃が縦横無尽に周囲を嘗め尽くす。

『マハラギダイン!』
『ツインクルネビュラ!』

 克哉のヒューぺリオンの業火とうららのアステリアの旋風が狭い洞窟内を所狭しと暴れまくる。

「少しは加減しろ! 崩れてきたらどうする!」
「向こうに言って!」

 ペルソナの圧倒的攻撃力に八雲がどなりながら、モスバーグを連射する。
 うららが旋風を抜けてきた者にコンビネーションブローをぶち込み、相手が怯んだ所でカチーヤの青龍刀が相手の首を切り飛ばす。

「カチーヤちゃんナイス!」
「次来ます!」
「オラァッ!」

 うららのアッパーカットが、ニャン2クローの刃をヨモツイクサの顎から脳天まで貫き通す。

『ガルダイン!』

 刃を引き抜くとダメ押しとばかりに疾風魔法を叩き込み、うららが下がる。
 ズタズタに引き裂かれて倒れたヨモツイクサの屍骸を超えて迫ってきたガシャドクロにカチーヤがフルオートで弾丸を叩き込み、その額を蜂の巣にした後、ジャンヌダルクの剣がそれを粉々に打ち砕く。

「キリがねえ、アレ行くぞ!」
「ああ!」

敵の数の多さに、パオフゥが一歩引くと克哉とペルソナを同調させていく。
それに応じ、ヒューペリオンの両手に無数の光の弾丸が、プロメテウスの両手には無数の闇の弾丸が産み出されていく。

『アンクェル・バプテスマ(不平等な洗礼)!』

 同調した二人のペルソナが、光と闇の弾丸を一斉に放つ。
 撃ち出された光の弾丸と弾き飛ばされた闇の弾丸が、周囲を取り囲む悪魔達を次々と貫く。
 瞬く間に悪魔達はなぎ倒され、冷たい洞窟の岩盤へとその屍を倒れ込ませる。

「ひ、ひええぇぇぇ!」

 運良く残ったヨモツイクサが逃げ出そうとするのを、そのつま先にパオフゥが放った指弾が突き刺さり、無様に転倒する。

「待ちな」
「ちょっと聞きたい事があるんだが」
「ひいいぃぃ!」

 指弾用のコインを弄ぶパオフゥと、悪魔の魂を融合させて作り出した合体剣を手にした八雲が生き残りのヨモツイクサをにじり寄る。

「安心しろ、こちらの質問に答えれば殺しはしない」
「答えれば、な」

 頬に当てられる刃の感触に、ヨモツイクサの喉が鳴った。

「ああやってると、まるでヤクザかマフィアに見えるわね………」
「もっと物騒だと思いますけど」
「悪党と悪魔とでは行使する力の差が……」
「実際にやる分、こっちの方が物騒なんじゃ……」
「悪かったな」
「あ、聞こえてた?」

 女性陣の内緒話を黙らせつつ、男性陣の尋問が始まる。

「まず、君には黙秘権と弁護士を呼ぶ権利が…」
「ある訳ねえだろ」
「しかし、法律的には」
「いいからこちらに任せろ。まず、ここはなんだ?」

 克哉を黙らせつつ、八雲が相手の肩を刃の腹で軽く叩きつつ聞く。

「し、知らない……ギャアッ!」

 縦に降ろされた刃がヨモツイクサの肩を浅く斬る。

「本当だ! ただオレ達は大昔の契約で呼び出されただけだ!」
「それはいつの事だ?」
「昔過ぎて覚えてねえが、500年は前だ………」
「500年!?」
「それくらいで驚くな。神格クラスになると二千年三千年クラスもザラだ。じゃあ次の質問だ」

 血の付いた刃で反対側の肩を叩きつつ、八雲は続ける。

「どうやって現れた? エネミーソナーは反応しなかった」
「わ、罠だ! 侵入者が来て闘うと、それに反応してオレ達が呼び出される仕組みがこの先にある!」
「トラップサモンか、どうりでな。じゃあ最後の質問だ。ここを作ったのは誰だ?」
「わ、分からない。だが、代々この土地で何かを封印してきた一族らしい」
「……他には?」
「知らない! オレが知ってるのはこれで全部だ!」
「本当か?」
「ほ、本当だ! あとは何も知らない!」

 パオフゥの弾いた指弾がヨモツイクサの頬をかすめる。
 震えるヨモツイクサが必死になって弁解するのに偽りが無いと判断した最悪の尋問官二人が、手にした武器を収めた。

「やりすぎじゃあ……………」
「悪魔相手には絶対隙を見せるな。人間でも同じだけどな」

 腰を抜かして震えているヨモツイクサにカチーヤが近寄ると、黙って回復魔法をかけてやる。

「す、すまねえ……」
「いえ」
「ほっとけ、時間がおしい」
「ま、待ってくれ。オレと契約しないか!?」
「主を変えるのか?」
「どうせ前の奴はくたばってるんだ。アンタとなら上手くやれそうだしな」
「……いいだろう」

 八雲はGUMPを操作して契約ソフトを立ち上げる。

「汝の真の名は?」
「オレの名は§※*∴∋だ」

 人間には理解する事が出来ない言語の名を、GUMPが登録。それを元に、悪魔との契約書が自動的に作成、記録される。
 それと同時に、ヨモツイクサの体が光の粒子となってGUMPへと吸い込まれていった。

「それが契約という物か」
「へ〜、初めて見た」
「そうか?」

 契約の済んだヨモツイクサのデータをチェックする八雲の両脇から、克哉とうららが興味深そうにGUMPを覗き込む。

「触るなよ、下手にいじって契約解除になったらスンゴイ事になる」
「そうなの? どっちにしても、あたしはパソコン苦手だし……」
「それでこの先の戦闘を避ける事は出来ないか?」
「こいつはただの使役用の道具に過ぎない。向こうがやる気なんら、どうしようもないさ」
「同様のトラップが幾つあるか、か…………」
「召喚士殿! こちらを!」

 ジャンヌダルクの声に、八雲はそちらを見る。

「召喚儀礼、ですね」
「ああ、よくここまで小さくまとめたもんだ」

 少し先の壁に、壁をくり抜いて作ってある小さな祭壇をカチーヤと八雲は調べ始める。

「それがトラップか?」
「ああ、無茶苦茶古いが、れっきとした召喚用だ。一応停止させとこう」

 そう言いつつ、八雲は祭壇の中央に飾られた黒ずんでいる恐らくは銀杯と思われる物を手に取った時だった。
 どこからか、妙に重い音が響く。

「ん?」

 八雲が手の中の銀杯と小さな祭壇を交互に見、銀杯の下にある小さなくぼみに気付いた。

「………悪ぃ」
「何かしたか?」
「あの、二重トラップみたいなんですけど………」

 カチーヤが小さくなって謝る中、巨大な何かが転がるような音が響き、しかも凄まじい勢いで近付いてくる。

「おい………」
「これって………」
「まさか、そんなベタな………」

 自分達が来た方向を、総計十四の瞳が見た。
 洞窟の暗がりの向こうから、巨大な岩が壮絶な音を立てて転がるのが全員の視界に同時に飛び込む。

「冗談だろ、オイ!」
「逃げろ!」
「ジャンヌ、ケルベロス、戻れ!」

 古い冒険映画のワンシーンのような光景が迫ってくる中、全員が一斉に走り出す。
 狭い洞窟でのスペース確保の為に仲魔を戻した八雲が、GUMPを仕舞いながら転がってくる大岩を見る。

「本物の岩だ! 潰されたらオダブツだぞ!」
「どうにかならないのか! あれを止められそうな仲魔は!?」
「ストックに無い! そっちこそどうにかできないか!」
「どうしろってのよ!」
「時を止めてる間に砕くとか、周囲の壁に融合させるとか、殴った物を生物に変化させるとか!」
「何の話だ!」
「解いて編んでネットにするって手も出来ないわよ!」
「きゃっ……」

 足の長さの違いか、遅れそうになっていたカチーヤの足がもつれ、転倒する。

「カチーヤ!」
「カチーヤちゃん!」

 それに気付いた八雲とうららが彼女を起こそうとするが、すでに岩は目前まで迫っていた。

「ヒューペリオン!」
「プロメテウス!」

 克哉とパオフゥが岩を止めようと攻撃するが、岩の圧倒的質量の前にはわずかにその勢いを緩めただけだった。

「仕方ねえ!」

 間に合わないと悟った八雲が、いきなりジャケットを脱いで岩へと投げ付け、それに向かって発砲した。
 ジャケットの裏や内ポケットにあった無数の攻撃用アイテムが、コロナシェルの直撃を受け、一斉に発動する。
爆風や液体窒素が洞窟内に吹き荒れ、全員がその場から吹き飛ばされる。

「おわっ!」
「くっ!」
「きゃあっ!」

 突然の事に、ペルソナ使い達は反射的に自らのペルソナで爆風を防ぐが、それが出来ない八雲がカチーヤを抱くようにしてモロに吹き飛ばされる。
 爆風が止み、目を開けたペルソナ使い達は、粉々に砕けた大岩の残骸を見て嘆息する。

「何を持ち歩ってたんだ、野郎………」
「さあ…………?」
「二人は!?」
「生きてるよ…………」

 通路の少し先で、行き止まりの壁にもたれるようにしていた八雲が手を上げるのを見た皆がそちらに駆け寄る。

「怪我は………!?」
「怪我はあんまないようだ、これのお陰で」

 八雲の全身を、いつの間にかまるで鎧のように氷が覆っている。それのお陰で爆風で壁に叩きつけられた割には、軽症の八雲が懐のカチーヤを見た。

「これは、お前の?」
「え?」

 爆発で半ば呆然としていたカチーヤが、その言葉に我に返って現状を確かめる。

「これ、あの一瞬で?」
「だろうな」

 まるでクリスタルのように透明な氷の鎧を、うららが突付いてみる。
 触れない限り、とても氷とは思えないそれを皆が不思議そうに凝視する。

「すいません、足手まといで………」
「いや、そうでもないさ。ところで」
「はい」
「冷たいんだけど………」
「え、え〜と…………」

 小さくなっていたカチーヤが、八雲の全身を覆う氷を見て、視線を泳がせる。
 無言で、どうにも出来ない事を如実に語っていた。

「……じっとしてろ。今溶かす」
「こっちまで焼くなよ」

 克哉が手に高熱魔法を生み出しつつあるヒューペリオンを背に、八雲へと近付く。

「いくぞ」
「ああ、あちいぃぃぃーーー!!」
「克哉さん、焦げてる!焦げてる!」
「むう、なかなか溶けないな………」
「ぎぃやああああ!!」
「我慢しろ、ようやく溶けてきてるぜ」
「その前に八雲さんが焦げちゃいます!」
「もう少しだ。頑張ってくれ」
「ぐおぉぉぉぉー!……………」

 五分後、全身から焦げた匂いがする八雲が、ふらつく足取りで歩きながら、爆発の影響で少し損傷したGUMPをチェックしていく。

「やばいな、内部が少しイカレてる」
「使えないのか?」
「召喚プログラムはなんとかなるが、ソフトがフリーズ気味だ。実戦には使えねぇな………」
「す、すいません。私がドジしなければ………」
「こんな洞窟内じゃ、ほっといても誰か転ぶさ。たまたまそれがお前さんだっただけだ」
「でも…………」
「言わない言わない。さっ、先行こ」
「ちょっと待て、一応召喚してみる」

 セクタ不良が幾つか起きているGUMPを操作し、八雲は仲魔を召喚する。
 画面から溢れ出した光が形となり、仲魔を異界から具現化させる。

「……………ねえ」
「………言うな」
「一度退去させた方が…………」
「ん〜………?」

 召喚された仲魔、なぜかピンクのネグリジェ姿で大きなラッコのヌイグルミ(八雲がジョークで贈ったプレゼント)を抱いて寝ていたカーリーが、寝ぼけ眼でこちらを見る。

「あれ? 呼ばれたんかい?」
「呼んだよ。なんだその格好は………」
「予兆も何も無かったんだけどね………今準備すっから」
「一遍RETURNするから向こうでやれ!」

 その場でネグリジェを脱ぎ始めたカーリーを八雲が慌ててRETURNさせる。
 あとには、気まずい沈黙が残った。

「何だったんだ、今のは…………」
「見なかった事にしてくれ」
「COMP修理してもらわないとダメみたいですね」
「ヴィクトルのおっさん、いればいいんだけどな…………」

 HDユニットの調子を見つつ、再度召喚。今度はちゃんとした姿のカーリーが召喚される。

「また、凶悪そうな奴呼び出したな」
「凶悪とはごあいさつだね、グラサンロン毛」
「口も悪いし」
「気にするな。よりにもよってこいつしか呼べなくなってやがるし………」
「さて、じゃあどいつを血祭りに上げればいいんだい?」
「これから出てくる敵全てだ」
「……大丈夫なのか?」
「たまに背中から狙ってるから気をつけろ」
「ひどいねえ、こんなに尽くしてる悪魔なんざいないよ」
「………行くか」

 全員一致の意見でカーリーを先頭にした一行は、さらにダンジョンの奥へと進んでいく。
 途中、矢が飛んできたり(カーリーが全て叩き斬る)、落とし穴があったり(底にあった槍を全てペルソナで破壊して無事)、つり天井が落ちてきたり(カチーヤが氷結させて止まっている間に突破)と無数のトラップが立ちふさがり、全員心身共に疲労が蓄積していった。

「一度戻った方がよくない?」
「時間があればな」

 持参していたチューインソウルを齧りつつ、うららがぼやくのを八雲が一撃で却下する。

「大分下まで来てるな」
「よくもまあこんな古いのが何百年も埋まったり崩れたりしねえで残ってたもんだ」
「あちこちに地気を高める刻印が彫ってあるからな。地震くらいじゃビクともしないだろ。ここの製作には相当な術者が関与しているな」

 自分で言った事に、八雲はふと違和感を覚える。

「……カチーヤ、ここいら辺に封じられた悪魔や祭器なんて記録知ってるか?」
「いえ」
「これだけの物が、葛葉の情報網にないなんて訳ないんだがな…………」
「案外アテにならない情報網なんじゃねえのか?」
「でなくば、余程の機密性を持って建造されたか、だ」
「お、ゴールに着いたみたいだよ」

 目の前に、地下に作られたとは思えない程の緻密さで彫刻された、石造りの扉が見えてくる。
 そして、そこから漏れてくる凄まじい妖気に全員が息を飲んだ。

「いるな…………」
「ええ………」
「最後のガーディアンか……」
「注意しろ、恐らく神格クラスだぞ」
「さっきからペルソナが派手に反応してやがるからな、イヤでも分かるさ」
「克哉さん、これ最後のチューインソウル」
「カチーヤ、回復アイテムを確認しとけ」
「まだ、なんとか………」
「じゃあ、行くぞ」
「ああ」
「OK」
「いつでもいいぜ」
「準備万端です」
「さあ、殺ろうかい」

 八雲が先頭に立ち、扉を開く。
 思ってたよりも軽く、扉は開いていく。
 皆が固唾を飲んで開いていく扉の向こうを凝視した。

「おや、一体どれくらいぶりの客人ですかね」

 扉の先には広い空間と、そこに佇む楚々とした雰囲気を持った古代の神官のような装束の女性がいた。

「何、すぐに帰るからお構いなく………」
「そういう訳にもいきません。せっかく来られたのですから」
「あなたが守っている物に用がある、と言っても?」
「だからこそです。お相手しなくては、ねえ!」

 瞬時にして、女性の姿が醜くおぞましい姿へと変貌し、その体から妖気がほとばしる。
 黄泉平坂を統べる闇の女神 イザナミが、その本性を現して襲い掛かってきた。

『トリプルダウン!』
『ガルダイン!』

 克哉のヒューペリオンが放った三連続の光の弾丸と、うららのアステリアが放った疾風魔法がイザナミに炸裂するが、イザナミはそれを食らっても平然としつつ、片手を突き出す。

『ムド!』
「食らうか!」

 イザナミの呪殺魔法を、八雲が指にはめていた対呪殺効果のあるラウリンの指輪でそれを弾く。

「そこだ!」
「イヤアァッ!」

 パオフゥの指弾がイザナミの両目を狙い、その隙にカチーヤの青龍刀が振り下ろされる。

「甘いですわね」

 イザナミは妖気で指弾を弾き、片手で青龍刀を軽々と受け止める。

「アアアァァァ!」

 そこにカーリーが六刀を振るって襲い掛かるが、イザナミはもう片方の手で六刀を次々とさばいていく。

「これならどうだ!」

 八雲がモスバーグM500を連射するが、コロナシェルもイザナミの妖気に阻まれる。

「その程度なのですか?」

 体からほとばしる妖気で攻撃を無効化していくイザナミの圧倒的強さを前にして、皆は少しも退こうとはせず、更に攻撃を強烈にさせていく。

「取っておきいくわよ!」
『Gone With the Wind(風と共に去りぬ)!』

 超高圧にまで圧縮、射出された空気の塊が、イザナミに触れると同時にその圧力を開放、無数の風の刃となって暴れまくるうららの必殺技が、妖気の防御を突破してイザナミの体に初めて傷を付けた。

「ぐぅ………」
「効いてる!」
「イヤアアァッ!」

 イザナミがたじろいだ隙を狙って、カチーヤの青龍刀がその肩口を斬り裂く。

「があっ!?」
「いける! 続けるぞ!」

 黒ずんだ血しぶきを上げてイザナミが絶叫し、周囲を覆っていた妖気が揺らぐ隙を縫って、コロナシェルと50AE弾と指弾が飛ぶ。
 それぞれがイザナミの体を穿つが、弾痕から黒血を吹き出しながらもイザナミは再度妖気の障壁を張り巡らす。

「無駄だ!」
『ジャスティスショット!』

 ヒューペリオンの手から、一際大きく、強く輝く光の弾丸がイザナミへと放たれる。

『死反(まかるがえし)の闇!』

 しかし太陽を彷彿とさせる輝きを持った正義の弾丸は、妖気が突如として濃縮した闇に飲み込まれ、そして反射される。

「くっ!」
「反射能力か!」

 反射された自らの攻撃をからくも克哉は避けるが、足元に大穴が穿たれた。

「次は、こちらから」

 イザナミが、妖気を濃縮させながら舞う。その舞の動作一つ一つが召喚儀礼となり、冥界から無数の亡者達を召喚させていく。

『黄泉路舞(よみじまい)…………』
「多量同時召喚だと!?」
『マハラギダイン!』
『ブフーラ!』
『雷の洗礼!』
『ツィンクルネビュラ!』

 大量に召喚された亡者達が押し寄せるのを、ペルソナとカチーヤの攻撃魔法が迎え撃つが、それでもなお亡者達は押し寄せてくる。

「きりが無い!」
「合体魔法で一気に行くぞ! うらら!」
「OK、スクルド!」

 うららが《FORTUNE》と振られ、表面に北欧神話の運命を司る姉妹神の末妹が描かれたタロットカードをかざす。
 するとアステリアが光の粒子となり、その光の粒子はスクルドの姿へと変わる。

「行くぞ!」
『ヒートクラッシュ!』

 ペルソナの同調を利用し、その力を融合させる合体魔法の灼熱の炎が降り注ぎ、亡者達を焼き尽くす。

「おのれ!」
「こちらのターンだ!」
「アアアァァァ!」

 呼び出した亡者達が全滅したのを歯噛みしたイザナミの背後から、合体剣を振りかざす八雲と六刀を振りかざすカーリーが肉薄する。

「食らうものか!」

 妖気を収束させて七振りの刃を受け止めたイザナミに、八雲は不適な笑みを浮かべる。

「ばーか」
「!?」

 合体剣を受け止められた状態で、八雲はいきなりモスバーグM500を真上へと向けて発砲。戦闘の余波でもろくなっていた天井の一部が、その一発で砕けて破片となってイザナミの脳天を直撃する。

「がっ!?」
「こっちに気を取られてると他が防御できない。ワンパターンなんだよ」

 自らも肩に破片の直撃を食らいながら、八雲はにやりと笑う。
 脳天から流れ出した血を額から滴らせつつ、イザナミが夜叉その物の顔で八雲を睨みつける。

「ふ、ふざけるなあ!!」
「がっ!」
「ぐふっ!」

 八雲とカーリーを妖気で吹き飛ばしたイザナミが、最大級の妖気を練り上げ、それを闇その物へと変換させていく。

「来るぞ!」
「まず…」
『禍魂振(まがつたまふり)!』

 闇の中から、無数の闇の槍が周囲へと降り注ぐ。

「がはっ!」
「ぐうっ!」
「キャアッ!」

 ペルソナの防御をも貫通する闇の槍が、全員を貫く。
 誰もが負傷し、地に膝を付きかける。

「たわいもない………」

 至近距離で無数の闇の槍を浴びた八雲とカーリーは重傷で、全身から流れ出した血が床へと血溜まりを作っていく。

「限界……だよ……」

 カーリーに至ってはとうとう現実界での具現化能力の限界を突破し、無数の光となってGUMPへと戻る。

「さて、どうしてくれようか………」

 八雲の首を掴んで持ち上げたイザナミが、ピクリともしない八雲をどう料理するかを考えてほくそ笑む。

「八雲さん!」
「まずい!」
「助けるんだ!」
『死反の闇!』

 八雲を助けようと全員が攻撃するが、イザナミの反射の闇の前に全てが無駄と化す。

「仲間の前で無残な屍になるがよい。フフフフ……」
「そいつは、どうかな?」

 全身を朱に染めながら、八雲が唇の端を持ち上げて笑みを作る。
 次の瞬間、八雲は片方の靴をちょうど顔の高さまで脱ぎ飛ばし、目をつぶった。
 すると、それは突然眩いばかりの閃光を発して爆発した。

「ギャアアアァァァァ!!」

 突然の閃光に、イザナミは八雲を投げ捨て、目を押さえて暴れまくる。

「護摩木の灰と聖別済みの硫化銀の粉末を加えた特性ホーリー・スタングレネードだ。CHAOSの奴にはよく効くだろ」
「しゃべらないで下さい! 今回復させます!」
「あとにしろカチーヤ。今攻撃しなきゃ勝てないぞ」
「で、でも……」
「そこかあああああぁぁぁ!!」

 視界を失ったイザナミが、音だけを頼りに八雲へと攻撃を繰り出す。

「くっ!」

 カチーヤが青龍刀を振るってなんとか攻撃を受け止めるが、イザナミの妖気が再度練り上げられ、闇を作り出していく。

(またあれを食らったら!)
『Crime And Punishment!』
『ワイズマンスナップ!』

 闇が練りあがる前に、無数の光の弾丸と、超高速の闇の弾丸がイザナミを貫く。

「ギィヤアアアァァ! おのれ、おのれえぇぇぇ!!」
「まだ倒れないのか!」
「ちっ!」
『Gone With the Wind!』

 負傷しながらも攻撃した克哉とパオフゥが、イザナミの予想以上のしぶとさに舌打ちした時、ペルソナを再度アステリアに変えたうららの攻撃が更にイザナミを撃つ。

「全力で行くぜ!」
『Forbidden knowledge(禁じられた知識)!』

 プロメテウスが両腕を合わせるようにして持ち上げ、それを振り払うように広げると同時に、衝撃波、飛針、雷撃、漆黒の弾丸を一斉に放出する。
 濃厚な攻撃の嵐が、イザナミの全身を破砕していく。

「おのれ………せめて………」
「決めろ、カチーヤ」
「イヤアアアァァァッ!!」

 余力を振り絞って八雲に狙いを付けたイザナミに、カチーヤが全身全霊を振り絞り、青龍刀を大上段から一気に振り下ろした。

「がっ…………」

 額から股間まで一気に切り裂かれたイザナミが、全身から膨大な血を吹き出しつつ、その場に崩れる。
 それを数秒間見たカチーヤが、大きく息を吐いてその場に座り込んだ。

「上出来、グッ……!」
「八雲さん!」

 放心しかけていたカチーヤが、慌てて八雲に治癒魔法を架ける。

「無茶しやがる」
「言っただろ、こっちは生身でどうにかするしかないって」
「限度という物があるだろう」
「忘れた」

 治癒魔法で傷がふさがった八雲だが、体力までは回復しようもなく、同じようにうららに傷を治してもらった克哉に肩を貸してもらって立ち上がる。

「カチーヤ、さっきみたいな攻めるか守るか二者択一の状況で迷うなら、ためらいなく攻めろ。そうすりゃなんとかなる」
「変な事教えない」

 八雲の脳天を軽く小突いたうららが、部屋の一番奥に設けられた祭壇に目を向ける。

「で、お宝はこいつか?」
「みたいだな」

 祭壇の前にある石造りの棺を見た八雲は、トラップの類がないか確かめると、それの蓋に手をかける。

「ミイラなんて入ってたりして…………」
「さあ?」
「……入ってるぞ」
「ヒッ!?」

 棺の中、一体のミイラがその胸に抱くようにしている古い銅剣を、八雲はミイラの手から抜き取る。

「こいつは………」
「霊剣か? 随分と力を秘めているようだが」
「まさか、これって………」
「間違いない。てっきり消失したモンだと思ってたが………」
「何がだよ」

 手にした銅剣をしげしげと見つめた八雲が、それを軽く振ってみる。
 それが何か理解出来ないペルソナ使い達が、全員一様に首を傾げた。

「で、結局なんなのそれ?」
「800年前、壇ノ浦の合戦で失われたと言われていた代物。ここまで厳重に封印してある訳だ」
「…………草薙の剣か!」
「ご名答」
「クサナギって、あのでっかい蛇から出てきたって妙な剣だっけ?」
「かつて、天皇家に伝わっていたとされる三種の神器の一つの霊剣。葛葉でも存在は確認されてなかったが、こんな穴倉にあるとはな」

 ふとそこで、八雲の脳内で今までの事件が、パズルのように組み合わさっていく。

「剣………7人の誘拐………サマナー………儀式………草薙………まさか!?」
「どうした?」
「奴の狙いは…」

 そこまで言った所で、突然禍々しい妖気が吹き出す。

「!?」
「まだ生きてたのか!」

 全員が一斉に背後に振り返る。そこには、中央から微妙にずれているイザナミが、ありありと死相の出た夜叉の顔で、こちらを見ていた。
 そのイザナミの隣で、吹き出した妖気が集束し、やがて空間に漆黒の穴を穿つ。

『黄泉路迎え…………』

 同時に、周辺にある物全てが、その穴へと吸い込まれ始める。

「なに? なに? ブラックホール!?」
「違う! 冥界の門を開きやがった! 吸い込まれたら生きたままあの世にご案内だぞ!」

 空間内に突如として現れた穴の向こうに、無数の亡者の姿を見た八雲が吸い込まれまいと棺にすがる。

「このっ!」
「往生際が悪ぃ!」

 ペルソナで体を固定しつつ、克哉とパオフゥがイザナミに弾丸と指弾を浴びせるが、すでに死にかけているイザナミはそれを意にも介さない。

「堪えろ! そう長時間は門を維持できないはずだ!」
「無理言わないで!」

 うららが怒鳴りつつ、冥界の門から亡者達が手招きしているのを見て顔色を失う。
 カチーヤの頭から外れたライト付きヘルメットが門の中へと吸い込まれ、亡者達がそれに群がるがそれが人でないと分かった時点で、再度怨嗟の声を上げつつ、こちらに恨めしそうな視線を向ける。

「わらわと共に黄泉平坂へと落ちるがよい………」
「70年後だったら考えてやるよ!」

 吸い込まれそうになるのを必死に堪えながら、八雲が怒鳴る。

「あっ!」
「カチーヤ!」

 八雲の隣で青龍刀を床に突き刺して抵抗していたカチーヤが一瞬の油断で手が滑り、吸い込まれそうになるのを八雲がその手を取る。
 しかし、その手が重くなった。

「カチーヤちゃん! 足!」
「!!」

 いつの間にか冥界の門から這い出した亡者達の手が、仲間を求めてカチーヤの足を掴んでいる。

「ぐぐぐ………」
「くぅ………」

 一本、また一本と手は増えていき、抵抗する二人を引きずり込もうとする。

「どうせやるなら老人ホームに行きな!」
「そういう場合か!」

 パオフゥと克哉が必死になって腕を攻撃するが、増えていく亡者の数に追いつかなくなっていく。

「落ちろ…………」

 イザナミの声と同時に、吸い込む力が更に強くなり、とうとう八雲が掴んでいた石の棺までもが吸い込まれ始める。

「くっ!」
「八雲さん!」
「八雲君!」
「カチーヤちゃん!」
「ダメか………」

 二人の体がドンドンと冥界の門に近付いていく中、八雲が信じられない行動を取った。
 吸い寄せらる事で逆に亡者達の力が弱まった隙に、カチーヤの手を引っ張って棺へと捕まらせ、自らはその手を離す。

「何を!」
「たった一つの冴えたやり方って奴」

 そのまま吸い込まれる力に自らを任せつつ、八雲は手にした草薙の剣で亡者達の腕を一気に両断する。

「野郎!」
「なんて事を!」
「ば、バカ!」
「八雲さん!!」
「後、頼む」

 亡者達の力が無くなった事で、再び動かなくなった棺にすがりつつ、カチーヤの目が冥界へと吸い込まれていく八雲の顔を見た。
 諦め混じりの苦笑を浮かべた八雲が遠ざかっていくを見ていたカチーヤの中で、それは目を覚ました。

「ダメええぇぇぇぇ!!!」

 瞬間、起きた事を誰もが理解出来なかった。
 漆黒に染まっていた空間が、一瞬にして白く染まる。
 それと同時に、吸い込む力も消えた。

「!?」

 何が起きたか理解できず、突然床に投げ出される形となった八雲が、空間に開いたまま中の亡者ごと白く染まっている冥界の門を見た。

「凍ってる?」
「そ、そんなバカな!?」

 イザナミも何が起きたか理解出来ず困惑する中、次の変化が起きる。

「!?」
「!」
「えっ!?」

 ペルソナ使い達が、ペルソナからの反応を信じられない目をしながら感じた。
 その目前で、大気が音を立てて凍っていく。

「カチーヤ!?」
『アブソリュート・ゼロ!』

 全身から凄まじい凍気を吹き出して周囲を凍らせていくカチーヤの目が、怪しく光る。
 すると、イザナミの体が端から白く変じていった。

「そ、そんな!これはなんなのだ!」

 自らの体の変化、冷気で温度を奪われるのでなく、体を構成する体液その物が氷結していく異常事態を理解出来ぬまま、イザナミが白い彫像と成り果てる。

「駄目押し!」

 八雲が白い彫像向けて、草薙の剣を横薙ぎに振るう。
 上下に両断された彫像は、床へと落ちて粉々に砕け散り、凍り付いていた冥界の門も虚空へと消失した。
 それを見たカチーヤが、力を使い果たしたのかその場で失神して崩れ落ちる。

「カチーヤ!」

 八雲が駆け寄り、その体を抱き起こす。
 全身から吹き出していた凍気はすでに消え、先程見せていた圧倒的な力は片鱗も見えなくなっていた。

「カチーヤ! カチーヤ!」
「う………ん」

 名前を呼びつつ、八雲が頬を叩く。
 やがて、ゆっくりとカチーヤは目を開いた。

「大丈夫………ですか………」
「それはこっちの台詞だ。無茶しやがって…………」
「お互い………さまです…………」

 そう言いながら小さく笑うカチーヤを見た八雲が、大きく安堵の息を吐いた。

「あ、あのさ…………」
「一つ、聞きたい事がある」

 二人のそばに来たペルソナ使い達が、言いにくそうに口を開く。

「嬢ちゃん、あんた、人間じゃないのか?」
「パオ!」

 一人物怖じしないて口を開いたパオフゥの問いに、カチーヤが体を硬くする。

「先程の力、そしてペルソナの反応。人間の物ではなかった」
「あ、あのさ言いたくなかったら………」
「いや、はっきりさせてもらいたいね。あんたひょっとして、悪魔なのか?」

 タバコを取り出してそれに火をつけつつ、パオフゥがカチーヤに詰め寄る。
 それを、八雲が差し止めた。

「生憎と気にする程じゃないだろ。ハーフ・プルートなんて」
「ハーフ・プルート?」

 聞きなれない言葉に、克哉が首を傾げる。

「半悪魔、悪魔と人間の混血だ。この業界じゃ珍しくない」
「混血!? そんな事あるの!?」
「不勉強な奴だな。神話や伝承には人外との混血なんでゴロゴロいるだろ。妖狐を母に持つ大陰陽師 安部 清明なんかが有名だがな。悪魔憑きだった前の相棒よりはマシ……かもな」
「…………」

 うつむいたまま黙っているカチーヤを立たせると、八雲は自らも立ち上がる。

「取り合えず、この穴倉からとっとと出よう」
「その案には賛成だな」
「ああ」
「あ、待って!」

 カチーヤを伴って踵を返した八雲に克哉が続き、半ば不審を抱きながらもパオフゥ、うららも続く。
 皆押し黙り、一言も発しないまま来た道を戻り、再び開いた門をくぐって井戸を昇っていく。

「………もう朝か」
「徹夜になっちゃったわね」

 白々と明けてきている空を見ながら、八雲が体を伸ばし、うららはあくびを噛み殺す。

「ま、一寝入りしてからやる事考えるか」

 手にした草薙の剣をどうするかを今考える事を破棄しようとした八雲だったが、ふいに何かの気配を感じた。

「誰だ!」

 振り返ろうとした八雲の手の中から、草薙が何者かに奪われる。

「!!」

 草薙の剣を奪った者、三本足のカラスの姿をした霊鳥 ヤタガラスが、草薙の剣を足につかみ、そのまま飛び去る。

「待て!!」
「クソ!」

 無数の銃弾が飛び去ろうとする影を狙うが、それを巧みにかわし、ヤタガラスは朝日の昇る空へと消えていった。

「………ちくしょう!」

 自分の油断で草薙の剣を奪われた八雲が、拳を地面へと振り下ろす。

「八雲さん………」
「だが、向こうの狙いはこれではっきりした」
「……オロチか」

 克哉の言葉に、八雲は頷く。

「相手は、日本神話最大の魔獣、八又ノ大蛇を甦らせようととしてるんだ!」
「そんな物が甦ったら!」
「させない、絶対にな」

 八雲は強く歯をかみ締めつつ、草薙の剣が消えていった空を見つめていた……………


もつれた糸は、解かれると同時にその手から滑り落ちる。
それを再度手にする事を誓う者達の前には、更なる困難が待ち受けようとしている。
だが、それを避けようとする者はいない。
全ては、己が信じる信念のままに………



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