地獄の黙示録・特別完全版
APOCALYPSE NOW REDUX
やはりスクリーンで観たいという欲求から逃がれられずに、最終日に慌てて駆けつける。冒頭、あのヘリコプターの音が聞こえてきただけで熱い思いにとらわれたのは僕だけではないだろう。3時間23分、それは映画の上映時間だけではなく、僕自身の映画体験が凝縮された時間でもあったのだ。
今回付け加えられた部分、特にフランス農園におけるディベート的な会話のシーンは、アメリカがベトナム戦争時に引きずっていたカオスを的確に言い当てているだけに、それがカットされていたのは面白い。しかもそこに出ていた女優が『パリ、テキサス』の女優だということから見ても、70年代のコッポラの曖昧さが、80年代のヴェンダースに引き継がれていく過程を見るようで、両者の映画的なつながりを垣間見たともいえる重要なシーンである。そしてあのカーテン越しのなんともいえないエロス。やはりコッポラはただものではない。
面白いのはこの映画を観た有名な識者たちが、「これでようやくこの映画のことがわかった」などと言っていること。立花隆のような人物ですらそのようなことを言っているわけで、これは僕に言わせれば勘違いもはなはだしいとしか言いようがなく、そもそもこれを作ったコッポラ自身が判っているとは思えない映画を判ろうとすること自体が間違いなわけで、映画を頭で理解しようとする大きなミスがそこにある。ブルース・リーが『燃えよドラゴン』で言っていた「理解するのではない。感じるんだ」という言葉が象徴しているように、映画をわかろうとする試みなんて最初から放棄すべきなのだ。大切なのはfeel、感じることである。そしてその感じることがエモーションにつながる。大事なのはそれである。
hiro
3/2/02
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