『ガーター騎士団』と『アルカサル〜王城』
 
― エドワード黒太子(1330ー1376)



 世界史の教科書か参考書で、わずか一行の記述だったと思うけど、なかなか印象深かったのが、エドワード黒太子でしたっけ。
 今にして思えば、英仏100年戦争の話であったのであろうが、前後の文脈はよく覚えていなかった(汗)それはさておき(笑)
(アバウトなことを言ってしまうと、英仏100年戦争の初期のイギリス側のヒーローがエドワード黒太子、最後のフランスの英雄がジャンヌ・ダルク、ってことになるのだろうかφ(..)メモメモ)

私が黒太子に興味を引かれたのは、

  • 太子のまま、即位せずに没している。
  • そして、その翌年に父のエドワード3世も没している。

 事実関係はわからないけど、生没年の数字を眺めているだけで十分、あれこれ空想にひたれたものでした(笑)
 もう一つ言うと、黒太子(black prince)という呼ばれ方が、かっこいいように思った、というところでしょうか(^^ゞ

 何故「黒太子」と呼ばれたか、というのは、いろいろな説があるらしいです。常に、黒い甲冑を身に付けていたとか、(フランス側から見たら)悪魔のように恐れられた、など。しかし、黒太子という呼び方は、後世のものだとかいうらしい。
 とはいえ、父も祖父も同じエドワードという名前なので、黒太子とかブラック・プリンスとか呼んで、区別するのが合理的でしょう・・(笑)

 黒太子は、騎士道の鑑として有名のようです。つまり、1356年のポワティエの戦いで捕虜にしたフランス王のジャン2世に対して、非常に礼儀正しく接したとかの逸話があります。
 後年、スペインの内紛に介入して、そのときに病を得て、引き揚げざるを得なかったときに、フランス軍と戦い、占領したリモージュの住民を虐殺するなどしたため、騎士道の鑑としては、ものすごい汚点を残したことになりますが・・。
その後、目立った活躍をせずに、ほぼ10年後に父に先立って世を去ることになります。

 ところで、介入したものの健康を損ねるなど、良いことはなかったという、スペインの王位争いですが、これって、ペドロ1世VS異母兄のエンリケの抗争なんですよね。そう、『アルカサル〜王城』(青池保子・秋田書店)の世界(汗)
いや〜、黒太子とドン・ペドロ及びエンリケって、同世代だったのですね・・(゚o゚)
(知らなかったのは、私だけだろうか(汗))
『ガーター騎士団』(蒲生総・アスカDXコミックス)を読んで一番、目がテンになったのは、実はこれだったという・・(^^ゞ

 黒太子(イギリス)が支援したのはペドロ1世の方。よく調べてみると、黒太子の弟たち、ジョン(ランカスター家)やエドマンド(ヨーク家)は、ペドロとマリア・デ・パデリヤとの娘たちと結婚しているし(ジョンは、ペドロ亡き後、後継者の夫ということでカスティリヤ王位を主張している)、スペイン(カスティリヤ)とイギリス(イングランド)は、関係深いのだね・・。ううむ、奥が深かった(笑)

 ところで、『アルカサル〜王城』は完結しているのだろうか?(悩)

(これについてはいろいろ情報をいただきました。結論から言いますと、現在のところ連載中断中で、再開の予定はないようです)



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