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2003/05/17
リ ト ス の 空 の 下 で
by エイセイ
「そんなところで、なに粗大ゴミやってんの?」 夕闇迫る教会裏でうずくまっていた俺の前に、すんなりとしたシルエットが立っていた。しばらくぶりだったが、目を凝らすまでもなく、澄んだ声で彼女だと俺にはわかった。 「こんな時間から酔っ払ってるの? まったくしょうがない・・・」 いつもの調子でまくし立てようとした彼女は、途中で言葉を止めた。まあ、隠しようがないからな。まだ、闇にまぎれるほど日は落ちちゃいない。 「なによ、怪我してるんじゃない。手当てぐらいしなさいよ!」彼女は小さく叫んだ。口調は突き放すようだが、そう言いながらも彼女はうずくまる俺の左側にしゃがみこんだ。 なんとなく、息をのむ雰囲気が感じられた。ということは、客観的に見ても酷いのか・・・ 確かに、さっきから左腕と左脇腹が熱を帯びているのは感じていた。そういえば、指先も動かないみたいだ。もっとも、相手が彼女だとわかった瞬間から、すでに意識は遠のきかけていたのだが。かすかに詠唱する声が聞こえるなと思っていると、なにか暖かいものにつつまれる感じがした。 「いつ以来かなあ、こんなに穏やかなのは・・・」つぶやいたつもりだったが、もう俺にはすべてがよくわからなかった。 そのまま自分としては、安穏とたゆたっていたかったのだが、いきなり両頬にはしった痛みが意識を覚醒させた。 「・・・おきなさいよ!ほら、目をあけてっ!」大きいが、わずかに震えた声がする。 徐々にピントがあってくる視界。間近に顔らしきものがあった。幼馴染に良く似た女性の瞳がうるんでいるように見えた瞬間、小気味良い音とともに、再び頬が、カッ、と熱くなった。 「痛いなあ、、、手加減してくれよ〜」強く抗議したつもりだったが、かすれた声が出ただけだった。 「気が付いたのね。とりあえず立って、すぐだから」彼女にしては珍しく口調が優しい。 俺の無事な右脇に肩を入れる彼女の髪から、やわらかな香りがした。 どうやら、俺は宿屋に連れていかれるらしい。猪突猛進モードに入ったときの彼女が人の(特に俺の)言葉を聞かないのは十分知っていたので、なりゆきに任せることにした。彼女がかけれくれたヒーリングによって傷口はふさがったが、それまでに流れ出た血は多すぎたようだ。足元がおぼつかない。 とりあえず、身体をあずけることにして、そっと、鼻筋から顎にかけてのラインを盗み見る。 ちょっと大人びたのかな、と思いながら、その横顔を見つめた。 実は、俺と彼女は、ちょっと年の離れた幼なじみだ。お転婆でやんちゃな彼女に、どちらかというとインドア系の俺、、、 あの頃は、「僕」って言ってたかな・・・ そんな彼女が、突然、家を出た。彼女の家は大騒ぎだった。彼女の書き置きは一言、「リトスで冒険者になります」だった。リトス島でモンスターが出現するようになり、一方で、ライフジェムが発見されたニュースを聞いても、平然としていた彼女に違和感を感じていた僕は、納得した。 彼女の両親は考古学者で、3年前に幼い彼女を残し、相次いで失踪していた。その後、彼女は叔父の家にひきとられた。彼らが考古学の調査にいく時に、いつも彼女が預けられていたところなので、両親がそろって長い調査に行ったかのようだった。 いや、行方不明なのだから、帰ってくる可能性はあるのだ。未だに、そして、いつまでも。 しかし、彼女は待っていられなかった。だから、旅立ったのだ。僕には何も言わず、でも、僕の机の上に銀のペンダントをそっと残して・・・ 彼女が出て行ってから、僕はしばらく夢遊病者のようになっていた。頭の中では彼女のいろいろな姿が浮かんでは消え、心配の種には不自由しなかった。胸の痛みが現実にフィードバックされ、完全にイカれそうになったが、「追いかける」という言葉がふと心に浮かんでから、地に足がついた。 彼女が出て行って鬱ぎ込んでいた僕が普通に戻ってから、「あなたは大丈夫よね?」と、事ある毎に訊く母さんには悪かったけど、僕は隠れて準備を始めた。そして、ちょうど彼女が旅立ってから一ヶ月経った日に、僕も家を出た。僕の書き置きは、「彼女を追いかけます」の一言だけだったけど。 「なに人の顔見てるのよっ!」 わずかに赤くなった頬をした彼女が叫ぶ声に、俺は心を引き戻された。 「綺麗になったなあ・・・」思わず、本音が出た。普段ならそんなことは口にしないが、病み上がりで朦朧としていたということで、良しとしよう。 「な、なにを言うのよっ!」彼女は、さらに赤くなった頬をそらして、歩く速度を速めた。 でも、心なしか、俺の腰に回した彼女の腕の力が強くなった気がした。 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 「しっかし、あいかわらずドジねえ。怪我だけじゃなくて財布まで切られたの? どちらか一方にしなさいよっ! 怪我人の上に一文なしとは情けないわね〜」 食事を終えて上機嫌になった彼女がベットの上で飛び跳ねながらのたもうた。宿代、食事代をたかっている俺としては、言葉を返していいのかどうか悩んだ。一瞬だったが。 「大丈夫だ。明日の夕方にはオークションで金が入る。もっとも、エレメントジェムだから、大した額にはならないが・・・」 「ふん、それまでは一文なしじゃないのっ! で、何で斬られたの?」彼女の顔には『やりこめてやる』と書いてある。年長者としては負けるわけにはいかないが、真っ正面から勝負したのでは経験上勝てないこともわかっていた。ふふん、みてろよ〜。 「ちょうど、ブロードソードからカタナに替えたところだったんだ。ついつい盾を持ってるつもりで動いちまった・・・確かにドジだな」原則的に、正直が美徳と思っている俺は素直にコメントした。 「ホントにドジねぇ〜。両手剣の場合に動きを止めないってのは基本よ!」彼女がベットに寝そべりながらえらそうに言う。まさにそのとおりだ。返す言葉がない。だから俺は、次の矢を探しているさまが見て取れる彼女の得意顔を見ながら、沈黙を守った。 ただ、口は閉じていたが、そこでふと俺は思い出した。彼女は、居合二段が使えるプリーストという、世にも物騒な聖職者であることを。うむ、そりゃあ、不器用な俺にアドバイスする資格はある。俺はさらに納得した。ただし、いたぶる権利までは認めないが・・・ 確か、マルドゥークの洞窟で死にかけた彼女を救ったのが、伝説の『放浪の女神』レイアさんで、その後すぐに転職したって言ってたな。感化されやすいというか、なんというか。でも、聖職者になっても元気なのは変わりないな。小さい頃からそうだったよなぁ・・・きっと、槌でボコボコ殴ってるんだろうなあ、アンデット系でも・・・ 再び俺は回想モードに突入していた。 ドカッ! 突然白いものが視界を覆った。顔が痛い・・・ 「なによ、人の助言は真面目にききなさいよ!」ニコニコしていたはずの彼女の頭に角が生えている、ようだ。どうやら、さらに追加ダメージを与えようと意気込んだ彼女の話をうわの空で聞き流しながら、笑みをこぼしてしまったらしい。 やんちゃな聖職者ぶりを見たレイアさんが目を丸くしているという幻想にふけっていた俺の手元には枕があった。 「聖職者にしておくには、惜しい攻撃力だな。」放物線を描くように枕をトスしながら切り返した。うーん、旗色が悪いなあ・・・ 「そのまま昇天させてあげましょうか?お望みとあれば今すぐにでも」 うわあ、目つきが危ない。それもかなりだ・・・ 暴走した彼女の怖さは、俺にとってはトラウマになっている。逃げよう。 「そうだな、一晩寝て考えるよ。おやすみ〜」俺は早々に白旗を振り、ベットに潜り込んだ。 「ふんだ。夜中にこっちのベットにきたら承知しないからねっ!」いまだに戦闘モードのトゲのある調子だ。 ま、せっかくだから、ちょっといたずらを・・・俺の心の中で、悪魔が舌を出した。 「ふふふ、オバケが出たら、添い寝してあげるよ♪」俺は、わざとらしくベットに子供一人分のスペースを作る。 「なっ、、、い、い、いつの話をしてるのよっ!もう大人なんだからねっ!」少しどもりながら言い返す彼女。しかし、両手をブンブン振り回してる姿が大人か? 「怒った顔もかわいいね♪」もう一発、寝返りをうちながら背中越しに爆弾を投げる。うん、楽しいぞ。 「・・・見てないのに何言ってんのよ・・・」 ふむ、勢いが落ちたな。俺の勝ちだ。安心して眠るとしよう。 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ あくる朝、再び彼女の枕が凶器となって俺を襲い、ドラゴンとダンスを踊っていた絵本の世界から俺を引き戻すというハプニングがあったが、一晩寝て、どうにか俺の身体も本調子に戻ったようだ。しかし、久しぶりに向かい合って朝食を食べたせいか、精神的にはいま一つの感じで宿を出た。 別れ際、一瞬視線が絡まり合う。なんとなく別れの言葉は聞きたくなかったので、 「またな」と俺が先に声をかける。 その言葉を聞いて、彼女の瞳が揺らめいたように見えた。思わず抱きしめたい衝動に駆られる。「愛してる」と囁きながら・・・ 再び会えることが約束されることのないリトスの地では、刹那を大事にすべきなのだろう。胸にしまっておいた言葉をつげることなく、迷宮の暗闇で、繁る森の奥深くで、倒れるかもしれない。 しかし、俺にはどうしても告げることができなかった。少なくとも、まだ。告げることはできない。ひと一人守る強さを手に入れるまで、なんて奢ったものではない。ただ、共に歩んでいくにも力が足りない現状では、彼女の足手まといになるのがオチだ。それに、俺にもなけなしのプライドというものがある。 「またね」俺の瞳から一瞬そらせた視線を戻し、彼女が笑顔を見せて言う。そこには、いつもの彼女がいた。俺が追ってきた彼女が・・・ 俺は彼女の瞳を見つめた。彼女も、真っ向から俺の視線を受け止めた。昔から変わることのない澄んだ瞳。俺の心のどこかが痛み始めたので、救いを求めるように彼女の胸元で朝日に映える銀のペンダントに目を落とす。 「ありがとうな」とつぶやきながら、俺は振りきるように背を向けた。 「今回の借りは高いわよ〜。勝手に死なずに、必ず返しなさいよ!!!」 彼女が俺の背に大きな声をたたきつける。彼女が今、どんな顔をしてその言葉を投げかけたのか、見たい衝動にかられたが、俺はそのまま歩きながら、軽く手を挙げて応えた。 彼女を連れ戻すつもりでこの地に来たが、もうそんな気はどこかにいっちまった。大切なものを護る力を自分の力で手に入れる。そして、心の内なる声が命じたら、そのときは・・・ 俺は、一瞬、澄み渡った空を見上げ、そのまま走り出した。 さあ、行こう。すべては、このリトスの空の下にある。 END
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