新学期になって初めて、資料室の扉を開けてみると、
「よっ!」
「はっ!」
「ふっ!」
「よいしょ!」
「ほわっ!」
「わちゃっ!」
教室の真ん中で怖いお兄さんたちが餅をついていました(しかもふんどし姿で)。
日本人はお米族
「なんなんだ一体っ?!」
「あ、朋也さん、あけましておめでとうございます」
いつもニコニコ現金払い……じゃない、宮沢がいつものようににこやかな笑顔を浮かべている。浮かべているのはまあいいのだが、教室をでんと占領した臼。そして餅米を蒸しているのか湯気の上がった釜。少なくとも終業式に見た光景はこんなんじゃなかったはず。
「あけましておめでとうって、なんだよこれは……」
そして群れるむさくるしい男ども(しかもふんどし)。今この教室は混沌が支配している。
「いや、俺のこの世界とは無関係な人間だから」
帰ろうとしたら宮沢に掴まれた。
「日本人ならお正月にはお餅ですよね」
にこやかな表情を崩さずに答える宮沢、それがなんか怖い。
「餅?」
背景には気合のこもった掛け声でひたすら餅をつき続ける宮沢軍団(火薬の使用量は石原軍団に及ばない)。出来上がった餅がかなりうまそうに見えるのがなんだか理不尽だ。
「あー、そう言えばまだ餅食べてないなぁ」
「それはいけません! お正月にお餅を食べないなんて人として不出来です」
そこまで言われるのか俺は……くそ、きっとろくでなしの親父のせいだ、そうに違いない。やり場のない怒りを親父にぶつけていると、宮沢がそっと皿に盛られた餅を差し出してきた。
「すでにつき終わったものがありますから朋也さんもいかがですか?」
「……というか、いいのか?」
いいのかって言うのは、もちろんこんな場所で餅をついているということなんだが。はっはっは、最初っから誰も気になんかしちゃいないがな。
「あん、なんだよ? 俺たちのついた餅は食えないってか?」
「そういう問題じゃねえだろ……」
杵を手にすごまれているのでかなり逃げ腰な俺。ふんどし姿で絡まれたくない、餅だけにな。
「あっ、気がつきませんでした」
いきなり宮沢が声を上げる。
「朋也さんはきっときな粉がないのが不満なんでしょう。ごめんなさい、今すぐに買ってきますから」
「いや、それ違うから……」
がくっと崩れる。しかし、付き合いのいい奴らはなぜか盛り上がっている。
「ゆきねぇにそんなことはさせられねえぜ!」
「おうよ、俺が買いにいってやるからゆきねぇはここでどんと構えていな」
「ありがとうございます」
なんで無駄に熱いんだお前ら……というかなんできな粉なんだ……。
「あ」
「はい? どうかしましたか?」
「今出て行った連中、確かふんどし姿だったよな……」
ファンファンファンファン……。
「遅かったか……」
とりあえず俺は聞こえない振りをした。宮沢はとりあえず笑顔だった。さりげなくひどい奴だなと思ったが声にはできなかった。
「へへへ、俺は立派に戦ったぜ……」
そしてなぜかきちんと教室に届くきな粉。そして意味もなくぼろぼろになった男たち。
「くうっ、よくやったぞ! 今はゆっくり休め……」
「へへっ、せめてゆきねぇのつきたてお餅みたいなおっぱいをこねて……」
べきっ、ぐしゃっ、ごかっ。
不埒なことを口走った男は仲間たちの手によって粛清された。さらに教室の外に投げ捨てられた。
「ははは、ばかだなぁ……」
なんとなくこの光景に順応しかけているかもしれない自分がちょっと嫌になってくる。
「なんだかんだ言ってお前が一番多く殴っていたじゃねえか」
「そうだそうだ」
「利き手はやめろブルガリア!」
余計なことを言うなお前ら。黙っていれば俺が参加していたなんて誰にも分からないのに……ブルガリア?
「俺! 宮沢! 彼氏!」
とりあえずアピールしておく。その横で宮沢は笑顔できな粉をまぶした餅を食べていた。結局はお前が食べたかったんかい。
「お餅はおいしいですけど、こればかり食べていると喉が渇いてしまいますね」
ひたすらマイペースだ。だがそれがいい、と半分やけになっている俺。
「まあ、確かにな」
あいつらが調子付いて餅をつきまくっているおかげで、とてもこれだけの人数は食べきれないほどの餅が出来上がっている。まあ、餅ならそのまま置いておけばいいだけの話だからあんまり困ることはないが。
少し持って帰ろうかと思いかけて慌てて首を振る。
「おーい、喉が渇いたんならこれあいてるぜ」
「あ、ありがとうございます」
コップを受け取って、よほど喉が渇いたのか、一気にそれをあおる。次の瞬間、宮沢はその場に豪快にぶっ倒れた。
「ああっ、しまった! つい日本酒を渡しちまった」
「ついじゃねえっ!!」
「ゆきねぇになにしやがる!!」
また迂闊な野郎が周りにボコにされて教室から投げ捨てられる。俺も殴っておきたがったがそれどころじゃない、倒れた宮沢を介抱する。宮沢はうっすらと目を開くとにへらーと笑った。
「あははーっ、なんだか気持ちよくなってきちゃいました〜」
とろんとした目がなんだかすごく妖しい。
「あれ、朋也さんがふたりいます?」
「いや、いないから」
「うーん……」
俺の言葉も聞こえていないのか、なにやら考え始める。
「わたしが落としたのは普通の朋也さんです」
「斧かよ!!」
「わたしが好きなのは普通の朋也さんですからぁ」
「ぐあ……」
ものすごく視線が痛い。ふんどし姿の男たちの視線が俺を責める、心、体、焼き尽くす。
「ゲッチュウ! ……いや、落ち着け俺」
「けっ、ラブコメかよ」
「見せ付けてくれやがって」
「うるさいぞ、お前ら!!」
「わたしうるさいですか? 海の底で物言わぬ貝になっていますか?」
「いや、宮沢のことじゃないから……」
「もしかして他に好きな人がいるんでしょうか? だめですっ! 認められません!」
「いや、勝手にやきもちを焼かれても……」
とりあえず、アルコールが抜けるまでこのままかと思うと、ちょっぴり情けなくなった俺であった。
「え、わたし酔っていたんですか?」
「思いっきりな」
しばらくすると宮沢が起きだしてくる。やつらは撤収作業を終えるとすぐに帰っていってしまったので、ここには俺と宮沢のふたりきりだ。
あと、大量の餅な。
「何でこんなにあるんだよ……」
なんていうか、丸めた餅に目が描かれているやつもあるし……。
『だんごっ、だんごっ』
「げ、幻聴かっ?!」
「どうかしましたか? いきなり慌てだしたりして……」
「なんでもない、なんでもないんだ」
いたのか古河……いつのまに。
「恥ずかしいです……」
悪いが、俺のほうが恥ずかしい思いはしたはずだ。
しかし空気が悪い、どんな言葉をかけていいのか分からない、なんてことを思っていたら、宮沢がいきなり餅を食べ始めた。
「恥ずかしいですっ」
「お、おい、そんなにあわてて食べると」
「うくっ?!」
また倒れる宮沢。前は赤かったが今度の顔色は青い。
「いや、そんな悠長に見ている場合か俺! 宮沢? 宮沢あっ!?」
餅だけにベタなオチだった。