ポイント還元セ−ル
名雪の様子がおかしい。
年の瀬が近づくにつれ、その思いが祐一の中で強くなってきた。
「祐一、一緒に帰ってイチゴサンデー……あ、やっぱりいいや」
「…………?」
そのひとつして目に見えて学校帰りに百花屋に寄る回数が減っていた。ついこの間までは平気な顔で3杯は平らげていたというのにもかかわらず。不思議に思って祐一のほうから誘いをかけても、そそくさと無理やり香里を引っ張っては祐一を置いて先に帰ってしまう。
そして家に帰っても自分の部屋に篭るようになった。あいかわらず朝が遅いので、このところ会話すらろくにしていないような気がする。
「なにか水瀬さんを怒らせることでもしたんじゃないのか?」
北川はそう言うが、祐一にはまったく心当たりがない。一方、そんな名雪をよそに祐一を狙う栞たちはこれ幸いと祐一に対して露骨にアピールを試みていた。学校での昼休みから休日まで区別なく祐一に群がる。それでも名雪はそ知らぬ顔で通りすぎた。
いいかげん名雪の態度に不審感が強まってきた祐一の元に一本の電話がかかってきた。
そうとは知らず名雪は自らの部屋でほくそ笑む。もちろん祐一が嫌いになったわけではない。これも彼女なりの考えがあってことだ。
「完璧過ぎるよ……」
愛用のけろぴーをぎゅっと抱き締めながらベッドの上を転がって全身で喜びを表現する。
が、すぐに真剣な表情をして座り直した。
「おっと、油断は禁物だよ。栞ちゃんとか、川澄先輩とかわたしの知らないうちにライバルができていたからね……わたしの気も知らないで」
まぶたの裏に映る強力なライバル達に想像の中の名雪が遠慮なく攻撃を加えて打ち倒していく。すべてのライバルを倒した後はブイサインを掲げる自分の姿だけが残った。
「だから奥ゆかしいわたしをアピールだよっ。放課後むざむざと祐一にくっつかれるのはつらかったけど。きっと祐一におごらせて印象を悪くしているに違いないよ。ふふふ、これでわたしのポイントアップ間違いなしだね。そしてクリスマスには……」
自分の幸せな未来を思い浮かべ、にやけながら想像の世界に浸る。すでに教会の鐘の音が頭の中で鳴り響いていた。
「それにっ! 前日はなんといってもわたしの誕生日、これを利用しない手はないよ。しっかりとプレゼントをもらった後に甘いイブの夜を過ごす……えへっ、えへへへへ。あ〜、クリスマスが待ち遠しいよ〜」
そして崩れきってふにゃふにゃ顔がまたまたきりっとしたものに戻る。
「そのためにもさりげなく祐一にアピールしておかないと、祐一のことだからきっとわたしの誕生日を忘れているに違いないよ」
呟いてひとりで何度もうなずく。
「カレンダーに赤丸をつけておくのは基本として……雑誌のカタログなんかをさりげなく祐一の目に付くところに並べておく……一緒に住んでいるのはわたしだけだもん。今から祐一の部屋に押しかけちゃおうかなあ、まだ祐一も起きているだろうし」
ちらっとドアの方を見かけた名雪はぶんぶんと首を振った。自分ひとりしかいない部屋で必要以上にこそこそとしながら、机の下に置いた紙袋を手元に引き寄せる。
「と、その前にマフラーを早く完成させないとね、なんのために早く帰っているのか分からないよ。喜んでくれるかなあ? うん、きっと喜んでくれるよね」
夜更かしした翌日の名雪はいつもにも増して起こすのに手間取ったという。
冬休み当日の朝になった。起きる必要もないのに早起きをしている名雪に祐一がとまどった顔を見せる。
「祐一〜、今日から冬休みだね。どこか遊びに行こうよ」
完成のめどが立ち、それまでとは違ってにこにこと話しかける名雪に祐一は気まずそうに頭を掻いた。
「あ、悪いけど、冬休みに入ったら親父のところに行くつもりだから」
「え?」
衝撃の告白に笑顔のまま名雪が固まる。
「いやあ、受験のことやその後のことも考えないといけないだろ、そうするとどうしても電話なんかじゃ埒があかないしな。それにさ、しばらく会ってないっておふくろも寂しそうにしていたんでな、ちょっと親孝行してくるわ」
「そ、そうなんだ……偉いよ、祐一……」
「まあ、まさか俺がそういう気分になるとは思わなかったけどな。名雪と秋子さんの関係を見ていると、それくらいはしておかないとまずい気がしてな。ほんと成長したよな〜、俺も」
「へえ、立派だね……」
「だから名雪達には悪いけど、お正月一杯は向こうで過ごしてくるから」
「ふうん、そうなんだ……」
「秋子さんには既に話しておいたけど、なんか最近名雪に避けられていた気がしてどうも話しづらかったんだよな」
「うん、ごめんね……」
虚ろな表情で手を振る名雪に訝しげな顔を見せつつも祐一は話は終わったとばかりに部屋に引っ込んでいった。
「…………」
暖房の効かない廊下はいっそう寒さが応えたが名雪はしばらくそこを動くことができなかった。
「今までの苦労はいったいなんなの……」
「それにしても、わたしに黙っていたなんてひどいよ……お母さんも教えてくれたっていいのに、お母さんなんか嫌いだよ」
「あら、嫌われたみたいね」
「え? お、お母さんっ?!! じょ、冗談だよっ!」
「別に出ていってくれても構いませんよ」
「だから違うんだってばっ!!」
「……なにやってんだ?」
「わん……」
再び祐一が水瀬家に戻ってきた時、名雪の部屋と書かれた犬小屋を発見することになるがそれはまた後の話である。