忘れ物はしないように

 

 

「お前ら……ふたりして自分の誕生日を忘れるってのはどういうことだ?」

「あう〜っ」

「うぐぅ」

 カレンダーの日付はすでに7日を過ぎて幾日か経っていた、俺は呆れた目をそろってしょんぼりしているふたりに向ける。こいつらがここで迎える初めて誕生日なんだから、その日が来たら祝ってやろうと思っていたのだが、もう過ぎてしまっていたとは知らなかった。こっちももうすぐ重大なイベントが控えているからこいつらの相手もしてやれなかったしなあ。

「まあ、真琴はしょうがないとしてもだ、あゆ、お前の記憶力はたいやき並みだな」

 しみじみと呟く俺、なんだか忘れ物をした小学生を問い詰める先生のような気分だ。決して目の前の存在が小学生並みの……あ、いやいや。

「なんだよそれっ! だったらさあ、祐一くんこそ誕生日がいつなのか教えて欲しいよ」

 ……痛い所突きやがって。

「まあ、それはそれとしてだ」

「ごまかしてるね」

 あゆの呟きを聞こえないふりをして話を続ける。

「過ぎてしまったのは仕方ない、秋子さんがいないのが残念だが、この不肖相沢祐一がお前らの誕生日を盛大に祝ってやろう」

「……祐一くんにそう言われるとすごく不安になるのはなぜなんだろうね」

「いちいちつっこみをいれるなっ」

「だって〜」

「だって〜じゃない……ん、なにか言いたいことでもあるのか?」

 俺の話を聞いているんだかいないのかぼけっとしている真琴に問いかけてみるが、そもそも事態を把握していないようである。

「あのさ〜、誕生日ってそんなにおめでたいことなの?」

 むう、漫画好きとは思えないセリフを吐くやつだな、いくらでもネタとして出てくるだろうに。

「ん〜、そう改まって言われるとこっちもつらいところがあるんだが……」

「名雪の誕生日だって、え〜とクリスマスだっけ? それと一緒にされていたし、秋子さんの誕生日なんか」

「あれは名雪が悪い」

 いくらなんでも年齢と同じ数のろうそくを立てようとするなんて、天然もここまでいくとひどすぎる。つーわけでクリスマスと一緒にされても当然って感じだよな。

「まあでも、祐一が祝ってくれるんならありがたく受け取っておくわ、感謝しなさいよね」

「増長するな」

 ふざけたことをぬかす真琴をとっ掴まえると素早くうめぼしをくれてやる。

「あううううう〜っ、なにすんのよ〜」

 真琴がぎゃーぎゃーと暴れるがさすがに振りきられるほどじゃない。思う存分腕を振ることができるぜ。ストレス解消にもってこいだ。と、こっちをじっと見ているあゆと目があった。

「う〜ん、なんだか羨ましい気もするね」

「な、なら代わりにグリグリされなさいよっ! 本気で痛いんだからっ!」

 あゆの呟きを聞きとめた真琴が叫ぶ。するとぎょっと後ずさりするのが見えた。

「い、いやだよっ! そうじゃなくって、じゃれあっている姿が凄く自然に見えるっていうのかな。ボクの場合だとどうしても祐一くんにからかわれるだけだから」

 こうやって倍返しされるのが羨ましいとは変なやつだな。

「あ〜、祝ってやろうとしてるんだからそんな顔すんな。こっち来い、好きなだけべたべたしていいぞ」

 俺の拳から開放された真琴が素早く逃げるが却って好都合だな。

「え? うん」

 おずおずと近づいたわりには遠慮なくくっついてくる。上目遣いの催促に苦笑しながら頭をなでてやるとあゆが素直な笑顔を浮かべた。

「……真琴もする〜! あゆばっかりずるい〜っ!」

 で、今度は真琴が不満げな声をあげるわけだ。半ば予想できた事態だからあゆの体をちょいとずらして真琴のスペースを作ってやる。

 真琴もついでに撫でてやりながら思う、なんだかペットに飛びかかれた飼い主みたいな気分だな。

「さてとだ、いつまでもこんなことをしていてもしょうがないし、とりあえずプレゼント代わりになにかおごってやるぞ、欲しい物はあるか?」

「たいやき!!」

「肉まん!! ……どうしたのよ? 頭なんか抱えて」

「……いや、お前たちがそれでいいっていうのなら俺も別にけちをつけるつもりはないぞ。5個でも10個でも好きなだけ食べてくれ」

「ほんとに?」

「ああ、本当だぞ」

 俺がうなずくといきなり真琴が元気よく手を挙げた。

「じゃあ横浜までっ」

「あ〜〜〜〜?!! っとその時〜って言わせるなっ! そんなの言うまでもなく却下に決まってる!!」

「だって〜、このまえテレビで紹介されたやつすっごくおいしそうだったんだもん」

「だめだめっ……ん、どしたあゆ?」

「祐一くん、たいやきのおいしい地方ってどこかな?」

「知るかっ!!」

 ったく……。

「とにかく出かける用意をしろ、買い物に出かけるぞ」

「「うんっ!」」

 こういう時だけは息を合わせるんだからな。ふたりが階段を駆け上がる姿を眺めながら俺は自分の財布の中を思い浮かべた、今日くらいなんとかなるだろう。

 

 

 で。

「あう〜っ、おなか痛い……」

「ボクも……」

「……ほんとに10個食うなよ」

 ……来年はもっと学習しろよ。

 

 

 

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