沈黙は金 雄弁は銀 うそつきには罰

 

 

「そろそろ授業が始まるから」

 そう言い残して祐一さんは行ってしまいました。本当に楽しい時間というのはあっという間に過ぎてしまうのですね。もっとお昼休みが長ければいいのに、もうすぐ卒業してしまうから余計にそう思うのかもしれません。

 祐一さんよりも先に生まれてしまったことが残念でなりません、こんなに楽しい思いができるのでしたらもう一年ここにいてもいいかしら、なんて考えてしまう自分がいます。

「佐祐理たちもそろそろ行こうか、舞?」

 いつまでもぼんやりとしていてもしかたありませんから、空になったお弁当を包んでシートを丸めると佐祐理は舞に声をかけました。

「……ん? うん」

「…………?」

 一応返事は帰ってきましたが舞の様子がおかしいです。といってもおかしいのは今日に始まったわけではなく、少し前当たりから声をかけてもぼーっとしている感じがして……ええと、そんな風になったのは確か……。

「顔が赤いよ〜? 風邪引いたのかな?」

「……なんでもない」

「ん〜?」

 いつもよりぶっきらぼうなのは照れ隠しの証拠。もしかして、あれかな?

「なんでもないから」

 そういう舞の目をじいっと見つめてしまいます。ふいっと舞が目をそらしました。負けじと回りこんでまた見つめます。

「じいーっ」

 口に出すほど舞を見つめました。

「なるほど〜」

「なにがなるほどなの?」

 少しむっとしようですけど気にしません。

「あはは〜っ、なんだ〜、そ〜なんだ〜」

「……だからなに?」

 佐祐理分かっちゃいました。間違いありません、この目は恋する乙女の瞳です。てっきり男性の方には興味がないのかと思っていましたが、舞もやっぱり女の子だというわけですね。

「うんうん、そうだよね〜」

「……ひとりで納得しないで」

 親友としては応援しないわけにはいきませんね。でも舞は佐祐理なんかよりも世間知らずな女の子ですから、もしかして騙されてしまうという可能性も否定できません。祐一さんを信用しないというわけではありませんが、万が一ということもあります。そうならないように佐祐理がきちんと祐一さんのことを調べないといけませんね。

 もし、舞にふさわしくないようならきっぱりとあきらめてもらいます。佐祐理は舞が傷つくのは見たくありませんから。

 

 

 その日から佐祐理は祐一さんに積極的にお付き合いすることになりました。

「あ、祐一さん、偶然ですね」

「あれ、佐祐理さんじゃないか、舞は?」

「あははっ、いつも一緒とは限りませんよ」

「それもそうだな」

「祐一さんはお帰りですか?」

「ああ、そうだけど」

「では、途中まで一緒に帰りませんか?」

「別に構わないぜ」

「ありがとうございます〜」

 偶然を装って一緒に学校から帰ったり。

「ちょっと欲しいものがあるんですけど、寄り道しても構いませんか?」

「そうなのか、じゃあ俺はこの辺で」

「一緒に見てもらえません?」

「いや、俺がいてもしょうがないんじゃないか」

「何いってるんですか〜、祐一さんがいないと意味がありませんよ〜」

 買い物を手伝ってもらったり。舞の他にも好意を寄せている女性がいることも分かりました。それぞれ魅力的な女の方ばかりで、舞なら大丈夫だとたかをくくっていましたがこれは意識を改めないといけません。

 ところが、そのうち舞の気持ちよりも重要なことに気づいてしまいました。

 正直認めたくありませんでしたが……どうしましょう? 佐祐理まで祐一さんのことが好きになっちゃったみたいです。

 これは舞のためなんですよ? 舞が幸せになれるようにおこなっていたことなんですよ? それなのに、こんなことでいいのでしょうか?

 どうしましょう……どうしたら……どうし……。

 決めました! 舞にはあきらめてもらいましょう!!

 佐祐理と結婚するということはすなわち倉田家の当主になるわけですから、それなりの方ではないとつりあわないですし、またお父様が許すはずもありません。その点祐一さんなら倉田家に物怖じすることもないでしょうし、きっとお父様も気に入ることと思います。

 そうです、だからこれは仕方がないことなんですよ。

 そうと決まったら積極的に祐一さんにアピールしましょう。

 

 

 一方に夢中になるともう一方が疎かになってしまうのは仕方のないことです。舞に疑われていることに気がついたのはつい最近になってでした。

「最近私を避けてない?」

「え、そんなことはないと思うけど、そうだとしたらごめんね」

「ううん、多分私の勘違い」

 舞は素直でいい子です。それなのにこれから舞にひどいことを言ってしまいます。ごめんなさいね。佐祐理は覚悟を決めました、いつまでも隠しておけるものでもありませんし。

「それで話ってなに?」

 いつもお昼を食べているここなら誰も来ないでしょう。佐祐理は舞を見つめました。

「あのね、舞って祐一さんのことが好きなんでしょ?」

「……いきな、り何を言、い出すの?」

 珍しく舞がどもってます、でもそれは疑いのない証拠。

「舞には酷なことを言うかもしれないけど、祐一さんのことは諦めたほうがいいと思うの」

「…………」

 今度は黙ってしまいました。眉が上がったり下がったり、今日はすごく表情豊かです。

「どうして、そんなことを言うの?」

 はうっ、そんな目で見ないでください。きっぱりと告げるはずの佐祐理の心が激しく動揺しています。し、しかたありません、ここは別の角度から諦めてもらうことに……。

 ……あ、諦めてもらういいわけを考えるのをすっかり忘れてました〜。佐祐理、なんとかうまい言い訳を考えないと……ええと、ええと。

「どうしたの?」

「じっ、実は祐一さんは重い病気に冒されていて、もう長くは生きられない身体なんです! ……あれ?」

 あははーっ、なんかとんでもないことを言ってしまったような気がしますよ〜。

「ええっ?!!」

 舞がこんなに大声を出すなんて初めてです、そりゃ驚くのも無理ありません……え?

「ゆ、祐一さん、どうしてここにっ?!!」

 大声をあげたのは祐一さんでした。

「そんなことより本当に俺はもうだめなのかっ?!」

「え、ええ……」

 今更嘘でしたとも言えません。ど、どうしたらいいのか、佐祐理の頭は混乱してて言葉が出てきません。 

「そんな……」

 あはは〜っ、これからどうしましょう。佐祐理のせいで大変な事になってしまったみたいです〜。

「心配いらない」

 ところが愕然と崩れ落ちる祐一さんと焦る佐祐理をよそに舞は平然と祐一さんの肩に手を置きました。

「隠していたけど、私には力がある」

「力?」

 はえ〜、佐祐理も初耳ですよ。

「だから、祐一は心配することはない」

「ほ、ほんとか」

「うん……そのままじっと楽にしてて」

 そう言うと舞は祐一さんの背中に手のひらを当てました。

「こ、こうか?」

 はえ〜? なんか舞の手のひらが光り始めましたよ〜。

「……これで大丈夫」

 な、何が大丈夫なんですか、舞?

「そ、そうなのか? ま、舞はこんなことして平気なのか?」

「祐一のためだから。本当は人に見せるものじゃないけど」

 ちょっと待ってください、舞のそんな優しげな顔なんて初めて見ますよ、そんな表情ができるんだったら最初から見せていればみんなに嫌われるとかそんな問題はなかったのでは?

「ううっ、ありがとう。俺なんと言って舞に感謝したらいいか……」

「私は祐一を失いたくはないから」

 いつのまにか祐一さんも感動の涙を浮かべていますし。あ、あれ? なんか話が妙な方向に進んでますよ? 舞に祐一さんを諦めてもらうはずだったのに、却って発展させてしまったじゃないですか。そ、それにここに佐祐理がいることをすっかり忘れられています。

「舞!」

「祐一」

 佐祐理は感極まって強く抱き合うふたりを黙って見ているしかありませんでした。

「あの、ほんとに祐一さんって病気にかかっていたんですか……」

 呆然と呟く自分に冷たい風が吹きぬけました。

 

 

 

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