わたしとあなたと朝とベッド

 

 

「祐一、おやすみなさい」

 今日もこの言葉を祐一に言える、何気ないことだけど凄く幸せ。七年前からはとても想像できなかったこと。

「ああ、おやすみ……って、まだ七時半じゃないか。どうしたんだよ、いつもより二時間も早いぞ」

 あなたが時計に目をやって驚いたような顔をする。祐一の言うとおりいつもよりかなり早い。最近のわたしは祐一に付き合って大分遅く眠るようになったからなおさらかな。

「うーんとね、急に眠くなっちゃったんだよ……」

 そう言うとなにも疑いもせずあなたはうなずいた。

「ふ〜ん、名雪ならしょうがないな」

 ……疑いもしないのはちょっと哀しいかな?

「なんだよそれ〜」

 でもいいもん、朝起きたときのあなたの顔が楽しみだよ。そうやって考えていたら笑みがこぼれそうになったからわたしは慌てて後ろを向いた。

 

 

 ふふふ、まだあなたは寝ているよね。わたしはそっとドアを開けて様子を確かめると、まだ薄暗い廊下を忍び足であなたの部屋まで向かう。

 ちゃんと起きられたのはあの目覚ましのおかげだね。

 あなたが禁止するからこっそり布団の中で鳴らすようにしてるんだよ。何度でも聞いていたのに絶対に許してくれないから。

 すぐに祐一の部屋の前、ノブを握る手が震えているよ。そろそろとドアを開けると薄闇の中にふくらんだ毛布が目に入った。どうやらちゃんと寝ているみたいだね。

 けろぴーもふわふわでもこもこでいいけど、祐一のほうが幸せな気分になれるよね。

 そろそろと、慎重に。

 一歩目、うん、大丈夫大丈夫。

 二歩、えへへ、すっごくどきどきしてるよ。

 三歩、四歩……あれ? もう着いちゃったんだ。

 うわっ、やっぱり可愛いよ。早起きしてよかったよ。いつもはわたしの寝顔を見られているんだからこれくらいはいいよね?

「う〜ん……」 

 うわあ、起こすのがもったいないよ。

 

 

 ……そろそろいいかな。

 まだもう少し。

 

 

 ……そろそろかな。

 あとちょっとだけ。

 

 

 ……そろそろ……。

 

 

 ……く〜。

 

 

「こらっ! 起きろっ!!」

 ううん、うるさいよ……。

「起きろったら起きろ!! なんでここにいるんだよ!!」

「うにゅ?」

「ったく、夜這いとは大胆な」

「夜討ち朝駆けは戦場の華なんだお〜」

「ここは戦場じゃない!」

 ……祐一が怒鳴っている? どうしてかな? 何かわたしがいけないことをしちゃったのかな? いやだよ、嫌われたくないよ。

「とにかく起きろっ!」

 重みがなくなって冷たい空気がわたしを包んでそして目を覚ます。視線の先には祐一のおこったような顔があって………え?

「……あ、あれ? わたしもしかして眠っちゃったの?」

 そんな〜、せっかくの計画がだいなしだよ〜。

「まったく、びっくりしたぜ。俺が起きたらお前が『けろぴ〜』とか言いながら、布団の上から抱きついてるんだもんな。口元からよだれは垂れているしよ」

「えっ? えっ? ……祐一のうそつき〜、よだれなんか垂らしてないもん、いじわるだよっ」 

 口元にはなんにもついてなかったよ、確認したからまちがいないもん。

 それにしても……。

「わたしの方から起こそうと思っていたのに〜」

 う〜、失敗しちゃったよ。

「起こす? ははあ、それで昨日はあんなに早く寝たんだな」

「そうだよ〜、まったく祐一のベッドのなかが気持ちよすぎるから悪いんだよ」

 きっと季節が悪かったんだね。うん、そういうことにしておこうっと。

「おっ、人のせいにするとは感心しないな。そんなことをいうのはこの口か〜」

「ひゃめへよ〜」

「あはは、間抜けな顔だな。おおっ、どんどん伸びてくぞ」

「ひほいほ〜」

 ガチャ。

「なんだかにぎやかねえ。祐一さん、朝ご飯ができていますよ……あらあら」

 お、お母さん?

 さっと祐一がわたしの頬から手を離す。

「いや、秋子さん、これはですね」

 う〜、ひりひりするよ〜。

「うふふ、ごゆっくり、朝ご飯は名雪に用意してもらった方がいいかしらね」

「こら、名雪。なんとか言え!」

「そんなこと言われても〜」

 バタン。

「あ、だからですね!」

「う〜、痛かったよ〜」

「『痛かったよ〜』じゃない!」

「いまさら誤解されることがあるの? わたしのことが嫌いになったの?」

「違うって……なんで朝っぱらから疲れないといけないんだよ……」

 

 

 結局遅刻しちゃった。

 次こそはちゃんとわたしが起こすんだよ。

「もう余計なことはしないでくれ」

 ……えー?

 

 

 

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