そしてまた

 

 

 ボクは幸せだった。

 ここはボクが望むものを全部与えてくれる世界だから。

 悲しみなんかない世界、喜びで満たされた世界。

 

 

 そう、今だって目を開ければ、とたんにうるさいほどの蝉の鳴き声。そしてボクは汗を流しながら、お腹が空いた祐一くんのためにそうめんを茹でているんだ。

 ボクが用意するのを待っていたかのように、祐一くんはテーブルにつくと、すぐにため息をつく。そしてまたそうめんかって文句を言うけれど、もちろんちゃんと食べてくれる。最後には彩りに乗せたさくらんぼの取り合いがあって、おつゆをひっくり返したりするんだけど、それもいい思い出。

 

 

 夕方になったら冷やしたスイカを切って縁側で夕涼み。夏の味覚を楽しんでいるはずがいつのまにか種のとばしっこ。祐一くんは意地悪だからボクにぶつけてくるんだよ。ボクも意地になって飛ばし返すから、すぐにふたりは真っ黒け。でも、どちらともなく吹き出して仲直り。

 

 

 そして日が暮れると、ふたり手を繋いで夏祭りに向かうんだ。お囃子に乗って屋台を巡りながらいつのまにか手にはかき氷、とうもろこし、やきそば、わたあめ。

 みんなふたりで分け合って、仲良く食べるんだ。そのうちに隣にいるはずの祐一くんがいなくなってしまう。泣きそうになるのをこらえて、慌てて探してみれば、むきになって射的をしている姿。悪びれもせずにお前もやるかっていうから、ボクは怒る気もなくなって、言われるままにおもちゃの鉄砲を手に取る。

 おもちゃだけど、ボクには大きくて重くて、どうしてもふらふらしてしまう。そんな時はいつだって祐一くんが手を添えて支えてくれる。だけどボクには逆効果。どきどきしてちっとも的に集中できない。だから弾はあらぬ方へ飛んでいって、祐一くんに下手だなあって馬鹿にされるんだけど、しかたのないことだよね。

 

 

 最後には花火を見るんだ。大勢の人たちが集まるなか、ふたり寄り添ってひゅるひゅるーと空に昇っていくのを今か今かと待ち構える。首が痛くなるくらい体をそらせたところで、真っ暗なスクリーンに大きな花が咲く。周りのどよめきのなかでボクも歓声をあげる。そして、一瞬遅れてどーんって響くすごい音にびっくり。

 全てが終わって、みんないなくなってしまった河川敷。余韻を残したまま、僕たちは花火のことを語り合う。主に喋りかけているのはボクで、祐一くんはうなずいているだけ。でも、そんなのは関係なくて、目を合わせればお互いのことは分かるんだ。

 そっと近づいていく唇。あのころとは違って、背伸びをしても届かないけど、祐一くんはさりげなく屈んでくれる、優しいから。

 帰り道、飛んでいるホタルがまるでボクたちを先導してくれるかのように前をふわりふわりと飛んでいる。その後ろを歩くボクたちの手はしっかりと握られている。

 そしてボクは幸せな気分に浸ったままで、祐一くんの温もりに包まれて眠るんだ。

 

 

 そんな一日を何度も何度も繰り返す。

 だけど、いくらさんさんと日が降り注いでも、ボクは日焼けなんかしなくて。

 あんなに甘いスイカも食べても、茹でたとうもろこしを食べても、頭がきーんとなるくらいかき氷を食べても、ちっともおなかにたまらない。

 祐一くんの笑顔がだんだんとぼんやりとしていく。それなのに祐一くんは相変わらず優しくて、優しすぎるからどんどんとボクと傷つけていく。

 気がつくと、ボクの周りでは雪が降っているんだ。

 ああ、ボクはどうしても冬の世界から逃げることはできないんだね。

 だって、ボクが悲しみに包まれたのも、祐一くんと出会えたのも凍えるような、白く世界だから。

 いつのまにかあのベンチに腰掛けている自分がいる。ダッフルコートと手袋と羽のついたリュックサック。ぺらぺらの羽じゃ、ここから逃げることなんて叶わない。

 

 

 だけど、そんな世界もいつか終わりを迎える。

 ボクの思いが通じたのか知らないけど、そろそろボクはここから旅立たないといけないらしい。よく分からないけど、そうしなければいけないような気になってしまうんだ。

 どこへ行くのかは分からないけど。

 天国って言われる所かな。ふわふわの雲の上にある花園で、ボクは花飾りを作るのかな。

 そしてまた、新しい自分として生まれ変わるんだろうね。

 生まれ変わったら、また祐一くんみたいな素敵な人とめぐり会えるのかなあ?

 恋をして、今度はちゃんと結ばれて……。

 でもね、でもボクは気づいてしまったんだよ。

 どうしても祐一くんじゃないとだめだってことに。

 泣いてばかりだったボクを勇気付けてくれた祐一くん。あの時のタイヤキはちょっとしょっぱかったけれど、温かくてなによりも優しさがたっぷり詰まっていた。

 そう、心まで凍り付きそうだったボクに希望という明かりを点してくれたんだよ。

 それなのに、ボクは祐一くんにまだ何も返していない。

 このままじゃボクはひどい子だよ。

 なんて恩知らず。

 ボクは伝えないといけないんだ。

 

 

 ……あれ?

 ボクの手にはあの人形が握られていた、埋めたままの姿で。

 それに、不思議なことに人形が光っている。

 たしかボクは最後のお願いをしたはずなんじゃ?

 ボクがそう問いかけると、人形の光が強くなった。

 自分のために願い事を使ってもいいのかな?

 最後のお願いを少し変えてもらってもいいのかな?

 そんなボクの不安な心を和らげてくる人形の光。

 勇気付けてくれるように、ボクの背中には光の羽。

 きらきらと、羽ばたくたびにこぼれる、きらめきという光の欠片。

 ボクは人形を挟んだまま両手を合わせて祈る。

 目覚めた時に祐一くんの顔が見れますようにって。

 白一色で満たされた世界の中で、ボクの体が輝く光によって包まれていく。

 

 

 ……そして、ボクは本当の夏を迎える。

 

 

 

戻る