これっくらいのお弁当箱に
「……どうですか?」
と、ポテトサラダを口にしたばかりの祐一さんに感想を求める。昨日もその前の日もその前の前の日も、祐一さんに食べてもらったのに、どうしても焦って聞いてしまうのは、祐一さんの住んでいる家で夕食を呼ばれていたことがあるから。
「うん、いつもながらうまいぞ」
自分で言うのはなんだけど、結構味には自信があるつもり。少なくとも実習を見ている限り、クラスメートに負けていると思ったことはない。
けれど、秋子さんにはやっぱり敵わない。経験の差はどうしようもないし、私があのくらいになっても追いつけるかどうか。そんな人の作る料理を祐一さんはいつも食べている。だから、どうしても、どれだけ練習しても不安な気持ちが抑えることができない。祐一さんは首を傾げたりすることはないけれど。
そう言った後に祐一さんがお弁当箱を見た。中身ではなく、あきらかにその目はお弁当箱に注がれている。
「どうしました?」
聞かなくても分かっているのに、なんでもないとあいまいにごまかす祐一さんを見ながら私はそっと息を吐いた。
最近、私はお弁当箱を新しい物に変えた。
ひとりで出かけられるようになった自分の体調を確かめるように、電車に乗って少し遠出をしてみたあの日、立ち寄った駅前のデパートで目についたお弁当箱。別に特別な装飾が施されているわけでもなく、高級な材質で作られているわけでもない。ありふれたお弁当箱、ふと手に取った日からそれは私のものになった。
「量より質です」
祐一さんが理由を聞きたがるけど、私はこう言ってごまかしている。
「あの時は作りながら色々と考えていましたから……」
もう、長くはない自分、びっくりするほどの量のお弁当を持参して、少しでも祐一さんの心に自分を残しておきたかった。
そしてできるだけ長く祐一さんと時間を共有していたかった。
だけど今は違う、
「お弁当を作っている時に考えているのは、祐一さんがそれをうれしそうに食べている顔だけなんです」
もう明日は作れないんじゃないか、そう怯えることもない。
そんな私の気持ちをお姉ちゃんは分かっていたみたい。この前の朝、私が料理をしている横からちらりと覗きこんで一言、よかったとだけ言い残して。私が聞いても、絶対に家計が助かるとしか言わないに決まっているけど。
朝刊を見ているお姉ちゃんに、そっとありがとうって返すんだ。
「ごちそうさま」
「あ……」
満足そうに箸を置く祐一さんの声に、自分の分をほとんど食べていないことに気づいた。けれど大丈夫、私はあんまり量を必要としないし、祐一さんと分け合えばあっという間になくなってしまう。
残り少ない休み時間、どんな話をしようか。そっちの方が私にとって重要。
私はおひたしをつまみながら話題を探す。古文の先生が今日の授業中に話していた学生だった頃の話がいいかな。それとも数学の先生の話にしようか。ただ一つ言えることは、どんな会話をしても、祐一さんといる限り楽しくないわけがないと言うこと。
私はこの平凡な日常を誰よりも幸せに感じている。
「そうですよね?」
「……ん?」
きょとんする祐一さんの顔を見たら、なんだかおかしくてしょうがなかった。