タイヤキは幸せの味
「毎度あり」
「わ〜い♪」
両手に感じる温もりと確かな重み、そして隣には祐一くん。ただでさえおいしいタイヤキが、祐一くんと一緒に食べることによって、何倍もおいしさが増すことをボクは知っている。
ボクは本当に幸せだった。今日は天気もいいし、時々冷たい風が吹くけれど……ボクたちにちょっかいをかける人もいない。
祐一くんはかっこいいから、いつも誰かがそばにいて、しかもその人たちが、ボクなんかじゃとても敵わないほどすごく綺麗だから、心が移ってしまわないかついつい心配しちゃう。祐一くんはもてるよねって言うと、そんなことないって笑うけど、ボクのほうがそんなことないよって言いたいよ。
いけない、胸の中のタイヤキが冷めちゃうよ。うん、冷めないうちに食べないとタイヤキに失礼だよね。ボクたちは公園まで移動すると、空いているベンチに腰掛けた。ずっとお日様に暖められていたベンチが、思いもかけないほど心地よい。
「はい、祐一くんのぶん」
ボクは袋からほかほかのタイヤキを取り出すと祐一くんに手渡そうとした。ところが祐一くんはなんだか詰まらなそうな顔をしている。どうしたんだろう、ボクの渡したタイヤキが小さくて気に入らなかったのかな? 大きいのを渡したと思ったんだけどなあ。
ところが、祐一くんはボクの心遣いをだいなしにするようなとんでもないことを言ってきたんだよ。
「はあ、いくらなんでもこんな日にタイヤキはないだろう、あゆも飽きないよな」
それだけならまだ許せると思った。
「せっかくのデートだって言うのにタイヤキ食ってぶらぶらするだけかよ……いくらなんでも芸が」
ボクはタイヤキを祐一君の口の中に押し込んでいた。目を白黒させて苦しんでいるけどそんなの知ったことじゃない。ボクは紙袋を乱暴に置くと立ち上がって、両手を腰に当てて精一杯きつい目をした。祐一くんは口をもごもごさせながら、とまどったようにボクを見上げてくる。
「ひどいよっ、タイヤキをボクに勧めてくれたのは祐一くんじゃないかあ! ボクはね、タイヤキをひとつ食べるごとに祐一くんの愛を感じていたつもりなんだよ、それなのに祐一くんは覚えていないって言うんだね」
「おい、こんなところで叫ぶなよ、恥ずかしいだろ……」
タイヤキを口から出して、いいわけめいたことを言うから、ボクはさらにかっとなってしまった。
「恥ずかしい? ボクと一緒にいるのが恥ずかしいってこと? ……そうなんだ、前々から疑わしいとは思ってたけど、もうボクに飽きちゃったってことなんだね」
「誰もそんなことは言ってないだろ……」
こんなことを言ってもしょうがないのに、ボクの口は止まらない。
「ボクは同じくらいの女の子と比べると確かに成長は遅いよ、それは認める。名雪さんの隣に立つと時々惨めだなあって思うこともあるし。でもそれは、ボクがずっとベッドの中にいなければならなかったせいだし……しかも祐一くんはそのことをすっかり忘れていたし」
「ううっ」
すっかり祐一くんはしゅんとしてしまった。楽しいデートにするつもりだったのに、こんなことになってしまって、ボクは悲しくなった。
「だいいちさ、祐一くんの言う大人のデートってどんなことをするのさ。ちょっとボクに説明してくれないかな」
疑わしげな目を祐一くんに向けると、わざとらしい唸り声をあげる。なにも考えてなかったことがばればれ。
「そっ、それはだなあ」
「うんうん」
「夜景の綺麗なホテルの一室でワインを傾けてでだなあ」
「それでそれで」
「君の瞳に乾杯といいながら、後はベッドでむにゃむにゃと……」
はあっとボクはため息をついた。
「で、祐一くんにはそのホテルのあてはあるのかな?」
「ないっ!」
「……そんな力いっぱい否定されたらどう返せばいいのか分からなくなるんだけど……ようするに今のボクたちには無理ってことだよね」
「いや、あゆがいいなら、むにゃむにゃだけならどうにか……」
「それはいらないよっ! ……あのね、今のボクたちにはこうやってふたり一緒にタイヤキを食べながら楽しくお話をするのだって立派なデートなんだよ。祐一くんの言うデートはこれからいつでもできるじゃない。無理して背伸びする必要はないと思うよ」
今日のボクはとってもおしゃべりだ。いつも祐一くんにからかわれるばっかりだから、たまにはこういう風に立場が変わってもいいかもしれない。
「ボクは祐一くんが好きだよ、ボクをからかっている時だって、ボクを抱きしめている時だって、いつでもボクは祐一くんのことが好きなんだよ」
なんとなく祐一くんよりも年上になった気分がして、いつもなら恥ずかしくて言えないことまでもすらすらと言える。
「だから大丈夫だよ」
「あ、ああ……」
「言葉じゃ伝わらないって言うけど、口にしないと始まらないよね、特に祐一くんは鈍感だから」
「おまえなあ」
不満気な祐一くんがなんだか子供に見えておかしい。
「でも反論できないでしょ?」
「うう、そんなことはないと、思うぞ」
ボクはぐっと顔を祐一くんに近づけた。今の祐一くんはなんだか甘い匂いがする。と思ったら食べかけのタイヤキを手にしていた。
「じゃあ、ボクが今何を考えているか、分かるかな?」
「タイヤキを食べたい、だろ」
「違うよっ……う〜ん、でも間違いとは言えないかも……」
「ほら、みろ」
「じゃないよっ、あ〜もう、だから祐一くんは鈍感だって、むぐっ?!」
タイヤキ味のキスはボクに強烈な思い出を残してくれた。