More Sweet

 

 

What are little girls made of?

 What are little girls made of?

 Sugar and spice

 And all that's nice,

 That's what little girls are made of.

 ……お菓子作りをしていると、無意識にマザーグースの一節を口ずさんでしまうのはどうしてでしょうね。

「あれ? お母さんもチョコレート作るんだ?」

 甘い匂いがまだかすかに残る台所でお鍋に火をかけていると、そわそわした様子の名雪が顔を覗かせました。普段ならもう寝ていてもおかしくない時間なのに、まだ起きているのは、祐一さんには秘密にしておきたいからのようですね。

「ふふっ、名雪の分がだいぶ余っていたみたいなので、ね」

 台所に残されたチョコレートの欠片を目にして名雪が舌を覗かせます。心配しなくても祐一さんとの関係は良好みたいで……あら、こんなことをしていても大丈夫なのかしら? 

「えへへー、もう少し失敗するかと思っていたんだけど」

 名雪が冷蔵庫のほうをちらりと見やりました。

「そうね、今日は野暮なことは言わないことにしましょう」

「え、なにか言った?」

「なんにも」

 まだラッピングはしていないようで、名雪がどのように飾るのか興味がありますね、後で見せてもらおうかしらなんて。

 温度計を確かめると、ちょうどいい温度を示していました。さっそく火を止めてボウルに流しこみます。チョコレート作りは温度が肝心。これを間違えると目も当てられないことになってしまいます。

「ん、もしかしてお母さんも祐一にチョコレートをあげるの?」

 興味津々といった様子で覗きこむ名雪を横目に、お湯を入れたボウルの上に刻んだチョコレートを入れたボウルを乗せて、へらで静かにかき混ぜてチョコレートが溶けていくのを待ちます。

「あら、祐一さんは名雪のチョコレートがあれば十分じゃないから」

 じんわりと広がっていくチョコレートを見つめながら私がそう言うと、名雪はさっと身を翻してしまいました。

「そ、そうかなあ、えへへ」

 両手を頬に当てて顔を赤くするさまは母親の目から見ても微笑ましいものです、とそこまで考えてみて、昔の自分も同じ顔をしていたのかと思うと、我知らず顔が赤くなってしまいました。

 あ、チョコレートの温度が高くなりすぎています、お湯にお水を足して調節しないと。

 パタンと音がしたので振り返ってみると、立ち直った名雪ができあがったチョコレートを大事そうに冷蔵庫から取り出していました。どうやら満足のいくできあがりだったみたいですね。ほころんだ笑顔が我が娘ながらとても印象的です。

 うん、私のチョコレートは完全に溶けたみたいですね、では冷やしていきましょう。

「あれ、普通なんだね。お母さんならもっと凝ったチョコを作るのかと思っていたのに」

 何も入れる様子のない私を不思議そうに見ています。

「どんなチョコレートを作るかよりも、どんな想いをこめたかが重要なのよ」

「はーい、分かっていますよー」

「そうね」

 くすっと微笑みあう私たち。楽しげに見つめる名雪を意識しながら、ゆっくり、ゆっくりと、その間にありったけの気持ちを込めて。

「ねえ、その型空いたわよね?」

「え、そうだけど」

「じゃあ、使ってもいいかしら」

「うん……」

 どことなく歯切れの悪い返事で差し出したそれはハート型。私が使うのはおかしいのかしら、目で問いかけると、ぶんぶんと名雪が首を振ります。

「このくらいね」

 またお湯を足して少しだけチョコレートの温度を上げたら、名雪が使ったばかりのハートの型に流しこんで、ゆっくり冷えるのを待ちます。

 そこまで見届けるとさすがに眠気が勝ってきたのか、名雪がそう言い残して部屋に戻っていこうとしました。

「お母さん、祐一に先に言っちゃ駄目だからね」

 けれど、右ほっぺのニキビのことは祐一さんにお見通しみたいよ、その後ろ姿にそっと呟きます。

「あら」

 心の声が聞こえたわけではないでしょうが、名雪の手が無意識にその部分に触れていました。

「ふふっ」

 再び独りになった台所はいつしかチョコレートの甘い香りで満ちています。その空気に酔ったせいではないでしょうが、娘の後ろ姿が思いのほか大きく見えて、正直びっくりしてしまいました。

 かつての私のように名雪も恋をして、大人になっていく。そう考えるだけでよく分からない感情がこみ上げてきます。

Fall in Loveね」

 冷えかけたチョコレートの表面をなぞると蘇ってくる思い出。Fallと秋を重ね合わせていた昔の自分に気持ちが戻っていくみたい。名雪はどんな気持ちで台所に立っていたんでしょうね。

「私も少し眠たくなってきたかしら」

 名雪の時と同じようにパタンといい音をたてて冷蔵庫のドアが閉まりました。

「女の子の素敵な何か、ちゃんと入っているといいですね」

 私は待ち時間に読む本を探しに部屋に向かうことにしました。

 

 

 

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