姉妹
暇を持て余して商店街をぶらついていると、見知った顔がみっつ並んでいるから声をかけようとした昼下がり。
「ねえ、あゆお姉ちゃん」
「……は?」
聞き間違いか? 今香里があゆに向かってお姉ちゃん呼ばわりしてたが。
「どうしたの、香里ちゃん」
やっぱり聞き間違いか、どう考えても、あゆが香里にちゃん呼ばわりするとは思えんしなあ。
「あ、あゆお姉ちゃん、相沢君よ」
「ほんとだ〜」
「あ、ええと……人違いです、ごめんなさい」
思わず謝ってしまった。
「祐一、なに言ってるの?」
ああそうか、俺は今、つかの間の奇跡のなかに……「あのね、今度、香里が誕生日だって話をしてたら、あゆちゃんのほうが早く生まれたってことが分かったから、あゆちゃんがそう呼んで欲しいなって言ってただけなんだよ」……俺のモノローグやら一切は無しかこんちくしょう。
まあ、それはともかく状況は分かった。
「しかし、香里には似合わない言葉だよな」
「なによ、いいじゃない」
お姉ちゃんって、あの香里が。よりにもよってあのあゆに。
「香里があゆにっ! お姉さま宣言っ?!」
「誰もそんなこと言ってないわよっ!」
やば、つい叫んでしまった。俺は名雪の後ろに緊急避難する。
「こら、女の子の後ろに隠れるなんて情けないと思わないのっ!」
「なんとでも言え」
改めて名雪の後ろから二人の姿を眺めてみる。
「じーっ」
「な、なによっ」
「じーっ」
「な、なにかな」
……姉妹ねえ、香里が姉、あゆが妹ならともかく、どう考えても普通の姉妹であるはずがない。
『あゆお姉ちゃん、あたしちょこぱふぇ食べたいなー』『よっしゃよっしゃ、お姉ちゃんがなんでもこうたるでー』なんて、微笑ましい会話が繰り広げられるに違いない。
「……その目はまたなにかくだらないことを考えているわね」
「うん、ボクもそう思うよ」
「息もぴったりだな、でこぼこ姉妹」
「いつまで隠れている気?」
そう言いながら香里が拳に息を吐きかける。やべえ、なんかやる気まんまんですよ。
「香里が俺に向かって殺気を発しなくなったら」
しゅっしゅと牽制のシャドーボクシングを放つ俺。香里にたいして勝ち目は1%にも満たないかもしれない、だがっ、ここでおめおめと引き下がっては男の威厳に関わるのだ。
……名雪の後ろは居心地がいいなあ。
「まったく、名雪からもなにか言ってやんなさい」
香里がやれやれと言いたげに息を吐いた。そういや、なぜか黙っていたな。従兄弟なんだから香里をなだめてくれてもいいのに、薄情なやつめ。
「あのね、わたしが一番上のお姉さんになるんだね」
「は? いきなり言ってるのよ」
かくんと肩を落とす香里。ついでに顎を落とす俺。
「だって、わたしの誕生日12月だもん。あゆちゃんが香里のお姉ちゃんなら、わたしだってお姉ちゃんだよね」
長女名雪。
次女あゆ。
三女香里。
名雪の言葉で浮かんでくるメロディー。
イチゴ大好き長女、長女。
タイヤキ大好き次女、次女。
自分が一番三女、三女。
「だんご三姉妹っ!」
「やかましいっ!」
グーで殴られた。接近に気がつかなかった俺が不覚といえば不覚なんだが。
「あははーっ、じゃあ佐祐理が一番ですねー」
うずくまって頭を押さえていると、頭上からこれまた聞き覚えのある声。
「私が次女」
脈絡もなく現れるお姉さまがた。
「そう、佐祐理がお姉さん……」
なんだ? 急に黙りこんだぞ?
「お姉さん……いやーーーっ! ごめんなさい一弥っ!! 一弥が憎くくってやったんじゃないんだよーーっ」
勝手に現れて勝手にトラウマを発動させないでください。ツッコミをいれる暇もなかったですよ? と言っても本人が聞いてるわけもなく。
「佐祐理、落ち着かないと」
一瞬だけ、佐祐理さんが一番上なら心配いらないかもしれないと思った俺が馬鹿でした。
「許してーっ! ゆるはうっ?!」
「……じゃあ、これから昼食だから」
佐祐理さん、泡吹いてますぜとは、淡々と担ぎ上げる舞には言えるはずもなく。
じゃっと手を上げる舞に手を振り返しながら、かくかくと揺れる佐祐理さんの後ろ姿を見送るしかなかったわけで。
とりあえずめでたし、めでたし。
「……ところで、祐一の誕生日っていつだっけ?」
めで……。
「うわーん!! 貴様は今、触れてはならないことに触れやがったっ!!!」
泣きながらダッシュ。
俺だって、俺だってなあ……。
「プレゼント欲しかったよっ!! 無理しないと食えないものでもなあっ!!」
永遠野郎が憎いっ。
「神様の馬鹿っ!!!」
「あぅーっ……」
「私たちのことは無視ですか、そんな酷なことはないでしょう」
「私なんて正真正銘お姉ちゃんの妹なのに、無視するなんてひどいですっ。そうです、いっそのこと私たちで姉妹になりません?」
「それはいい考えですね」
「うん、真琴もそう思うっ」
「ふふっ、なんだかこの間読んだ小説みたいですっ」
「では……われら三人、生まれた時は違えども」
「ええ、そっちなんですかっ?」
知らないところで貧国志の幕が開けようとしていた。