伸びていくのは髪の毛だけじゃなくて

 

 

 

「髪の毛、ずいぶんと伸びたよなあ」

 祐一くんに言われて、ボクはタイヤキをくわえたまま首を傾げた。また巡って来たタイヤキの似合う季節。祐一くんには笑われたけど、ボクと祐一くんを結び付けてくれたのは紛れもなくタイヤキだから。

「あのころはまるでボールを追いかける爽やかなサッカー少年だったのにな」

「そ、そんなに短くはなかったよっ! それにいくらなんでも、男の子に間違われるわけないじゃない」

「そうかあ? ……ま、今はそうかもな、まさに人体の神秘」

「恥ずかしいこと言わないで」

 それに関してはほっとしている気もなきにしもあらずってところかな? 何しろ身近に名雪さんとか、秋子さんとか、そりゃあもう、魅力的な女性がいるものだからどうしても比べたりしてしまうことが多いし。そのたびに意味もなく落ちこんだり。

 気にしなくていいよって笑いながらの慰めが一番傷つくんだけどなあ。同じ女の子として負けなくない気持ちは確かにある。ボクだってれっきとした恋する女の子だから。

「で、今日でかけるのは、床屋に行くからなのか」

「行かないってば」

 まださっきの話題を引きずっている。タイヤキ屋さんでタイヤキを買ってきたあと、ボクたちは誰もいない公園のベンチに並んで腰を下ろしていた。

「よければ、俺が髪を切ってやろうか?」

「え?」

 そんなことできるの、って聞き返そうとした。

「バリカンで」

「うぐぅ」

 祐一くんに綺麗に刈り取られたボクの頭、それはまるで白球を追いかける高校球児。

『よし、今から地獄の千本ノックだ』

『無理だよう』

『ちゃんと捕球できるまでタイヤキはなしだからなー』

 思わず目の前が真っ暗になる。

「そんなことをしたら、いくら祐一くんでも許さないよっ!!」

 この日3個目のタイヤキを口から離して猛抗議。

「あはは、冗談だ……でも伸びるの早いよな」

「そうかな?」

 手袋越しに触れるボクの髪は、肩を越えて胸元にまで届こうとしている。これからどんな髪型にしよう、想像するたびにボクの夢は膨らんでいく。秋子さんのように結んでみたり、香里さんのようにちょっぴりウエーブをかけてみたり……似合わないかな。

「髪の伸びるのが早いやつはスケベっていう噂があるな」

「うぐぅっ……ボク遅い方だもん」

「と、それは男の場合だった」

「祐一くんのいじわる……」

「くくく」

 してやったりの祐一くん。いつもボクはからかわれる立場。祐一くんの一言にいつも振り回されて、そのたびに悲しんだり、怒ったり。

「ま、でもあれからなんともないんだろ?」

 心配してくれるのはボクの体のこと。ボクはちょっと普通じゃない状態にあったからどうしても心配をかけてしまう。

「うん、普通に生活できるってお医者さんも言ってくれたし、ちょっと前まで月に一回くらい検査入院して欲しいって言われていたけど、もうそれも必要なくなったし」

「よかったな」

「うん」

 そう言ってくれる祐一くんの顔は本当に優しくて、ボクの胸はどきどきしてしまう。そっと押さえるコート越しのふくらみは、少しずつ大人への階段を登り始めている感じ。

「って、ボク十分大人だよっ」

「は?」

 なんで、自分の心の声に怒鳴り返しているんだろう。なんだか悲しいからタイヤキもうひとつ。

「太るぞ」

「う」

 思わず目が合ってしまったタイヤキも祐一くんと同じことを言っているみたい。そんな目で見られるのが嫌で、ボクはまたタイヤキを袋に戻す。

「うん、素直な子は嫌いじゃないぞ」

「うー、子ども扱いだよ」

 撫でてくれる手は優しくてうれしいのに、祐一くんの言葉のせいで素直に喜べない。

「喜べないはずなのに……」

 やっぱりドキドキしている。厚いコートの上からでも胸の鼓動を感じられるんじゃないかなと思えるくらい。

 祐一くんと出会ってから、ボクの胸はドキドキしっぱなし。そのうち導火線に火をつけた爆弾のようにきっと破裂してしまうのかもしれない。

 さあっと風が吹いて、伸ばしている髪がなびく。

「あっ?」

 急に目が痛くなった。

「おい、大丈夫かあゆ」

「ゴミがぁ」

 ぽろぽろと涙がこぼれてくる。

「こら、こするな。あそこに水道があるから、流してこい」

 祐一くんの手がボクの手を引っ張る。目が痛くて開けられないから、どこに進んでいるか分からないけど、祐一くんの手の感触だけはしっかりと感じていた。

「ほれ、目を近づけて瞬きするんだ」

 言われるままに、冷たい水に顔をつける。しばらくすると、痛いのがなくなってきた。

「ハンカチは持ってるか?」

「うん」

 ボクはコートの中から用意してきたハンカチを取り出して顔を拭こうとする。だけど手袋が邪魔でうまく取り出せない。

「うぐぅ」

「しょうがねえなあ」

 そう言って、祐一くんがボクの顔を拭いてくれた。

「ありがとう」

 お礼を言う。ベンチに戻るときも祐一くんは手をつないでいてくれた。まだ風は吹いているけど今度は大丈夫。

 ボクは吹き上げられた木の葉がひらりとひらりと舞う様子を眺める。するとその先に鳥さんが寄りそうに木に止まっているのが見えた。くちばしで相手の羽を撫でているみたい、すごく仲がよさそうな鳥さんが少し羨ましくなる。

「よし」

 ボクは祐一君にもたれかかった。

「わ、急にどうした」

「えへへ、なんでもない」

今はまだ寒いけど、すぐに春がやってくる。

 伸びていく髪に合わせるように、どんどんと祐一くんを好きな気持ちが大きくなっていくようだった。

 

 

 

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