夜語り
規則正しい寝息をすぐ横に聞きながら、舞はじっと天井を見ていた。表情の読み取れない瞳の奥にかすかな弱さを漂わせながら、ぼんやりと視線をさまよわせる。
その手にはもう剣はない。頼りないほどの腕の軽さに、思わずシーツをぎゅっと握りしめてしまう。
「……祐一」
心細げな声がその唇から漏れると、自分の声に驚いたように舞は体を縮こませた。それでも無意識にすがるものを求めてか、自分の布団からそろそろと手を伸ばす。
「眠れないのか?」
不意にかけられた声に舞は慌ててその手を引っ込めた。
「起こした?」
そっけない口調ながらも、付き合いの長い祐一には言葉に込められた感情がおぼろげながら分かってしまう。だからこそ声をかけたのではあるが。
「そうだよな、今までの舞だったらまだ魔物と闘っている時間だもんな」
「…………」
無言のまま暗闇を透かして祐一を見る。闇の中におぼろげに映る輪郭が、あのころの思い出を呼び起こす。
結局のところ、舞は自分自身と戦っていたのだ。まるで鏡の部屋に迷いこんだかのごとく。闇雲に走り出しては鏡にぶつかって、傷ついて。ぼろぼろになっていく自分を救ってくれたのが、今自分の隣にいてくれる祐一のおかげ。
だから今はひとりで戦いに行くこともなく、こうして眠ることができる。もし祐一と再会できなかったら、自分はまだあの校舎に赴いていたのだろうか。
「…………」
そう思うと急に怖くなる。今までの自分にはなかった感情。
「舞が眠れるまで話でもするか」
ふっと空気が和らいだ。そう、祐一はそんな自分をも受け入れると言ってくれた。何も心配することはないはず。
「佐祐理を起こしてしまうから……」
でも簡単に素直になれない。
祐一を飛び越えた向こうにいる親友。一緒に暮らし始めたときに、祐一を真ん中とした川の字に眠ることが3人の約束だった。
「そうか……」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「しりとり……」
舞の小さな声に祐一の口から笑みがこぼれる。思わずぎゅっと握ったこぶしが祐一の胸を叩いていた。
「ぐおっ」
掛け布団を掠めて喉元をえぐる舞の一撃。
「ごめん」
「ごめん、じゃねえっ……」
何回か咳き込むと祐一は舞と向かい合わせになるように体勢を変えた。
「しりとり?」
「分かったよ……じゃあ俺から行くぞ、舞」
「い、いるかさん」
「かたつむり」
「りすさん」
「すずめ」
「めだかさん」
「か」
「……ずるい」
「ずるくない」
「祐一は卑怯」
「卑怯じゃない」
「祐一は浮気者」
「そこまで言うかっ」
「最近佐祐理とばっかり話している」
祐一が側にいるだけでふわふわする自分の心。暗闇でよかったと思う。
「……そうか? ってなんで話が変わってるんだよ」
「知らない」
すねたふりをしても相手はやはり祐一だから、受け止めてくれる、そう思える余裕ができた。
「おい、無責任だぞ」
「大丈夫、責任は祐一が取ってくれるから」
「どうしてそうなるんだよ……」
祐一がはあっとため息をついた。
「じゃあ、続きを始めるか」
「はちみつく」
言いかけた舞を祐一はそっと制した。
「もう、それは言わなくていいんだぞ」
「……え?」
「そんなことをしなくても十分に舞は可愛い、結局は俺のしたことは余計なおせっかいだったんだな……むしろ今となっては邪魔をしちまった」
「そんなことは」
可愛いという言葉に驚きのようなものを感じてしまう。
「いくらなんでもはちみつくまさんはないよな……あの時は俺も必死だったから、思いついた時はいいアイデアだと思っていたんだけど、今になって思えば舞に遠回りさせてしまったよ……もう普通にしていいんだぞ」
「そんなことない、今があるのは祐一のおかげ。私ひとりじゃどうしようもなかった、たぶんあの場所から抜け出せなかった」
「決着をつけたのは舞じゃないか」
「気づかせてくれたのは祐一だから」
「あー、しりとりはもうやめ、寝るぞ」
いきなり祐一が仰向けになった。そのほほえましげな行動に舞の唇がほころぶ。不幸にも祐一はその表情を見ることはできなかったが、もし見ていたとしたら。
「……照れてる?」
舞もまた仰向けになると、再び天井が見えた。暗さは変わらないけど、不安な感情はもう湧き起こらない。
「うっさい」
そう言ったきり祐一はわざとらしいいびきをたて始めた。
「おやすみ」
「ああ、おやすみ」
朝食の時間に笑顔の佐祐理にからかわれるまで、舞の心は穏やかであった。