落ち葉拾い

 

 

 

 公園に植えられた木々は、人間よりも一足早く冬支度を始めている。

 足を進めるたびに地面から聞こえてくる、天然の絨毯の立てるさくさくという音が耳に心地よい。けれども今の名雪にはその音を素直に楽しむことができないでいた。

「はあっ……」

 見つめる視線の先には幸せそうに笑う真琴と、その真琴を見てうれしそうな祐一の姿。つい、真琴の姿を自分とだぶらせて空しい幸せに浸りたくなる。

「振られちゃったなあ」

 首に巻いたマフラーを押さえて、名雪は天を仰いだ。どこまでも青い空は、わずかばかりとはいえ名雪の心を癒してくれる。

 祐一が連れてきた居候は、突然いなくなった。そしてまた突然帰ってきた。そのときにはもう、ふたりの関係が誰はばからず恋人同士と呼べるものに変化していた。知らずその状態を喜んでいた自分がとても情けなく思えてきて、漏れるため息も重くなる。

「あれ?」

 名雪が視線を移すと、自分と同じ様にふたりを見守っている人物がいることに気づいた。目を細めてみれば、あの横顔と癖っ毛には見覚えがある。

「よし」

 名雪はその少女に気づかれぬようそっと移動し始めた。落ち葉の積もっている辺りを避けながら注意深く少しずつ近づいていく。数メートルの距離になっても、少女はふたりを見ているのに夢中で、名雪に気づく様子はなかった。

「あのぅ」

 そろそろと手を伸ばして肩を叩く。

「きゃっ?!」

 ずいぶんと可愛らしい声をあげて少女は驚いた。

「あ、やっぱり天野さんだ」

 振り向いた顔は予想通り、祐一を通じて知り合った寡黙な後輩。

「水瀬先輩じゃないですか、驚かさないでくださいよ」

 ちょっぴりすねた顔を覗かせて胸に手を当てる後輩は、普段のすました顔とは全然違う、年相応の少女のそれ、名雪は好ましいと感じた。

「ふふふっ」

 目の前の少女が怒っているにもかかわらずつい笑みがこぼれてしまう。当然のごとく、美汐はさらに気分を害したようだった。

「どうして笑うんですか?」

 じとっとした目を向けられて、さすがに失礼だと思った名雪は口元を手で押さえた。

「ごめんね……こんなところで、どうしたの?」

「それは私の方からも聞きたいですね」

「わたしは祐一達の後をつけてきたんだよ」

 悪びれずに言う名雪に美汐の目が丸くなる。

「……少しはごまかすかと思いましたけど」

「ん〜、うまい言い訳も思いつかなかったし、嘘をついたところで何も変わらないしね」

 名雪がふたりに目を向ける。美汐もまた視線を向けた。

 風が吹いて、真琴の髪が舞った。祐一が何か言ったらしい、真琴が拳を振り上げる。そしてなにやら祐一が声をかける。

「……幸せそうですね」

 声は聞こえないけれど、ふたりを包む空気の暖かさは知ることができた。

「そうだね」

 そしてどうして自分がこんなことをしているのかという疑問。今日はこんなにも冷え切った空気が胸の中に染み込んでくる。名雪は美汐の横顔を盗み見た。

 どんなことを考えているのだろう、名雪は美汐という少女ということをほとんど知らない。知っているのは、真琴と祐一の共通の知り合いということだけ。転校してきたばかりの祐一がどういうきっかけでこの少女と知り合ったのか、急に興味がわいてきた。

「ねえ、こんなところにいても寒いだけだし、百花屋さんへ行こうか」

「そうですね」

 時計を見ればもう開いている時間になっている。休日ではあるけど、この時間帯はまだ空いていることだろう。

「それでね、ぽっかり開いた心にイチゴサンデーをこれでもかってくらい詰めこむんだ。天野さんもどうかな?」

「それは遠慮します」

 きっぱりと断わられてしょんぼりとする。

「……おいしいのに」

「おいしいのは分かっています。私もイチゴは嫌いではありませんし」

「うん、イチゴ大福はおいしいよね」

「どうしてそこでイチゴ大福なんて言葉が出てくるんですか?」

「あれっ? なんでだろう」

「別に気にしていませんけど」

 そう言いながらも背中には哀愁が漂っていた。

「ご、ごめん、お詫びになにか奢るよっ」

「本当ですか?」

「うんっ、嘘じゃないよ。好きなもの頼んでいい……あっ、あれだけは勘弁してね」

「あれって何ですか?」

「ジャンボデラックス……」

「私はそんなに大食いではありませんよ」

 少しむっとしたように言い返す。名雪の中で自分がどんなイメージを持たれているのか、美汐は気になった。

「あはは、ごめんごめん」

 名雪が祐一たちを見る視線は幾分か柔らくなっていた。美汐はそれでも言わずにはいられなかった。

「こんなことを言うのは筋違いかもしれませんが、真琴のことを嫌いにならないでくださいね」

「天野さんも、祐一のこと嫌いにならないでね」

「え、いや、嫌いではありませんが、どうしてそういう……」

 意図が掴みかねる、そういった視線が名雪に向けられる。名雪は答えずにただ微笑んだだけだった。

「うん、嫌いになるわけないよ。だって、真琴のおかげで、こうして友達が増えたし」

「あ……」

 思いがけない言葉に美汐の目が丸くなる。名雪は微笑むと祐一たちに背を向けて歩き出した。かさかさと乾いた音を立てて落ち葉が踏みしだかれる。

「早く行こうよ」

 手を伸ばすその名雪の手のひらに、どこから飛んできたのか、黄色と赤の混じった葉っぱが落ちてくる。

「あ」

 名雪は思わず小さく声をあげた。その葉をつかもうと手のひらが上へと差し伸べられる。しかし葉はひらひらと舞い遊ぶようにして、名雪の手のひらをすり抜けるように地面へ降り立っていった。

「残念」

 拳をきゅっと握って名雪が呟く。地面を見つめる名雪が何を考えているのか、美汐は何も言わず見つめていた。

「もし、わたしが……ううん、もうすんだことだよね」

「早く行かないと座れなくなってしまいますよ」

 美汐が促して。

「そうだね」

 名雪は空を仰ぐ。そして目いっぱい空気を吸い込む。新鮮な空気が肺に満たされる。そうしてから名雪は急に振り返った。

「そうそう……」

「はい?」

「友達なら、時々愚痴を聞いてくれてもいいよね?」

 美汐はあいまいに微笑んだだけだった。

 

 

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