プレゼント

 

 

「……秋子さんの誕生日だって?」

 思わず聞き返してしまっていた。確かにここにお世話になってから半年以上経つけどそんな話を聞いたことはなかったもんな。そりゃ秋子さんにだって誕生日のひとつやふたつあってもおかしくないか……ほんとにふたつあったらどうしよう。

 ともかくこれでいきなり百花屋に連れていかれた理由が分かった。

「うん、それでね、今年は何をプレゼントしたらいいかなって相談したかったんだよ」

 ……分かったけどな。

「俺にはイチゴサンデーを食べることしか目的はないと思ってたがな」

 そう言って目の前で既に2杯目にとりかかっている名雪をじろりと睨む。すると名雪はスプーンをくわえながら器用にあははと笑った。イチゴサンデーが880円、それを我慢すれば結構いいものがプレゼントできるだろうに。

「あのね、これは約束の分だから」

「約束ってあれからどれくらい経つと思っているんだ、なんか最近俺に甘えすぎていないか? また自分ひとりで起きられないようになってきたしな」

「それは受験勉強が忙しいから……」

 そこで目をそらすな。

「まあいい、今日はこんな話をするために来たんじゃないだろ、秋子さんの誕生日についてだ」

「そうだね」

 あからさまにほっとした顔を見せる名雪。だがまだ甘い、お説教は別にここでする必要はないからな。まったく、名雪がしっかりしてくれないと俺が楽できないじゃないか。名雪には寝ぼけ癖を治してかいがいしく世話をしてくれるように改造……すると秋子さんになるな。

「……なんだ、名雪なんかいらないじゃないか」

「いらないってどういうこと?」

「なんでもないぞ」

「う〜、すごく失礼なこと考えていたでしょ」

「そんなことないぞ」

「う〜う〜う〜」

「すねるな、ガキかっ」

 このまま名雪と結婚するとして、秋子さんは年をとらないだろ? そしていずれ子供が生まれるとして、それが娘だったりしたら……秋子さんだらけになるわけか。

 仕事から帰ってきて『『『祐一さん、お帰りなさい』』』ってステレオで言われたらどうなるんだろ……。

「……祐一?」

「右を見ても秋子さん、左を見ても秋子さん……」

「祐一ってば?」

「……え? あ、ああ……」

 ものすごい想像をしてしまったな……いや、ここでの問題は娘に祐一さんって呼ばれてしまう俺の思考回路にあったわけで。

 と、いかん、話を戻さねば。

「プレゼントの話だったな。まあ、秋子さんなら何をあげても喜んでくれそうな気はするが……ちなみに去年は何をあげたんだ?」

 あんまり高価なものは秋子さんも喜ばない気がするし、そんな余裕もない。余裕がないんだよ、余裕がね、余裕が……。

「ええええええとね、去年は……セーターかな。ほら、祐一がここにやって来た時に着ていたでしょ、覚えているかな?」

「う〜む、なんとなく……今年も同じ奴じゃだめなのか?」

「う〜ん、去年と同じって言うのはどうもね」

 苦笑いを浮かべつつやんわりと否定される。俺にはそんなに悪いことだとは思えないのだが……だいいち、いつもいつもいつもいつもここでイチゴサンデー、学食ではAランチな名雪の台詞じゃないぞ。

「ならば『悪鬼虎』ってお手製の刺繍を入れるとかして区別をつけるってのはどうだ? 斬新なアイデアだと思わないか?」

「……お母さんに殺されるよ」

「プレゼントするのはお前だ、俺はその様子を見て影で笑ってやる」

「ひどいよ……」

 安心しろ、冗談だ、とでも言うように俺はコーヒーを一口すすって一息つく。しかしなあ、自分の親にもろくにプレゼントなんてあげてなかった俺が秋子さんにプレゼントなんて思いつくのか?

「ふ〜む……秋、秋、秋にふさわしいといえば……サンマでも釣りに行くか?」

「よく分からないけどサンマは釣れないと思うよ……」

 釣れないのか、北の大地の奇跡をちょいと使えばいけると思うんだけどなあ。

「栗拾いはどうだ? 何ならマツタケ狩りでもいいぞ」

「悪くはないけど……なんで食べ物ばっかりなの?」

「秋といえば食欲の秋だろ?」

「それだけじゃないよ、他にも読書の秋だって芸術の秋だってあるし、なんと言ってもスポーツの秋だよね。部活を引退してから最近ちゃんと走っていないから今度一緒にジョギングしようよ、ふたりで走るときっと楽しいよ」

「ランニングは朝だけでたくさんだ」

 雪がないだけ今の季節はましだがな……よく転ばなかったな俺。偉いぞ俺。

「……ごめんね、ちゃんと起きるようにするよ……」

 いや、無理だ。それだけは断言できる。

「まあ、それに関しては俺にも責任があるかもしれない、何しろ夜に頑張り」

「わーっ! わーっ! な、ななななんてことをっ!」

「落ちつけ、冗談だ。あんまり叫ぶと他のお客さんに迷惑だぞ」

「祐一のせいだよ……」

「おー、名雪の顔がイチゴよりも赤くなった」

 悪いな、たまに激しく名雪をからかってみたくなる時があるんだよ、大きな声では言えないけどな。

「う〜〜、イチゴサンデーお代わりっ!」

「げっ、まだ食う気か……部活をやめたんだし控えておいた方がいいと俺は思うぞ」

「う〜〜〜〜〜」

「秋子さんの誕生日は休日なんだからどこかへ出かけるか」

「いきなり話を戻さないでよっ」

 頬を脹らませていた名雪が少しこける。

「ものみの丘あたりでのんびりして、日頃の疲れを取ってもらうのも悪くなさそうだな」

「……ものみの丘でピクニックかあ、確かにそれも悪くないかもね」

「ま、その時は名雪が弁当を作ってくれよ。秋子さんの誕生日なんだから、秋子さんに世話にならないようにしないといけないとな」

「それで祐一はなにをしてくれるの……?」

「味見をしてやるぞ」

「……その他には?」

「どうせ起きられないだろうから起こしにいってやる、で、弁当が完成するまで俺は寝てる」

 なぜそこで機嫌を悪くするんだ、適材適所だろう?

「へぇ……ただピクニックにはひとつ問題があるよね」

「問題だと?」

 この完璧な計画のどこに狂いがあると? 天気予報はここ一週間雨は降らないと言っていたぞ。

「お母さん、その日は仕事でいないんだよ」

「……休みじゃないのか?」

 今更仕事の中身なんて聞けない。

「うん、そうだと思って聞いてみたんだけど」

「そういうことなら初めから言ってくれよな〜、アイデア料返してくれ」

「あ、アイデア料?」

「うむ、頭脳労働の報酬と置き換えてもいいぞ」

「祐一に相談しようとしたわたしが間違っていたのかな……」

「そんな突き放したようなことを言うな、寂しくなるだろうが」

「だって……」

「って、いつのまに3杯目を食ってる?! いつ注文した?」

 全然気がつかなかったぞ、まさか今までもそんな風に俺の目を盗んで……。

「え、普通に注文したよ?」

「い〜や、俺が気がつかなかったんだからよっぽどの裏技を使ったに決まってる、さあ吐け、白状してお上の裁きを受けろ、なに、今ならカツ丼もついて大変お安くなっていますよ。3割4割当たり前だ」

「もうわけ分からないよ……」

 わけが分からないといいながらしっかりとイチゴサンデーは食べるんだな……俺はそのほうが分からない。

「名雪のせいで話が進まないから真面目に考えるか」

「わたしのせいなんだ……」

 ふ〜む、プレゼントか……やはり難しいな。この年になって肩たたき券は使えるわけないし……ん?

「思いつかないならいっそのこと秋子さんのお願いをひとつだけ聞いてあげるってのは」

「だめだよっ!!」

 いきなり怒鳴られた。しかも震えてるってのはどういうことだ?

「……だめなのか?」

「それはすでに使った手なんだよ……そしてね、お母さんのお願いというのがね」

「まさかっ?!」

 うなずかなくとも名雪の態度がはっきり示している。

「笑えなくなるところだったよ……」

 食べさせられたのか、あれを……そうか、そういうことなら使えないな……。

「う〜〜ん、難しいなあ」

「ねえ、どうしようか……?」

「秋子さんの好きな物ってなんだろうな?」

「あら、プレゼントなんて気持ちだけで十分ですよ」

「秋子さんっ??!」

「お、お母さん??!」

 ……ま、まったく気がつかなかった。買い物篭を手にしているってことは夕食の買い出しに出たってことだな。

「買い物をしていたらあなたたちを見つけたので、今日の献立の希望を聞いておこうかと思ったのですけど……あなた達が笑顔で一日を過ごしてくれるのが私の幸せです、ですから祐一さんがここに来てくれたことには本当に感謝しています」

 面と向かって言われると照れるなあ……。

「そういうわけですから物は特に欲しいとは思いません……けど」

 秋子さんが買い物篭からなにかを取り出すと俺達の真ん中に置く。

「この目覚ましにふたりのメッセージを吹きこんでくださいね」

「そ、それはまさかっ?!」

 あの目覚ましか? あの目覚ましなのか?!

「違います、これにはまだメッセージは入っていません」

「そうなんだ……」

 ふたりしてまったく同じタイミングで安堵の息を吐く。

「ん? 『まだ』?」

「あれと同じものを見つけたので思わず買ってきてしまいました。あなたたちの声で起こされる朝も悪くないと思いましたので……ふふ、プレゼントはそれでお願いしますね」

 笑顔のまま秋子さんが去っていく。残された俺達はテーブルで存在を主張する目覚ましを黙って見つめているほかなかった。

 

 

 あれから一晩中悩んで言葉を入れたのだけど、秋子さんは喜んでくれただろうか?

「つーか、なんて入れたんだ?」

「秘密だよ……祐一こそ何を言ったの?」

「もちろん秘密だ」 

 そうお互いを牽制しあう俺達は気づかなかった。将来、結婚式で公開されるだなんて。

 

 

 

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