居候どもが夢

 

 

「このままじゃいけないと思うんだよ!」

 寝っ転がって漫画を読んでいた真琴は、食べかけの肉まんを口元に近づけたまま固まった。まあ、いきなり乱暴にドアが開けられ、さらに叫ばれてはそれも仕方がないだろう。

「だからこのままじゃいけないんだよ!」

 一方飛びこんだ本人、あゆは反応がないことに聞こえてないとでも思ったのか、拳を握りしめて再び力強く宣言した。そしてそこはかとなく胸を反らしてみたりもする。表情は珍しく誇らしげであり、いつもの祐一にからかわれている姿とは大違いだ。

 しかし立ち直った真琴が見せた反応はあくまでもそっけないものだった。

「ふ〜ん」

 と、気のない返事を返すと、それで話は終わりとばかりに再び読んでいた漫画に目を落とす。これにはさすがのあゆも問いたださずにはいられなかった。

「えっ? なにその反応?」

「あゆったらいきなりわけの分からないことを叫ばないでよ、春にはまだ遠いわよ」

 振り向きもせずにぴしゃりと言い返す。それに対して、

「ちょっとぉ、ボクのほうがお姉さんなんだよ」

 と、あゆの反応は少々ずれていた。どうも馬鹿にされたことよりも自分が年下に見られたことの方がポイントが高いらしい。

「は? あゆはあゆでしょ? なにか間違ってる?」

「いや、間違ってはいないけど……ほら、言いかたとかさ」

「とにかく用があるならさっさと話してよ、真琴は漫画を読みたいんだから」

「うん、ごめんなさい……はっ? なにを謝ってるんだろボク……このままじゃいけないよ、この際言いたいことははっきり言っておかないとね……真琴ちゃん!」

「あははははっ」

「うぐぅ、ボク笑われちゃったよ……」 

 漫画を読んで笑ったとは知らず、あゆはがっくりと肩を落とした。

 

 

「って、こんなところでくじけている場合じゃないんだよっ」

 しばらくの間枯れ木のごとく立ちつくしていたあゆであったが、祐一との付き合いのおかげで復活も早い。積み上げられた漫画を強引にずらすと真琴の目の前に回りこんで座りこむ。

「……まだいたの?」

「あのさあ、ボクたちってここにお世話になってからずいぶん経つよね」

 今度はあゆの迫力がまさっていた。

「……そうね」

 話を終わらせないと漫画が読めないことに気づいたらしく真琴がしぶしぶうなずく。その顔には出ていって欲しいとはっきり書かれていたが、あゆには当然見えてなんかいなかった。

「考えてみれば、ボクたちって秋子さんたちの好意に甘えていただけなんじゃないかなって思うんだ。本来ならボクたちはここにいるような人間じゃなかったしね。だから、そろそろ考えなくっちゃいけないと思うんだよ」

「なにを?」

「自立だよ」

「……自立?」

 聞きなれない言葉があゆから出てきたことに真琴が疑いの目で見る。

「うん。いいかげんボクたちはここを卒業しないといけないって思うんだよ……結局は他人だしね」

「そんなこと言われても真琴は他に行くところなんかないし。ほら、祐一だって親子でもないのにここにいるじゃない」

「祐一くんは名雪さんの従姉妹なんだからここにいたっておかしくないよ」

「ふうん、そんなに自立したければあゆだけが出ていけばいいじゃない、あたしはキツネだから人間の法律なんて関係ないしさ」

「こ、こんなときだけ人間じゃないことをアピールしなくても」

「それに、あゆだって幽霊なんでしょ? ほら、問題な〜し」

「ぼ、ボクはもう違うよ、ちゃんとリハビリをして帰ってきたんだから、あの時のボクとは違うんだよ」

「あ、そ〜、それはよかったわね。もういいでしょ?」

 漫画に手を伸ばそうとする真琴を抑えながらあゆは唇を尖らせた。

「たまにはボクの話をちゃんと聞いてくれたっていいじゃないか……そんなことだから祐一くんに嫌われるんだよ」

「真琴がいつ祐一に嫌われたっていうのよ?」

 さすがにかちんときたのか、今まで寝そべっていた真琴が改めて座りなおす。ひるみかけたあゆもここが正念場とばかりにぐっと拳に力を入れた。

「そうじゃないか、じゃなかったらどうして名雪さんと付き合い始めたのさ。きっといたずらばかりする真琴ちゃんに呆れはてたに決まってるんだよ」

「む、あれは真琴なりのコミミケーションってやつよ。それを言うならあゆのほうじゃないの? ま、泥棒が恋人だなんて恥ずかしくてしょうがいないと思うけど」

 正確にはコミュニケーションである。

「あれはち、違うよっ! そ、それに、ちゃんとお金だって返したもん」

「で、自立だなんて言い出したのは、あゆはもう諦めたってことなのね、や〜い、負け犬、負け犬〜。あゆの場合はうぐぅね、負けうぐぅ」

「ま、負けうぐぅだって?! もちろん諦めたってわけじゃないよっ! でも……もう勝ち目なんかないよ。祐一くんは優しいからはっきり言わないけど、もう名雪さんしか見てないもん……」

「結婚ね〜、別に名雪ひとりと結婚しなくてもいいんじゃない? ほら、だってあたしはキツ……」

「そういう誤魔化しかたはよくないよっ!」

「ま、言うのはいいけどさ〜、あゆにあてはあるの?」

「う……」

 一番痛い所を黙らざるを得ないあゆ。それを見てすっかり勝ち誇った真琴がやれやれと芝居のごとく大げさに肩をすくめた。

「どうせまたドラマかなんか見て影響されたんでしょ、あゆも子供ねえ」

 そして禁句を口にされついにあゆが切れる。

「子供子供って、漫画にすぐ影響される真琴ちゃんのほうが子供じゃないかあ!! 夏になった時に肉まんを売らなくなったからって秋子さんに駄々をこねてたし!」

「それはあゆだって一緒じゃない、たいやき屋の屋台がいなくなったから自分で作ろうとして台所をめちゃくちゃにしたのは誰だと思ってんの? 悔しかったら小学生に間違われないくらいに成長してみなさいよ」

 負けじと言い返す真琴。

「なっ、幼稚園児に振り回される真琴ちゃんなんかに言われたくないよっ!」

「最近の幼稚園児をなめてるわね?! あんたなんかきっと1日で逃げかえる羽目になるわよ!」

「こうなったらどっちが子供か秋子さんに決めてもらおうじゃないかぁ!!」

「望むところよっ! 謝るなら今のうちだからねっ!!」

 ふたりは激しく火花を散らせると同時に顔をそらした。

 

 

「なるほど……どちらが大人かということですね」

 ふたりの言い分、といっても駄々をこねているようにしか聞こえないわめき声をひとまず聞き終えると、秋子は思案するふうに目を閉じた。

 作りかけの料理が気になるが、ふたりの迫力がそれを許さない。

「もちろん真琴だよね、秋子さんからはっきり言ってやってよ」

「ボクのほうが大人だよっ」

「真琴だもんっ!」

「そうですね……」

「祐一くんには相応しくないよっ!」

「あんたよりましよ!」

「真琴ちゃんじゃだめだよ!」

「何がだめなのよ!」

「祐一さん、モテモテですね……」

 思わず笑みがこぼれている。本人の苦労を思いやると笑っていられないのだろうけど、外野として楽しむのも退屈しないでいいかも、そんな不謹慎なことを考えていた。

「「秋子さんっ!!!」」

 埒があかなくなったのか、結論を求めて秋子に迫るふたり。秋子はそんなふたりをしばらく困ったように見比べていたが、やがて重い口を開いた。

「……もうしわけありませんけど、ふたりとも祐一さんとは結婚できなくなるんですけど」

「「え?」」

 意気込むふたりの動きがぴたっと止まる。

「実はふたりを引き取るっていう話をしたところ姉さんがいたく気に入ったらしく、ふたりを養子にしたいと言いはじめたもので」

「え……それってつまり」

「はい、そうなるとあゆちゃんも真琴も姉さんの娘、つまり祐一さんの妹になってしまうので法律で結婚することが……あれ?」

 ふたりとも既に秋子の話を聞いてはいなかった。砂になったようにさらさらと風に吹かれて消えていくふたりがいた。

 

 

「断固阻止するわよぅ!!」

「うん! たとえ嫌われたとしても、これを認めるわけにはいかないよ!!」

「……まだ決まったわけではないんですけどね、これで仲がよくなったと考えれば悪いことでもないのでしょうか」

 鉢巻を締め気炎をあげるふたりに秋子は苦笑するのであった。

 

 

 

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