春を迎えるために
「というわけで、親友!! 明日から期末テストだ!」
「なにがというわけなのか知らんが、その通りだ!」
そして意味もなくにやりと顔を見合わせる。やはり住井は分かっている。とにかく分かっている。
向こうで七瀬がアホらしいとでも言いたそうな顔をしているが、奴も漢だ、いずれ分かってくれる日も来るだろう。
「来るわけないわよ」
残念ながら七瀬はそっけなく鞄を手にして立ち上がってしまった。
ちなみにその鞄は幾多もの哀れな獲物の血を吸って真っ赤に染まっている、いわゆるいわくつきの業物だ。七瀬以外の者が手にすると怨念に取りつかれ某ビデオのごとく1週間で死に至ると言う……。
「んなわけないでしょ!!!」
き、聞こえていたのかっ?! まずい、話題を変えねば。
「じゃ、じゃあな七瀬、冬山での修行頑張ってくれよ、春には新必殺技を披露して戻ってきてくれることを期待しているからな」
「あたしは図書室にいくのよっ! ……図書室で静かに参考書とノートを見比べる、乙女にしかなせない技ね」
「んな似合わないことじゃなくて、いつものように、『こんなちまちまと辞書ひいてられっかーーー!!』と豪快に棚を司書に向かって投げつけてくれ」
「するか、ぼけっ!!! もう話しかけないでっ! さよならっ!!」
ビシャーーーン!! ガラガラ!! ビシャーン!!!
「今、教室が揺れたぞ……」
呆然と住井が呟く。しかし、
「俺も揺れた……」
ものすごい衝撃に耳を押さえながらなんとかこらえる。あいかわらず短気な奴だ。ちなみに一回目の『ビシャーーーン!!』が俺を殴った音だ。なぜドアを閉めるときよりも『ー』の数が多いんだ。
「……七瀬さんも大変だな……」
俺の頬も大変だと思うんだが……。さすがのキリストといえども、このあと左の頬を差し出すなんて芸当は到底不可能であるに違いない。
「で、話の続きはいいか?」
親友ならもう少し心配してくれてもいいはずだが。こんな暴力がまかり通る世の中に抗議してくれる熱い漢じゃなかったのかね、住井君。
「誰が見てもお前が悪いと思うんだがな」
「……くそっ、テストか」
俺は叩かれた頬を押さえながらうなずいた。
「そうだ折原、お前も知っての通り、今回のテストで赤点を取ると進級がやばいのは知っているな?」
「もちろんだとも、髭にも釘を刺されたからな」
あの髭が言うくらいだからこれはかなりやばいのだろう。
「……ところがだ、考えてみれば春休みの計画を立てていたおかげでまったく勉強が進んでいないのだ!」
オーバーアクション気味に頭を抱えている姿とそのセリフがマッチしてないように見えるぞ。
「それにお前の場合はやってもやらなくても同じような気がするが」
「そんなことはどうでもいい! 折原、明るい俺たちの明日のために、俺と協力する気はないか?」
「協力だと? まあ、それは構わないが……具体的にはどうするんだ?」
「校長をパパにするんだ」
「はあ?」
「つまりだな、校長を色仕掛けで誘惑して俺たちの言うことを聞かせるように……お〜い、折原〜、話はまだ終わっていないぞ〜」
「ひとりでやってろ」
まったく冗談じゃない。
「冗談に決まってるだろ」
「ほう、冗談ね。……じゃあ、その手のフリルのドレスも冗談なんだろうな? というかどこから持ち出してきやがった?」
「はっはっは、こんなもの、話の流れでどうとでもなるに決まってるだろ」
……ふむ。
「……なるほど、確かにな」
10トンハンマーか、まあ、なかなかだ。
「お、おい、そのハンマーはなんだ?!! 卑怯だぞ!!」
「うっさい」
俺は後ずさる住井に狙いをつけ一気に振りおろ、
「あ、浩平今日一緒に勉強しよ?」
してすっぽ抜けたハンマーが通りすがりの沢口を直撃した。
「ぐはああああああっ!!?」
泡を吹いてぶっ倒れる沢口の周りにいまだに残っていたクラスメイト達が集まっていく。
「さ、沢口、しっかりしろ!! 傷は浅いぞ!!!」
「沢口君!」
「……お、俺は南……がくっ」
「さ、沢口いいいいっ!!?」
「え〜、ダイイングメッセージは『南』、これについて心当たりのあるものは?」
「ふむ、南といえばだな……1500年前の中国で……」
「馬鹿をいうな! 南といえば禁酒法時代のアメリカに……」
「うっ、うっ、そんな……沢口君が死んじゃうなんて……」
「残念だけど、あなたには彼の死を悼んでいる時間さえないのよ」
探偵ごっこを始めるやつあり、即興の小芝居をはじめるものあり、なぜかお経を唱えるものあり。ノリのいいやつらだ。
誰も沢口を保健室に連れていってやらないのが涙を誘う。
「浩平が連れていってあげればいいのに……」
「犯人のだよもん星人が何か用か?」
「わたしじゃないもん! 浩平が悪いんだもん!!」
「落ちつけ、で、なんの用だ?」
「んとね、明日からテストだからわたしが面倒見てあげるよって話」
お前もあっさりと……まあ、所詮沢口だしな。
「わぁった、じゃあな」
頭から沢口の存在を追いやると俺は軽くうなずいて手を振った。そして何も入ってない鞄を求めて机に手を伸ばそうとする。
「……お、折原の裏切り者ーーー!!?」
「泣くな! すがるな!! よだれをつけるな!!! わら人形を作るなっ!!!!」
いきなり住井が邪魔してきた。
「ちくしょう、不公平過ぎるぞ、折原浩平のくくせに不公平……はっはっは、これは傑作じゃないか折原ぐはああああっ!!?」
ふふ、七瀬直伝の右ストレートはやはり違う。キレ、コク、そして臭みのない澄みきったスープ、これが上に乗るキムチと合わさったとき小吉ラーメンの真価が……。
「……なにかが違うな?」
「まったく違うと思う……」
「あ〜、ティッシュやるから鼻に詰めろ、見苦しいぞ」
「誰がやったと思っている……」
恨めしそうに見ながら素直にティッシュを鼻に詰める住井、どことなく間抜けだ。
「そうか、校長をパパにするのは気が進まないか……」
まだ言うか。
「教頭をママにするとか言ったら消すぞ、このやろう」
「……はははまさかそそそんな」
「教務主任を兄ちゃまにするとか言ったらFARGOの刑だからな」
「……FARGOの刑?」
「街中にお前の恥ずかしい過去を暴露するといういたってシンプルでなおかつ効果的な遊びだ。ちなみにドッペルを用意することはできないので、演劇部から等身大の鏡を貸してもらう手はずになっている」
ちなみにその遊びは残念ながら俺のオリジナルではなく、食堂にいたやつらに教えてもらったものだ。
「……遊びか?」
「ふっ、貴様は俺の手のひらの上で踊っているにすぎないのだよ」
「ええと、そろそろ帰ろうよ」
長森がいいかげんじれたように声をかけてくる。
……それもそうだな。なんだかんだ言って住井と遊んでいる暇なんかなかったんだ。
「そうするか……んじゃな」
「え、お、俺は? ……ひ、ひどいわ、私とのことは遊びだったのね!」
しなを作るな……しかしコメディアンとしてとして英才教育を施されてきた俺の血がすぐさま反応してしまう。持ってもいない煙草の煙を吐き出し渋くポーズを決め一言。
「ふっ、俺の話を真に受けるほうが馬鹿なんだよ」
「はいはい、いいから帰るよ」
……だが、続きはだよもん星人によって不可能となってしまったようだ。
「おいっ、これからが盛り上がる場面だというのに引っ張るな〜」
「あ、そうそう、住井君のことは佐織に任せてあるから」
「人の話を……」
「……え?」
ふたりして思わず途切れる声。
「それじゃ、がんばってね〜」
必要以上ににこにこしている長森に俺はこれ以上声をかけることができず、あっけにとられたような表情の住井を残して教室を出ていったのであった。
あの後、何が起こったのか分からないが住井はしぶとく留年の危機を乗り越えた。俺はいうともちろん楽勝だった。
「うそだもん」
「いちいちつっこむな長森」
「普段からもう少し真面目にね……」
「ちゃんとクレープを奢ってやるから」
「分かったよ」
「…………」
「……え? どういうこと? 俺が追試??」
で、結局、沢口だけが落ちたらしい。理由はふざけたことに自分の名前を書く欄に南と書いたせいだ。
まったく馬鹿なやつだ。受けを狙うならもっと徹底的にボケないとな。
「だから俺は南なんだってばあああ!!! 第一今までのテストではなにも言われなかったじゃないかよおおお!!!」
「んあ〜、追試は1週間後だからな〜」
「うわあああああん!!」