「さあ飲め折原、今日は無礼講だ」

「そうだ、遠慮せずに飲め」

「……ふむ、無礼講か、ならば聞いておきたいことがある」

「なんだ?」

「……なんでお前らパジャマなんだ?」

 

 

 ぱじゃまぱーてぃ

 

 

「女もすなるパジャマパーティといふものを漢もしてみむとてするなり」

「……なんで土佐日記なんだよ、さらに言えばなんで漢なんだよ」

「すまんな、俺の溢れる教養がそうさせてしまうらしい」

 わざとらしく髪をかき上げる姿がすっごく似合わないやつだ。こいつらはいきなりひとんちに押しかけてきていったい何がしたいんだか。

「だったらこの前のテストで赤点なんかとってんじゃねえよ」

 とりあえずの俺の一撃で住井は沈没した。おおっ、ふらふらしているぞ。

「ふっ、学校教育などという矮小なリトマス試験紙で俺の知性が計れるものか……第一お前だってそうだろうが」

 立ち直りの早いやつだな。そのままコンビニのビニール袋の中に埋もれてればいいのに。

「甘いな、俺は赤点なんかひとつもないぜ」

 これは本当だ、平均点に達してない教科がいくつかあるのは事実だが、赤点になるほどひどくはない。まあ、自慢にはならないが。

「くそっ、長森さんに泣きついたなっ! 卑怯なやつめっ!」

 夜中に叫ぶな、近所迷惑だろうが。

「別に泣きついたわけじゃない、あいつが勝手に人の世話を焼くんだ」

「……改めて確認した、やはり俺はお前が大っ嫌いだっ!!」

「だったら今すぐ帰れ」

「なおさら帰れるかっ!」

 どういうことだ? 気になる一言に聞き返そうとした時、隣りから蚊の鳴くような声が聞こえてきた。 

「頼むから俺にも喋らせてくれ……」

 情けない顔で口を挟んでくる。そういや、なんでこいつまで来たんだろう、なぞだ。

「いたのか、沢口」

「だからお前はだめなんだ、そういう消極的な態度が里村さんに通じないというのが何故分からない」

 さっきまでのいがみあいはさておき、綺麗な連携を決める俺達、友情とはいいものだな。

「ううっ、ステレオで俺の存在を貶めやがって……」

 沢口は悔しいことに赤点という言葉に無縁の男だ。それくらい言ってやってもばちは当たるまい。決してひがみでもなんでもないぞ。

「まあ、住井の知性うんぬんはどうでもいい……もうひとつ聞きたいことがある」

「ほう、なんなりと言ってみろ」

「そこにあるのはなんだ?」

 ビニール袋に紛れて透けて見える奇妙な物体に俺の危険感知器が警報を発する。本当は触れたくもないがここは聞いておかないとやばい。

「分からないか……ネグリジェ、女性用の下着、みたいなものだ」

「……それは分かる、何故ここにあるんだ?」

「お前を酔っぱらわせた後にそれに着替えさせ恥ずかしい写真をとったあげく脅迫材料に使おうと思って……どうして殴る?」

 頬を押さえた住井が信じられないものを見るような目で俺を見る。俺のほうが信じられないのだが。

「普通に考えれば分かるだろうが……やっぱり帰れ」

「はっはっは、固いこと言うなよ折原君、僕と君とは親友じゃないか、なんなら僕たちはずっと友達だよねってエンディングで言ってあげてもいいんだよ? ん?」

「いらん」

「そう言うなよ、お前の品物って結構高値で売れるんだぜ、きっとこの写真なら5000……10000はくだらないだろうな」

 そんなものを抱えて満足そうに笑うな、と言うより気になるセリフが出てきた……高値で売れるだと?

「あっ、まさか!! ズボンがなくなったのは?!」

「あれは確か上級生が落札したんだったかな?」

「貴様〜!! 返せっ! 俺のお気に入りだったんだぞ!」

「何を言うか、利益の一部はしっかりと還元してやったじゃないか」

 ぐっ、まさかこの間のゲーセンでのことは。やけににこにこしながらおごってくれたからおかしいとは思っていたんだ。

「ううっ、俺を置いて盛りあがりやがって……こうなったら一人で飲んでやる」

「勝手に飲むな沢口」

「だからお前はだめなんだ、そういう独り善がりな態度が里村さんに通じないと何故分からない」

「……もういい」

「勝手にすねるな沢口」

「だからお前はだめなんだ、そういうこらえ性のない性格が里村さんに通じないとなぜ分からない」

「俺は沢口じゃねえ……」

「勝手に逆切れするな沢口」

「だからお前はだめなんだ、そういうガキ臭いふるまいが里村さんに通じないとなぜ分からない」

「お前ら、そんなに俺をいたぶって楽しいか?」

「うん」

「すごく」

 即答する俺達。ここまで息のあう奴はいない、さすがは俺のべすとばっどふれんど。日本語で書くとAKUYUU。

「友達がいのないやつらだ……」

 なぜか沢口はふてくされながら横になってしまった。

「まあ、冗談はこれくらいにしておいて……そろそろ沢口くんの里村さんゲット計画をスタートしたいと思います。意見のある人は手を挙げてください」

「はいっ」

「折原くん、どうぞ」

「無駄なことはやめた方がいいと思います」

「正論を言われても先生困ります」

「お、ま、え、らっ!!」

「はっはっは、深夜に騒いだら近所迷惑だぞ」

「うむ、だからこの首を絞める手を放すべきだと思われる」

「うるさいっ!! 殺すっ!!」

 うわ、目が血走っている。人生に余裕がないとこの先生きていけないぞ沢口君。

 大人しく首を絞められるうちにだんだん腹が立ってきたので、住井と協力してあのネグリジェを着せてやることにした。

 そして爆笑。

「ぶははははっ!!」

「く、くるし……」

 ノリで着せた割には似合っているし。

「下に見えるトランクスがセクシーだぞ……にしてもうくくくく」

「ううっ、もうお婿に行けない……」

 ハンカチをくわえるともっと似合うと思われる。

「いやあ、その姿を見たら嫁さんにはなれるかもしれないぞ、やったな、永久就職だ」

「うわああああん!!!」

 なぜか沢口は泣きながら部屋を出ていってしまった、あの格好のままで。

 そして数分の沈黙ののちに。

 ピーポーピーポー。

「通報されたな」

「そうみたいだな」

 閉めた窓から聞こえるサイレンの音に意味もなく手を合わせる俺達。

「これでまた里村さんから遠くなったな」

「大変だなあ」

 すでに他人事を装う気まんまんの俺達であった。

「沢口の新たな人生の門出を祝して乾杯」

「乾杯」

 アルミ缶をかち合わせ豪快に浴びる。

「……ところで、ネグリジェはあれだけじゃないんだろ?」

「まあな、奥の手は最後までとっておくのが……はっ?! くうっ、折原! 見事な誘導尋問だな」

 アルミ缶を投げ捨て愕然と立ちあがる住井、見事も何もないような気がする。あとちゃんと掃除しておけよな。

「俺もこんなにあっさり答えるとは思ってもみなかったぞ、ようするにお前がただ間抜け」

「くうっ、見事な〜り〜、さすが我が最大のライバルっ!!」

 認めたくないようだな、おっと証拠品を押収しておかないと。

「没収」

「そうはいかん! 手にいれるためにかなり苦労したのにおめおめと奪われるわけにはいかんっ!」

「お前に持たせていてはろくなことにならんわ!」

「浩平、近所迷惑だから……ってそれなにっ?!」

「ぐあっ?!!」

 いつのまに帰ってきてたんですか、というよりいたんですか?

「まさかひとつ屋根の下の甥がこんなことに……」

「あの〜、誤解ですよ?」

 はっきり言ってお互いに絡み合っているようにしか見えなかった。しかも手にしているのが下着である。

「問答無用!! あんたたちここに正座っ!! 大体あなたは……」

「はあ……」

「え? 俺まで……?」

 由起子さんに怒鳴られ、泣かれ、この日のことは記憶から消したい日ナンバーワンとなった。もうぱじゃまぱーてぃなんかこりごりだ。

 それと、留置場で一晩宿泊したあとようやく解放されたらしい、沢口はちょっぴり人間不信になって帰ってきた。

 

 

 

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