これからもよろしく
「ぶ〜っ、浩平お兄ちゃん遅いよっ! 女の子を待たせるなんて最低の人がすることだよっ!」
なつきはちゃんと時間通りに来たっていうのに、あれだけ着て行く服について悩んだりしたのに。それに時間通りに来るように散々言ったはずだよね。だからいつもよりきつくなっちゃう。ようするになつきたちはこれからデートをする予定なのです。
「いや〜、悪い悪い。持病の癪のせいで道の真ん中で五体投地をするはめになってな。通りすがりのばあさんには病院を勧められるし、まったくもってもてる男というのは大変だな」
浩平お兄ちゃんはいつもそうやって誤魔化そうとするから、なつきも慣れたもんだよ。でもそのたびに出てくるため息は何なんだろうね。
「どうせ寝坊したんでしょ……いっつも変な言い訳するんだから〜、たまにはちゃんと謝ってくれてもいい気がするなぁ」
なつきが髪を切った時なんかなつきだと思ってくれなかったもん。その時も適当にごまかさちゃったし、なつきが許しちゃうからいけないのかもね。今日はびしっと言ってあげないと。
「ちゃんと謝ってもいいかげんに謝ってもなにかを奢らされるのは決まりなんだから別に構わないじゃないか。なあ、なっつ」
「気分の問題だよっ! ……ところでなっつってなに?」
いつも唐突に変なことを言う人だから必要以上に身構えちゃう。どうせたいしたことじゃないんだろうけど、こうやって人を疲れさせちゃう才能は凄いとなつきは素直に思うよ。
「ん? 今思いついたお前のニックネームだが、不満ならなっちと呼んでやってもいいぞ」
「それは別方面からお怒りの電話がじゃんじゃんかかってきそうだからだめ」
ほんとにとんでもないことだよ、ぶるぶる。
「ん〜、じゃあなっぱ」
「断固拒否! なつきは女の子だし禿げてもいないよ! 大体なんでいきなりニックネームなんだよ」
こんなに可愛い女の子を捕まえてそれなの?
「こんなに仲良くなったのにニックネームひとつないのはおかしいだろってことで、昨日はお前の名前を考えていて徹夜しちまったかな」
「……さっき今思いついたって言ったよね」
「そんなこと言ったっけ?」
それにしても分かってないよね。
「あのねえ、別にニックネームもコードネームも欲しいなんて思ったことはないよ、なつきは自分の名前を気に入っているんだから、浩平お兄ちゃんもなつきのことちゃんと名前で呼んで欲しいな」
「ううっ、けなげな妹だなあ……正確には妹じゃないけど」
「細かいことは気にしないで」
でも確かにこれからを考えるとお兄ちゃんはやめた方がいいかもね。いずれはなつきのことを……ふふふっ。
とと、こんなはしたなく笑うようなまねはしないようにしないと。
「いい子にはお兄ちゃんがサバみそジュースオレンジ味を奢ってやるからな」
「……激しくいらない、そんなのどこで売ってるんだよ……」
「俺の脳内で」
「……なつきからもいっぺん病院に行くことをお勧めするよ……」
「なんだその疲れきったような顔は」
真面目に言ってるのかな……。
「なんだか帰ってきてから変わってしまったような気がするよ」
出会ったころはなんていうかもっとシリアスがかっていたというのかな、素直にかっこいいなって思えたんだけど……永遠の世界に行くとそうなっちゃうのかなあ。
「ん、俺は昔っからこんなだぞ、長森にも変わらない男だって誉められたくらいだからな」
「それ全然誉めてないよ」
きっと今のなつきみたいにため息をつきながら言ったんだろうね。
「なんてことだ!! 俺は幼なじみからも裏切られたってことなのかっ!」
「ええと裏切るとかそういう問題じゃあ……って、こんなくだらない会話をしている場合じゃないよっ、思いっきり時間の無駄だよっ!」
「ふふん、俺は身をもって無駄を楽しむ必要性をなつきに教えているわけなのだよ」
「よくもまあそんなでたらめがすらすらでてくるよね……でも今日の目的は何だったか覚えてる?」
「はっはっは、俺がそんなことを覚えているはずがないだろ」
はあっ……分かっていたけど。
「……早く行かないと映画が始まっちゃうよ……上映時間は決まっているんだから遅れたら大変なことになっちゃう」
これを逃したら次が7時になっちゃうはず。そのあと映画を観るなんてことになると家に帰るのがすっごく遅くなっちゃうからなあ、お母さんに怒られちゃう。
「おっと、渡す物があるのをすっかり忘れていたぜ」
急にポケットを探り始めてなにやってるんだろ? と、なつきの見ている前で取り出されたのは。
「ええっ?」
これって今から見る映画のチケットだよね。
「なんか知らんが偶然手に入ってしまったからな、ふたつ持っていてもしょうがないからひとつなつきにやるよ」
浩平お兄ちゃんはお兄ちゃんじゃないけどとってもお兄ちゃんだよ……ちょっと現金だったかもね。
「現金なやつだな」
「うっ……」
言われちゃったよ……でもこんな予期していないところで優しさなんて見せるからいけないんだよ、まったく。
「あ〜、早く行かないと間に合わないよ〜っ」
「おいおい、そんなに引っ張るなよ」
そう言いながらもなつきの手をしっかりと掴んでくれて、なつきはとてもうれしかったんだよ。