今、そこにある危機
……おかしい。
「あの……」
「ん?」
おかしいと言っても茜の様子がおかしいのであって、別に笑えるような出来事があったわけじゃないぞ。
それどころかなんだかぞくぞくっと寒気がする……。
「……浩平」
「ん?」
またその表情だ。せっかくのデートだというのにテンションが下がること下がること。初めのうちは嬉しそうだったんだけどなあ、どうしてだろ?
デートと言っても茜の作ってくれた弁当を食べながら公園でぼーっとするくらいなんだけどな、この分だと膝枕は期待できそうにもないな。
「……もしかして忘れてしまったのですか?」
「何をだ?」
忘れた? 茜のスリーサイズならばっちりのはずだが……いや、クリスマスに服をプレゼントしようとしたときに柚木から教えてもらっただけだ。
あの時の代償は高くついたな……。
「もういいです」
「怒っているのか?」
俺の言葉にさらにむっとしたようだ。他人にはなかなか分からないだろが、付き合いを続けるうちに微妙な変化に気がつくようになったわけで……。
言わせてもらえば茜ってやつは結構表情豊かだ。非常に分かり難いけどな。で、問題はこういう時にどうやって機嫌を取るかなんだが、その原因がなあ。
「怒ってなんかいません」
いえ、思いっきり不機嫌そうに見えます。
「俺、ひょっとして何かした……しましたか?」
「もういいです」
むう〜、完全にへそを曲げてしまったみたいだ。こうなってしまってはしばらく様子を見るしかないだろうな、誰かに救いを求めるわけにもいかないしなあ。
しかし、黙りこんでいる茜からやばいオーラが見えるんですけど……。何か約束でもしてたっけ? この前会った時には……う〜ん思いだせん。
なんとかしないと、なんとか……。
「あははっ、相変わらずだねえ、おふたりさん」
「詩子……?」
「何しに現れやがったっ……いや、よく現れてくれやがりました」
いつもならお邪魔虫でしかないこいつだが、今日に限ってはありがたい。このままふたりっきりでいるのは生殺しに近い状況だからな……それともさらに油を注がれるんだろうか? でもこの状況は柚木にも……いや藁にもすがりたいところだしなあ。
「おめでとう〜、茜ちゃんはいくつになったのかな?」
「私は詩子と同じ学年です」
「そうだったね〜」
……え? それってつまり?
「あははっ、折原君ったら何変な顔してんの、今日は茜の誕生日じゃない、だからそろそろ離婚の時期かなあと思って親友の詩子さんが相談にのりに来てあげたんだよ〜」
「縁起でもないことをっ! ……エ? ……タンジョウビデスカ? アカネサンノ?」
ぎぎぎっと首だけを曲げて茜の方をちらり。
「その通りです」
あう、そうだったのか……。
「あれえ? 折原君忘れてたの? だめだな〜、こんなことじゃ茜の恋人失格だよ〜」
「ぐっ、くそぅ」
くやしいが何も言い返せん……って、あれ?
「はい、あたしからのプレゼント、今の茜に一番必要なものだよ〜」
「ありがとうございます……開けていいですか?」
「ん〜、後にしたほうがいいと思うけど」
「なんだそりゃ? あやしいな? って、柚木、お前確か前に」
「それじゃ、あたしの誕生日もよろしくね〜」
「あ、おい、柚木っ?!」
……逃げられてしまった、妙だぞ、今日が茜の誕生日だとすると。
「……う〜む」
「浩平……」
……って、今はあいつの事を考えてる場合じゃなかったんだ。
「わ、悪かった、でも悪気はなかったんだ! ほんとだぞ」
「許してあげません」
「ぐあっ、そこをなんとか、なっ?」
「だめです」
「ぐう……」
「ひどいです……信じていたのに……凄く楽しみにしてて……それなのに」
「あうああうあうあうああ」
混乱して言葉にならない。
「これからだと思っているのに……幸せは長く続かないんですね……」
「すまなかった、ほんとに悪かった!! どうにでもしていいから許してくれっ!」
「また振られてしまったんですね……」
「があああっ!!?」
「ああ、あの空き地が恋しいです」
「知らなかったんだっ! 茜の誕生日は5月7日だとばっかり思っていたんだ」
「……今、なんと仰いました?」
「……へ? だから茜の誕生日を5月7日だと」
「その日は詩子の誕生日です」
「……柚木の?」
「……そうです」
「……前日に茜へのプレゼントを買いにいこうと誘われたのは?」
「……おそらくだまされたんだと思います」
「あ、あああのやろおおおお!!! だましやがったなあああ!!!」
くっそ〜〜! やはりそういうことだったんだな、何かおかしいと思ったんだ! 柚木のやつ、今度会ったら必ず仕返ししてやるからなっ!
「……ところで、浩平は確か去年の私の誕生日にぬいぐるみを贈ってくれましたよね」
「……おや?」
そう言えばそうでしたね?
「…………」
「あ、茜さん?」
「はあっ……もういいです、許してあげます」
「ほっ、本当か」
よかった、最悪の事態は避けられそうだぞ。
「許してあげますし、さらに甘いものを食べたらますます機嫌がよくなると思いますよ」
……まあ、それで済むなら安いもんだ。
「あのワッフルでいいのか?」
「それと、浩平も一緒に食べてくれるのならば言うことありません」
「……あのワッフルじゃなくていいか?」
「だめです」
「……ぐはっ」
「さあ、今すぐ買いにいきましょう」
茜がそう言って手を差し出してくれる。一時はどうなるかと思ったけど、これでいいのかな?
「ところで柚木のプレゼントとはなんだったんだ? ……何故そこで顔を赤くする?」
「聞かないでください……どうせ使うことになるんですから、浩平が」
「……はい?」