愛なんていらねえよ、なつ……き

 

 

「じゃあね、なつき」

「うん、また明日ね」

 分かれ道で手を振って友達を見送る。

 今日もたわいないお喋りをして、お弁当を囲んで、宿題を教えあったりして、本当に有意義な一日を過ごせたよ。

 それもこれも、みんなお兄ちゃんのおかげなんだよね。あ、お兄ちゃんといってもなつきにはふたりいるんだけど、この場合は浩平お兄ちゃんの方ね。

 浩平お兄ちゃんには何回ありがとうって言っても足りないよ。

 ……でも、もう言えないんだけどね。

「もう一度でいいから遭えたらなあ……って夕焼けは答えてくれないか……これからなにしよう?」

 う〜ん、お小遣いがピンチだから甘味屋さんにも行けないし……立ち読みでもしておこうかなあ? 気になる漫画の新刊はいつ出るんだっけ? 

「あ、観たいテレビがあったんだ、真っ直ぐ帰ろうっと」 

 その時、駆け出そうとしたなつきを呼びとめる声がしたんだ。

「あの……」

「え?」

 声のした方を見てみると、なつきよりちょっと年上の感じがする女の人がかばんを手にして立っていた。気のよさそうな笑みを浮かべているけど道にでも迷ったのかな?

 あれ? でもこの制服ってあの学校のだよね。とすると、こんな綺麗な人がなつきに何の用なんだろう?

「清水なつきさん……だね」

 え? なんでなつきの名前を?

「そ、そうですけど」

 動揺したままなつきがうなずくとその人はすうっと近づいてきて、

「お前か〜!!! お前のせいで浩平がああ!!!」

 いきなりなつきは首を締められました。

 

 

「げほっ、げほっ……うう〜、あんなこと言われたって〜」

 まだ首が苦しいよ……絶対後であざになって残っちゃうよ。さらに振り回されたから頭に血が上ってるし……。

「いい! 浩平がいなくなったのはあなたのせいなんだから絶対に連れ戻して来るんだよ!!」

 って、言われたけど……。

「無理だよねえ、いなくなった人間が戻ってくるかなんて分からないのに〜……でもあの時うんってうなずかないと何されるか分からなかったしなあ……どうしよう?」

「君は僕と同じ目をしているね」

「……は?」

 ……今日はなんだかよく人に呼び止められるような気がするよ。

「どうやら驚かせてしまったようだね。僕は氷上シュン、彼と同じ学校に通っている人間だよ、まあ見知らぬ友親友ってところかな」

 確かにその制服には見覚えがあるけど。なんだかナルシスチックで近づかない方がいいってなつきの勘が力いっぱい叫んでいる。

「それがなにか?」

 ええと、このままうまくフェードアウトするにはどうしたらいいかな……?

「君が悩んでいることについてヒントをあげられるんじゃないかなと思ってね、僕も彼がいなくなるには惜しいと考えているからさ」

「あなたって変な人?」

 あるいは変な宗教にはまっているとか。まあ、見た目がいいから広告塔にでもすれば若い女の人がたくさん入信しそうではあるよね、なつきはいやだけど。

「そういう言い方はひどいなあ……君だって、彼と同じ立場になりかけていたかもしれなんだよ」

「ど、どうしてそれをっ?!」

「K○Dの掲示板を見れば誰だってわ」

「そっちなの?! あああ、それ以上は言わないでよ〜」

 なつきが悪いんじゃないのに。

「まあ、無駄にトラウマをつつく必要もなかったね、で、これから僕の話に付き合う気はないかな?」

「う〜っ」

 悩んでみたものの、なつきにはうなずくことしかできなかったよ。これからどうなるんだろう、はあっ、気が重いなあ。 

 

 

 なつきが連れていかれたのはあんまり人のいない公園だった。

 一緒に歩いていたわずかな時間だけどどうやら悪い人ではなさそうだね……変な人ではあるみたいだけど。

 彼に勧められるままベンチに腰掛けると、彼も少し離れて腰を下ろした。

 こうやって黙っていると悪くないんだけどなあ……浩平お兄ちゃんとはまた違った魅力があるようだね。

「怪しい路地裏にでも連れていかれるかと思っていたよ」

「僕にもプライドはあるからね」

「……どういう意味かな?」

「まあ、話を始めようじゃないか」

「……誤魔化そうとしてる?」

 なつきがいくら睨んでもまったく表情を変えないんだよね、でもいつまでもこうしてはいられないし、はあっとため息ひとつついて話を進めるよう促そう。

 そうしたら彼は一転してシリアスな表情になってなつきは思わず息を飲んじゃったよ。なんかずるいね、女として許せないものが……。

「いいかな?」

「あっ、ごめんなさい」

 うんとうなずいて、彼は話し始めた。

「昔の話になるけどね、折原浩平にはみさおっていう妹がいたんだよ、そして彼はその妹を凄く可愛がっていた、妹さんも幼いながらその兄のことを慕っていたようだよ」

 へえ、そうなんだ〜。

「……いた? それってもしかして」

「君にもお兄さんがいたそうじゃないか……ああ、悪い悪い、まあ、ご明察の通りしばらくして妹さんは病気で亡くなってしまったそうだけど、彼はそれを認めようとはしなかった」

「うん、よく分かるよ」

 確かになつきと似ているよ。でもなんでこの人が知っているんだろうって聞いちゃいけない感じ。

「彼もまだ幼かったからね、その悲しみに耐えることができなかったんだ。そんな折り、彼は一つの約束をしたのさ、永遠の世界とのね」

「永遠の世界?」

「うん、彼にとってはいつまでも妹が生きている世界……君の場合はお兄さんが生きている世界のことかな?」

「そんな世界って……」

 ありえないって言わせない彼の言葉の力強さになつきは口をつぐんだ。

「ん? 君だって一度くらいは願ったはずだろ? お兄さんが生きて欲しいって。そんな世界が不思議なことに存在するのさ。まあ、そうすると彼は永遠の世界ってところに連れていかれるのだけど、なぜか約束はすぐに果たされなかった」

「そんなことがあるの?」

「永遠の世界に連れていかれること自体めったにあるわけではないし……そんなにぽんぽん人が消えていたら大変だろ?」

「う〜ん、そうだね」

「そして彼が成長し、君に出会った時から始まった……いや、終わったと言ったほうが正しいか。永遠の世界は彼を迎えたわけだけど……その過程として君が重要な役割を果たしたのは間違いないね」

「なつきが?」

「帰ってこないのは、彼は君と妹さんを天秤にかけて向こうを選んだからだろう。付き合っていくうちに彼はこんな眼鏡の面倒を見ることに嫌気がさして実の妹へ逃げたわけなんだ、言うなれば君に魅力がないから彼は帰ってこないのさ」

「なるほど〜……って違うよ!! 浩平お兄ちゃんは私をこの世界に引き止めるために自分を犠牲にしてくれたんだよっ! 他のヒロインはなつきみたいに他の世界に救いを求めたわけじゃない、そんななつきを元の世界に留めるには……」

「ほら、解決方法が見つかったじゃないか」

「へ?」

「君が彼の代わりに永遠の世界に行けばいいんだよ、大丈夫、どうせ君がいなくなったって悲しむ人間なんていないから」

「……そういう問題じゃあ」

「ふっ、心配いらないよ。痛みなんかまったくないし、あれって思った時にはすべてが終わっているから」

「だ、だから……」

「君の大好きなお兄さんが向こうで待っているよ」

 え〜ん、なつきは一体どうなっちゃうの〜?

 

 

「……こうなっちゃうんだね」

 彼らの攻撃は執拗だった、『ら』っていうのは浩平お兄ちゃんを慕っている人がたくさんいたということなんだけど、なんで女の人ばっかりなの? もっと誠実な人だと思っていたのになあ。

 なつきはもちろん消えるなんて嫌だったけど、どうしてか、なつきの味方をしてくれる人がいなかった。ほんとにどうしてって言うくらいなんだけど、なんでかなあ。

 そしてとうとう哀れなつきはこの世界から消え……。

 ……あれ?

「……まさか返品されるとはね」

 目の前にはなつきと同じように呆然と立っている氷上っていう人。

「返品って人をなんだと……」

「う〜ん、こんな結末を迎えるなんて思わなかったよ、誰も待っている人なんていないのにこの世界に帰ってくるなんて」

 この人が悔しがっているのを見るのは悪くないけど、それ以上に気になることが……。

「どうしてなんだろ」

「ん?」

「既に先客がいたんだけど」

「先客?」

 彼の眉がぴくんと跳ね上がる。

「うん、お兄ちゃんの恋人だった人、最近見ないなあって思ったらまさか永遠の世界にいたとはね」

 多分理由は同じなんだろうけど、目があった瞬間に追い返されちゃったよ。

「ほほう? それは興味深い情報だね、考察に値するよ」

「まあ、確かに向こうにいるんだったらなつきが忘れててもおかしくないよね」

「つまり君は、実のお兄さんへの気持ちすら負けていたと」

「し、しかたないじゃないかあ、だってなつきと血が繋がっているんだよ!!」

 うわその薄ら笑い、すっごくむかつく。

「ああ、それは嘘」

「うううううううううそおぉ?!」

「うん、調べてみたんだけど、君のお兄さんは幼い時に清水家に引き取られてきたんだよ」

「……なんで、あなたがそういうまねをするんですか?」

 その前に勝手な設定をこじつけるのはよくないと思うんだけど。

「有効な情報を手に入れるには手段を選んではいけないってことさ」

「いや、そんな自信たっぷりに言われても……」

 困るって言いかけようとしたけど、なつきは言葉を失っちゃった。

 だって、

「あれ? ここはどこだ?」

 目の前にはいつのまにか、

「浩平お兄ちゃんっ?!!!!」

「あ、なつき? あれ?」

 ぼけっとしてるけど、やっぱりここにいるのは間違いなく、浩平お兄ちゃん。

「今日は信じられないことばかり起こるよ、神様もいたずら好きだね」

 どうやら彼も驚いているみたい、どうして帰ってきたんだろ。ううん、理由なんていらないよね、浩平お兄ちゃんが帰ってきたんだから。 

 それにちゃんとなつきのこと覚えてくれてたんだね、うれしいよ。

「こ……」

「やあ、初めまして、折原君」

 あれ?

「あ、ああ……ええとあんたは?」

「僕は氷上シュン、君との永き友情を暖める人間のひとりだと思ってくれればいいよ」

 あれれ? 感動の再会シーンは?

「そ、そうなのか?」

「まあ、僕のことはともかく彼女たちに感謝することだね、彼女たちがいなかったら君はここに戻ってくることはできなかった、永遠の世界も悪くないかもしれないけど、変化に富んだこの世界も大事にするべきだと思わないかい?」

 あれれれ? 散々なつきに嫌がらせをしてきただけじゃないの?

「むむむ……」

「ふっ、堅苦しい話は抜きにして行ったらどうだい? 彼女たちも君の帰りを首を長くして待っていたようだよ」

「ほ〜、あいつらが〜」

 あれれれれ? なつきは無視ですか?

「今からでも顔を出してあげれば喜ぶんじゃないかな?」

「まあ、そうだな……確かにその通りなら、うん氷上とやらありがとよ」

「あははは、礼はいらないさ」

 あれれれれれ? 行ってしまいましたよ?

「ど、どういう……」

 あんまりな展開に見送るしかなかったんだけど……この責任はどちらにとってもらえばいいのかな?

「まだいたのかい?」

「……え?」

「彼が戻ってきた以上君にはもう用はないから」

 はい? なんと言いましたかこの男は。なつきに散々迷惑かけておいてそれだけ? 普通なつきに対して謝罪の言葉のひとつやふたつあってもおかしくないんじゃないの?

「利用価値のない君に用はないってことだよ」

「こっ、こっ、この恨みはらさでおくべきか〜!!!

 

 

 ……で。

 なつきはあっさり返り討ちにあったわけで。

 さらに浩平お兄ちゃんはなつきのことを忘れて他の女の人と楽しそうに遊んでいるわけで。

「なんで?」

 なつきシナリオの後日談なんだよね? つまりなつきと浩平お兄ちゃんは結ばれたわけだよね?

「う〜ん、簡潔に言わせてもらうと……」

「言わなくていいよ……それより」

「ん?」

 まだいるんだけどこの人。

「どうしてなつきにくっついて来るんだよ?」

「観察対象として実に興味深いことに気がついたからね」

「……簡潔に言うと?」

「見てて飽きない」

「帰れっ!!」

 な、なつきはこんな結末認めないんだからねっ!!!

「大人しく諦めた方がいいんじゃないかな」

「うるさ〜い!!!!」

 

 

 

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