キッチンにひっそりと

 

 

しゅんしゅんと火をかけたやかんから湯気が立ち昇る。

テーブルに頬杖つきながらそれを眺めているあたし。

ほんとならここでかっこよく料理のひとつでも作ってあげたいところだけど、現実のあたしはそんな魔法は使えやしない。

せめて姿だけでもさまになっているかなと視線を下げれば、エプロンに着られている感じが否めなくて再びがっかり。

どうしてコーヒーを淹れるだけでエプロンが必要なんだろうと、くしゃっと髪をかきあげてみる。

それはちっぽけな見栄を満たすだけだろうか?

湯気にあわせてあたしのため息も揺れる。

くよくよするのはあたしらしくないってあいつは言うけど、ひとりでいるときくらいはいいじゃない。

でもそんな空気をここに残していくわけにもいかないか。

他人の家だけど、この戸棚を開ければお気に入りのカップ。

他人の家だけど、この引き出しを開ければお気に入りのスプーン。

こっそりと置かせてもらったのだけど、あいつは気づいているのだろうか。

あいつの家に行くたびにあたしのものがひとつ増えていく。

そんな楽しみ。

さて、いいかげんに火を止めよう、あいつが大人しく待っていられるはずがないのだから。

少しは待っている人のことを考えられるようになればいいのに……と思うのは意地悪?

コポコポと軽やかな音を立てて注がれるお湯から芳ばしい香り。

インスタントだけど、私が選んできたコーヒー。

あたしは砂糖をこのくらい、あいつはミルクをちょっぴり多め。

またおいしいって言ってくれるかな?

かちゃかちゃなるお盆をおっかなびっくり持ち上げて、さあ行こう。

今日はどんな話をしようか。

階段の向こうで待つあいつを想う。

ああ、こんなにも幸せが溢れているなんて。

でも、次こそはなんでもいいから料理を作ること。

いい? これは七瀬留美への宿題だからね。

 

 

 

戻る