発車オーライ!

 路線バスの乗り方って、その土地土地によって、“前払い”だったり“後払い”だったりしますよね。東京都内は“前払い”の一律料金だから良いんだけど、私の住んでるところは“後払い”なんです。これは、“前払い”でしかバスに乗ったこの事のない人には結構分かり辛いらしく、「後ろのドアから乗って整理券を受け取り、運転手の横にあるボードと自分の整理券の番号を見比べて、前のドアから降りる時に運賃を払う」と言うシステムなんです。“後払い”でバスに乗った事の無い人は、最初絶対戸惑うはずです。私は高校時代バス通学でしたので(と言っても、登校時に駅から学校までで、帰りは歩いて駅まで行ってましたけど……)、結構慣れてるつもりですが、ここでノロノロしてると、運転手さんにジロっと睨まれるか、「後が詰まってますよ。早くして下さい」なんて言われる事もありました。
 私の通っていたC高校は「生徒のバスの乗り方が悪い」と言うので評判が悪く、当然バス会社の人達からも嫌われてました。私達が登校する時は、駅前ターミナルは物凄い事になってしまいます。同じ駅前ターミナル、隣の搭乗場からバスに乗るT高校の生徒達は、仲良く2列に並んでとてもお利口ちゃんでしたが、我らがC高校の生徒達は、そこで“ババァのバーゲン・セール”か“エサに群がるアマゾンのピラニア”の如く秩序を乱し、搭乗場はまるで戦争の様になってしまうのです。
 バス会社の方々も、毎朝毎朝、こんな修羅場を見せられて、気持ちの良いはずがありません。ですから学校に、「C高校の生徒はバスの乗り方のマナーがなってない!」とお叱りの苦情を頂く事もしばしばあった様でした。
 私は高1の時、先輩達と学校でバンドの練習をしてたのですが、学校までドラム・セットを運ぶのに運転免許が無いものですから、バスで運んだ事があります。「俺がスネアとタム、お前がバスドラム、お前がフロア・タムとシンバル・スタンド、お前は………」と言う感じで。バスの運転手さん、嫌な顔をしてたなぁ。バスの中はガラガラだったんだけど、降り際に「ホントは超過料金を取るところだぞ!」って脅かされちゃいましたよ(こんな事で顔が真っ青になってた私達も相当カワイイと思いません?)。まったく、新地のぼったくりバーじゃないんだから、虐めないで下さいよぉ。別にバスの中で「イエ〜!」とか言ってドラムを叩いたわけではないのですから………。
 毎年4月になると新1年生が入って来ますでしょ?すると最初のうち、新1年生は駅からバスに乗らず歩くのですが、何週間か経つと新1年生も「駅からバスで行けば楽だなぁ」と当然の様に気が付くわけですよ。でも、不思議な事に、うちの高校の生徒のほとんどは、バスを使うのは朝だけで、帰りは何故か皆歩くんですよ。だから、定期なんて持ってる奴はいないのね。みんな現金か回数券なんです。きっとどの生徒も、親には「バスの定期買うからお金ちょうだい!」なんて言ってたんでしょうね。でも、新1年生の中には細かいお金を持たずしてバスに乗ってくる間抜けもいるわけです。そう言う子はどうなっちゃうかと言うと、バスの運転手さんにこっぴどく怒られるわけですよ。もしそれが他の高校の子だったらそんな事はしないのだろうけど、何しろうちの学校は嫌われてるわけですから、運転手さんがと〜〜〜ってもイジワルになるわけですよね。
 そうそう、イジワルと言えば、こんな事もありました。私の高校へは駅から2つ目の停留所、「C高校前」って所で降りるのですけど、さっきも書いた通り、このバスには駅では一般の人は乗る事が出来ないんですよね。別におっかないツッパリみたいのがいたわけではないのに、他のお客さんが敬遠しちゃうんですよ、あまりに凄まじい乗り方するもんだから。でも、駅から1つ目の停留所、「ほ○そ○」という所で、通称:“ほ○そ○ババァ”というおばさんが乗って来るから、実際には私達の他に一般人が1人乗ってるんですが……。そんなわけで、私達は「C高校前」にはバスは勝手に停ってくれるもんと思ってるわけだったんですが、それは学生の勝手な思い上がりってモン。社会はそんなに甘くはないんですね。あれは中間試験の日だったので、それぞれバスの中で単語憶えたりしてるわけです。いつものように、録音された女性のアナウンスで「次はC高校前」などと言ってくれてるのに、私達は単語やら何かを憶えるのに必死で、それを無視してたのです。すると、当然「C高校前」は素通りし、「次は○○中学校前」ってアナウンスが流れちゃうんですよ。もう、バスの中は大変!悲鳴は聞こえるはなんだで、ブ〜イングの嵐ですよぉ。後から慌てて、ボタン(当時は緑色のボタンでした)を押してももう後の祭り。結局、次のバス停に着くなり、乗客生徒の一人一人が運転手さんに文句を一言ずつ言いながらバスを降りて、後は学校までダッシュなんです。まるで中間試験前に小手始めとして、保健体育の実技試験があるみたいな疲れ方しちゃいましたよ。ホント参りました。翌日も同じ様にバスに乗って、単語かなんかを憶えてると、またアナウンスで「次はC高校……」と聞こえました。私はこりゃ大変だと思い、緑色のボタンを慌てて押すんです。「ピ〜〜〜ンポ〜〜〜ン!」。運転手さん聞こえたかなぁ?念の為もう1回、「ピーンポーーン」。友達が「おい、2回も押すなよ」と言うので、「バカ!運転手さんが聞こえないと次の停留所からダッシュだぞ!」と言い返してやると、他の生徒達もそう思ったのか皆、「そぉ〜〜れぇー!」と一斉にボタンを押し始めたのです。バスの中は、「C高校前」でバスが停るまでピンポ〜ンと鳴り続けました。停留所で停ってくれたので、ホッとしてバスを降りる時に運転手さんの顔を見ると、昨日と同じ人でした(だいたい、いつも同じ人だったのですが……)。それから或る女生徒が「やだぁ〜、運転手さん顔こわ〜い!ゴルゴ13みたいよぉ」と声を掛けて降りて行きました。私は、「ン〜〜、たしかに……。ウチの女生徒は上手い事言うなぁ」なんて思って感心しました。
 何故か知らないのですが、私達がバスに乗る時って、後ろの方は3年生、2年生が真ん中、でもって1年生は前ってなってましたね。ある朝、バスを降りる時に前の方がもたついてるので、後ろから覗くと、新1年生が5百円札(懐かしい〜)を手に持って半べそをかいて突っ立ってます。どうやらこの間抜けは、小銭を持たずしてこのバスに乗った様です。でも、それにしても可愛そうに……。バスの運転手さん、この新1年生をバスから降ろそうとはしないんですよ。「バスに乗る時は細かいお金を持って乗るのが常識だろ?お前の学校じゃそんな事も教えないのかぁ?!エ〜!?」って凄んでます。ウチのガッコじゃ、方程式は教えてもそんな事は教えないんだよぉ〜っだぁ……って言ってやろうかと思い、運転手さんの顔を見ると、「あ〜っ!ゴ・ゴ・ゴルゴぉ!」……でした。それでも私は勇気を振り絞ってゴルゴさんに「い〜じゃねぇかよぉ〜、くずしてやれよぉ〜」と弱々しく言うと、ゴルゴの顔は大魔神へと変わって行きました。う〜、こわぁ〜。私、大魔神観ると夜一人でおしっこに行けなくなっちゃうんだよなぁ。結局、あの1年生はどうなったのでしょうか?私はその日学校が終ると、私の少ないお小遣いを全て1円玉と5円玉に両替しました。だって、明日は我が身。細かいのないと怒られるんだもん、ゴルゴさんに。翌日バスに乗ると、私は友達の何人かに、彼らが嫌がるのに、「おい、お前も両替してやるよ」と言って無理やりバス代を両替してやりました。当時はバス代は70円でしたので、それが全て1円玉と5円玉でしたら、あの運転手さんはきっと「ゴルゴォ、細かいのうれぴー!」とか言って喜ぶんじゃないでしょうか?友達が「お前から降りろよ」って言いますもんで、私は降りる時に「細かいの行きまぁ〜す!」と言って、はりきってお金を運転手さんの横の機械に入れました。続く友達達も次々に入れますと、その機械はついにゴボゴボと音を立て詰まってしまいました。私は怖くなり、そこから教室までを100m8秒台位のスピードでダッシュしました、「これで暫くは大好きなバスに乗れないかも……」って後悔しながら…。


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