喧嘩は嫌い

 私が中学生の頃と言うのは、“ツッパリ”とか“硬派”なんつうもんが流行ってた時代でございます。で、私はどうだったかと申しますと、その時代の波に見事に乗り遅れた、いわゆる“ひ弱”な“軟派”、しかも口とカッコばっかりと言う、まるで“ロックを演る為に生まれてきた”って感じの少年でした。
 ツッパッてる奴等の中には、当然私の様な男を見てるだけで殴りたくなると言う奴がいても、それは別に珍しい事ではなかったのであります。
 私は中学1年の1学期は剣道部とブラスバンド部に所属しておりました。ブラスバンド部は私が音楽がやりたかったから入部したのですが、剣道部につきましては、小学校の時に剣道を習っていたせいで、強制入部と言うわけで籍がおいてあったのでした。

 さて、私の事を殴りたい男と言うのは、その剣道部にいたわけではありませんでした。少なからずとも、私は剣道部の先輩方に可愛がられていたので、私の事を殴って泣かしたりなどしたら、それなりに大変な事になったかもしれません。
 私を殴りたい奴とは、同じ学年の余所のクラスの男で、名前はもう忘れてしまったのですが、仮にA君としておきましょう。なんですか?そんな奴やっつけちゃえばいいのにって?じょ、冗談じゃありません。私は腕っぷしにはまるで自信が無いのでございますよ。とくに、中学1年生の時は、身長146cmだったんですから。ま、そんな小さな私を殴りたいんですから、そのA君も大した男ではなかったのかもしれませんけどね。でもA君、聞くところによれば、空手をやってるって事です。いやあ、参りました。私も変なのに目を付けられちゃいました。

 ある日の放課後、私と剣道部のHが一緒におりましたら、A君が突然私のところに詰め寄って来ました。
 「おい、安田ぁ!後で体育館の裏へ来いよぉ!わかったなぁ!」
なんて高圧的な態度でしょう!つい、その高圧的な態度に押しきられ、私はノコノコと体育館の裏へ行ってしまうのでした。するとA君が4人くらいで待ち伏せしてました。私は、何故A君が私の事をそんなに目の敵にするのか考えてみましたが、いくら考えても目の敵にされる理由が思い浮かびませんでした。A君は顔を真っ赤にして怒っています。困っちゃうなぁ〜、もう……。こんな可愛い私が、君にいったい何をしたというのですかぁ?
A君:「おい!ヤスダァ!てめえ!!コノヤロー!!」
私 :「………(何怒ってるなだろう?怖い奴だなぁ、4人も連れて来ちゃって。こっちはHと2人だけだぞ!)」
A君:「おめえ、なんで俺の事“シロブタ”って呼ぶんだぁ、コノヤロー!」
私は普段、A君の事を「お〜い、シロブタ!」って呼んでた事をすっかり忘れてたのでした。
私 :「だって、俺、お前の名前知らないんだもーん」
A君:「だからって、なんでシロブタって呼ぶんだぁ、コノヤロー!」
私 :「だって、お前、白いじゃん」
A君:「だからってテメェ、俺の事シロブタって呼ぶんじゃあねえよぉ、コノヤロー!」
私 :「お前、さっきから同じ事ばっかり言ってるぞぉ〜」
A君:「うるせぇ、コノヤロー!シロブタって呼ぶんじゃねぇ!コノヤロー!」
私 :「わ・わ・わかったよぉ。で、お前なんて名前だっけ?」
A君:「俺はNだ、コノヤロー!」
私 :「えっ?“N田この野郎”君って言うの?」
A君:「バカヤロー!コノヤロー!ふざけんじゃねぇ!コノヤロー!」
私 :「わかった、わかった、じゃあね、俺、もう帰るから。さよオナラ〜」
A君:「待てよ、この弱虫!コノヤロー、俺とタイマン張ろうぜ」(タイマン:1対1で喧嘩する事です)
私 :「嫌だよ(お前怖いモン)」
A君:「コノヤロー、逃げるのかよぉ、コノヤロー!」
私 :「あのさぁ、剣道部は喧嘩しちゃぁ、い・け・な・い・の!分かった?」
A君:「ウルセー!コノヤロー!そんなの知るかぁ!」
私 :「お前、しつこいなぁ。シロブタって呼ばないって、今言ったじゃないかぁ。それでいいだろ?!」
A君:「ダメだぁ!勝負しろ、コノヤロー!」
私 :「だったら、やっぱりお前をシロブタって呼ばなきゃ、俺が損するじゃんか!」
A君:「………」
私 :「俺、帰るからね!」
A君:「待てよぉ!コノヤロー!勝負しろよ、コノヤロー!」
私 :「俺がなんでお前と喧嘩しないか知ってるか?」
A君:「びびってんだろ、コノヤロー!」
私 :「いや。喧嘩してもいいんだよ、俺は別に」
A君:「よぉーっし!じゃ、今からやんべぇ!」(「やんべえ」=「やろうぜ」)
A君は身長146cmのひ弱な私に対して、自信たっぷりです。あ〜怖ぁ〜。。。。
私 :「お前、正々堂々と出来るか?約束しろよ。じゃないと俺はお前の事を“卑怯なシロブタ”ってみんなに言いふらすぞ!」
A君:「わかったよ。コノヤロー!じゃあ、やんべぇ!」
私 :「まぁ、待てよ。先ずルールを言っとくぞ。殴るのと蹴るのは無しだからな!」
A君:「なんだって!?コノヤロー!それじゃあ、喧嘩出来ねえじゃねえか、コノヤロー!」
私 :「いいかぁ!お前は空手をやってるんだろ?!空手やってるってのは、凶器持ってるのと一緒なんだぞ!」
A君:「ぶつくさうるせえ!ダメだ!俺はどうしてもお前をぶん殴るんだ!コノヤロー!お前も殴り有り、俺も有りだ!それで対等だ!」
私 :「卑怯モン!だからお前はシロブタなんだ!“空手対ナンにもやってない”で対等なわけねえだろ!」
A君:「なにい!?コノヤロー!殴れないんじゃ喧嘩じゃねえだろぉよぉー!てめえ怖いんだろ、コノヤロー!」
私 :「分かったよ、じゃあ空手でもナンでも使えよ!」
A君:「よぉ〜っし!じゃあ、やんべえ!」
私 :「ちょっと、待った!お前!俺はお前に空手を使ってもいいって言ったな?」
A君:「おお!」
私 :「お前は、俺に何か言い忘れてるだろ!」
A君:「……???」
私 :「お前が空手使うなら、俺は剣道を使う!」
A君:「……よし、じゃあ、やんべえ!」
私 :「待てよ、俺の準備がまだだろ!おいH、部室行って木刀持って来てくれ」
H :「オッケー!」
A君:「ちょ、ちょ、ちょっまったぁ!なんで木刀使うんだよ!」
私 :「お前、空手使うだろ?俺も剣道使うんだよ。お前も木刀使ってもいいよ」
A君:「でも、木刀使うの卑怯だろ!」
私 :「バカヤロ〜!木刀無ければ剣道じゃねえだろが!だから言っただろ!空手使わないんなら剣道も使わないって!」

 腕っぷしには、めっぽう自信が無い私は、頭のちょっと悪いA君を詐欺同然の口車でなんとか退け、以後、口先と持ち前のいい加減さだけで、なんとか人生を切り抜ける事にしております。


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