朝の音
2001年10月 
この作品は2000年3月5日に中日新聞サンデー版「みんなの童話コーナー」に掲載されました。
作:さわね たかひろ


 ぼくの家の朝は、ママのひくコーヒー豆の『ゴリゴリ』という音で始まります。
 この音とコーヒーの匂いで、いつも「起きなくちゃ」と思います。ぼくが幼稚園のころから、ずっと同じだとパパは笑います。

  ぼくは、顔を洗ってから、台所のイスに座ります。すると、お湯が『コトコト…』という音をたてます。
 この音が聞こえはじめると、パパが新聞を持ってあらわれてきます。大きなあくびをひとつすると、「おはよう。たかし」と言って、ぼくの頭をぐしゃぐしゃとなでます。ぼくも「おはよー。パパ」と言います。
 パパがテーブルについて、新聞を広げると、今度は、学校の理科の実験室にあるような機械から『ポタ…ポタ…』というコーヒーの落ちる音が聞こえます。
  
 『チーン』
 
  トースターがパンを焼いてくれる音も聞こえてきます。
  しばらくすると、ママがキッチンから顔を出します。
 
 「おはよ」
 
  手にはトーストがのったお皿があります。
 「たかしも手伝って」とママが少し大きな声で言います。
 ぼくもキッチンに行って、トーストのお皿をテーブルに運びます。トーストのお皿を運ぶと、次は目玉焼きがのったお皿です。パパの目玉焼きだけにふたつの目玉があります。
  最後にマグカップです。ママはいつも、「落とさないでね」と言います。ぼくは一回も落としたことはないのに、いつも言います。
 
 『コト』

 
 こぼれないように、ゆっくりマグカップを置きます。
 テーブルにお皿が二枚づつとマグカップが一個づつ並びます。けれど、マグカップの中身が一つだけ違います。

 二つはコーヒーのはいったマグカップです。もう一つは、暖めた牛乳の入ったマグカップです。
 「コーヒーを飲むには、資格がいるのよ」
  ぼくがコーヒーを飲みたいと言うと、ママは必ずこう言います。
  パパは『ズズッ』という音をたてて、コーヒーを飲みます。だけど、ママがコーヒーを飲んでも音がしません。
 ぼくはそれがいつも不思議で仕方ありません。

  「ほっ」とパパはコーヒーを飲むと、息をはきます。ママもつられて、コーヒーを飲んで、「ほっ」と言います。ぼくは牛乳なので、息はでません。
 ぼくもいつか、コーヒーを飲む『しかく』を手にいれて、パパとママみたいに「ほっ」と息をはきたいです。
 けれど、『しかく』っていつになったらもらえるのかな。いくらママに聞いても、にこにこ笑うだけで、教えてはくれません。きっと、教えてくれないのは、突然、ぼくにプレゼントして、驚かそうとしているからなのだと思います。
                                                 おわり