「朝の音」


ぼくの家の朝は、ママのひくコーヒー豆の『ゴリゴリ』という音で始まります。

この音とコーヒーの匂いで、いつも「起きなくちゃ」と思います。ぼくが幼稚園のころから、ずっと同じだとパパは笑います。

ぼくは、顔を洗ってから、台所のイスに座ります。すると、お湯が『コトコト…』という音をたてます。

この音が聞こえはじめると、パパが新聞を持ってあらわれてきます。大きなあくびをひとつすると、「おはよう。たかし」と言って、ぼくの頭をぐしゃぐしゃとなでます。ぼくも「おはよー。パパ」と言います。

パパがテーブルについて、新聞を広げると、今度は、学校の理科の実験室にあるような機械から『ポタ…ポタ…』というコーヒーの落ちる音が聞こえます。
  
『チーン』
 
トースターがパンを焼いてくれる音も聞こえてきます。

しばらくすると、ママがキッチンから顔を出します。
 
「おはよ」
 
手にはトーストがのったお皿があります。

「たかしも手伝って」とママが少し大きな声で言います。

ぼくもキッチンに行って、トーストのお皿をテーブルに運びます。トーストのお皿を運ぶと、次は目玉焼きがのったお皿です。パパの目玉焼きだけにふたつの目玉があります。

最後にマグカップです。ママはいつも、「落とさないでね」と言います。ぼくは一回も落としたことはないのに、いつも言います。
 
『コト』
 
こぼれないように、ゆっくりマグカップを置きます。
 テーブルにお皿が二枚づつとマグカップが一個づつ並びます。けれど、マグカップの中身が一つだけ違います。

二つはコーヒーのはいったマグカップです。もう一つは、暖めた牛乳の入ったマグカップです。

「コーヒーを飲むには、資格がいるのよ」

ぼくがコーヒーを飲みたいと言うと、ママは必ずこう言います。

パパは『ズズッ』という音をたてて、コーヒーを飲みます。だけど、ママがコーヒーを飲んでも音がしません。

ぼくはそれがいつも不思議で仕方ありません。

「ほっ」とパパはコーヒーを飲むと、息をはきます。ママもつられて、コーヒーを飲んで、「ほっ」と言います。ぼくは牛乳なので、息はでません。

ぼくもいつか、コーヒーを飲む『しかく』を手にいれて、パパとママみたいに「ほっ」と息をはきたいです。

けれど、『しかく』っていつになったらもらえるのかな。いくらママに聞いても、にこにこ笑うだけで、教えてはくれません。きっと、教えてくれないのは、突然、ぼくにプレゼントして、驚かそうとしているからなのだと思います。