この作品は平成11年11月24日に中日新聞サンデー版「みんなの童話」コーナーで入選をいただきました。

小さな声      作/イラスト:さわね たかひろ


 「えーん、えーん、えーん」

 ジュースの自動販売機のおつりの出てくる場所から、小さな泣き声が聞こえてきました。

 その泣き声は、一枚の十円玉のものでした。
 もう何時間もひとりぼっちです。十円玉はさみしくて、仕方ありませんでした。

 十円玉の泣き声が聞こえたのでしょうか。そこに二本の小さな指が入ってきました。
 そして、しっかりと十円玉をつかむと、外に出しました。

 指の主は、小さな男の子でした。まだ小学校に入ったばかりでしょう。
 男の子は驚いた顔をしていましたけが、十円玉をにぎると、足早に歩きはじめました。

 十円玉は外に出られてほっとしていました。しかし、すぐにこれからどうなるか、心配になりました。

 『おまわりさんにとどけるのかなぁ』

 十円玉がそんな事を考えていると、男の子は、一軒のお店の前に立ち止まりました。
 駄菓子屋さんです。
 駄菓子屋さんには、十円で買えるものがたくさんあります。

 十円玉は、手のすきまから、男の子のぞきました。男の子は、駄菓子屋さんをじっと見つめています。

 いつのまにか十円玉はぎゅっと強くにぎられていました。

 『うーん、痛いよぉ』

 まるでその声が聞こえたかのように、ぱっと、男の子の手がゆるめられました。

 どうやら決心したようです。

 駄菓子屋さんをちらっと振り返りながら、歩き出しました。
 十円玉は、手の中のままです。男の子は何も買いませんでした。

 しばらく歩いていると、男の子はまた立ち止まりました。 

 さっきと同じように十円玉が男の子の顔をのぞくと、今度は道に並んで立っている人たちを見ているようでした。さきほど、駄菓子屋さんを見つめていたときと同じです。
 しかし、今度はすぐにその人たちの方へと走り出しました。

 並んで立っているなかの一人の前まで行きました。
 そして、その人の持っていた箱の中に、ずっとにぎっていた十円玉を入れました。

 『コトン』という小さな音をたてて、十円玉は箱の中に入りました。

 箱には、「募金箱」と書かれていました。

 箱の中には、同じ十円玉、五十円玉、百円玉がたくさんいました。
 仲間に会うことができて、十円玉は幸せでした。

 「ありがとうございましたー」

 箱の外でそんな声が聞こえました。

 「ありがとうございました」

 十円玉も同じように男の子に言いました。

 男の子は恥ずかしそうに、その場を走って離れていきました。

 きっと男の子には、十円玉の小さな声が聞こえていたのでしょう。

                                               おわり