5月のパンドラボックス(「五月病雑文祭」参加作品)
「鬱だ。こんなはずじゃなかった…」
大学ノートを開くと、そんな言葉が、目に飛び込んできた。
ちょうど昨日は、仕事をさっさと切り上げて家に籠もっていたのだ。
だいたい、こんなに仕事が腐るほどあるのに、論文なんて書けるかよ!
5月は、ひどく落ち込む季節。
いっそのこと、すべて無くなってしまえばいい。
そんな気分で部屋の本棚を物色していたら、片隅に旧い日記を見つけたのだ。
ちょうど、何年も前の5月、研修医になりたてのころのことが書いてある。
<5月6日>さあ、今日から医者デビューだ、がんばるぞ!!
しかしながら、白衣を翻し、颯爽と病棟を闊歩することなんて、医師免許とりたての研修医には、夢のまた夢だった。
その後の日記の内容は、酸鼻を極め、字にも生気がない。
・医者デビューして最初の仕事は、歓迎会の芸の練習。
・患者さんのところに診察に行っては「先生呼んできて」と言われた。
・採血は6割失敗。運良く入った血管は、すぐに破れて腫れてくる。
・主な仕事は検査の予約と伝票書き。指導医に言われて胃カメラの予約を取りに行けば、「もう空いてないよ」と怒られ、
それを指導医に報告すると「それを何とかするのがお前の仕事だろう」と、また怒られた。
・指示を出せば、「こんなオーダーの出し方じゃ、受けられません!」と夜勤の看護師にオーダーシートを投げつけられた。
・カンファレンスで指導医に言われたとおりにプレゼンしたら、教授に怒られ、
さらに指導医にも「他人の言うことを鵜呑みにするな!」と怒られた。
・おしっこが全然出てません」という深夜のポケベルに病院に駆けつけたら、「今出ました」という夜勤の看護師さんの声。
・2時くらいに家に帰ると、明日7時に採血に行くのが心底憂鬱で、明日なんか(正確には今日なんだけどさ)来なければいいのにな、
と思いながら、着替える間も無く寝てしまった。さらに翌朝遅刻。
・結局、研修医の評価の半分は、処世術でできている。
・「医者はモテる!」なんて言ったのは誰だ!
まさに、呪いのパンドラボックスといった感じだ。
ほんと、よくこんなことやってきたよな、俺。
そんなことを考えながらページをめくっていくと、ある患者さんとの会話の記録が残されていた。
患者「先生、早く偉くなってよ」
僕「僕なんかダメですよ…」
患者「いや、先生はきっと、いい医者になるよ、私はそう思う。ちゃんと話聞いてくれるしさ」
僕「そうでしょうか…」
患者「早く偉くなって、私の病気を治す方法をみつけてよ、待ってるから…」
結局、その患者さんは、それからまもなく亡くなられたのだった。
末期の癌で、僕には何もできなかった。
……すっかり忘れていた。
あれから何年になるんだろう?
そうだな、僕は論文書くためにこの仕事を選んだわけじゃない。
論文なんて、所詮はひとつのプロセスでしかないのに。
いつのまにか、手段を目的だと勘違いしていたんだ。
せめて、もうちょっとだけ「いい医者」になってから死のう。
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