賢治童話と私 |
『銀河鉄道の夜と私』について | ||||||||
木々が裸になり、今まで見えなかった景色です。足元には、落ち葉が重なり、やがて、土にかえっていくのでしょう。冬は自分自身を静かに見つめなおすのに良い季節なのかも知れません。 賢治の童話のエッセンスのような文に出会いましたので、紹介いたします。 城あとのおほばこの実は結び、赤つめ草の花は枯れて焦茶色になって、畑の粟は刈りとられ、畑のすみから一寸顔を出した野鼠はびっくりしたように又急いで穴の中へひっこむ。 崖やほりには、まばゆい銀のすすきの穂が、いちめん風に波立っている。 ひとりの少女が楽譜をもってためいきしながら藪ののそばの草にすわる。 そっちの方から、もずが、まるで音譜をばらばらにしてふりまいたように飛んで来て、みんな一度に、銀のすすきの穂にとまる。 少女は楽譜をもったまま化石のようにすわってしまう。マリヴロンはここにも人の居たことをむしろ意外におもいながらわづかにまなこに会釈してしばらく虹のそらをみる。 少女は、ふだんの透きとほる声もどこかへ行って、しはがれた声を風に半分とられながら叫ぶ。 マリヴロンは、うっとり西の碧いそらをながめていた大きな碧い瞳を、そっちへ向けてすばやく楽譜に記された少女の名前を見てとった。 「何かご用でいらっしゃいますか。あなたはギルダさんでしょう。」 少女のギルダは、まるでぶなの木の葉のようにプリプリふるへて輝いて、いきがせわしくて思うように物が云えない。 「先生どうか私のこころからうやまいをうけとって下さい。」 マリヴロンはかすかにといきしたので、その胸の黄や菫の宝石は一つづつ声をあげるように輝きました。そして云う。 「うやまいを受けることは、あなたもおなじです。なぜそんなに陰気な顔をなさるのですか。」 「私はもう死んでもいいのでございます。」 「どうしてそんなことを、仰っしゃるのです。あなたはまだまだお若いではありませんか。」 「いいえ。私の命なんか、なんでもないのでございます。あなたが、もし、もっと立派におなりになるためなら、私なんか、百ぺんでも死にます。」 「あなたこそそんなにお立派ではありませんか。あなたは、立派なおしごとをあちらへ行ってなさるでしょう。それはわたくしなどよりははるかに高いしごとです。私などはそれはまことにたよりないのです。ほんの十分か十五分かのひびきあるうちのいのちです。」 「いいえ、ちがいます。ちがいます。先生はここの世界やみんなをもっときれいに立派になさるお方でございます。」 マリヴロンは思はず微笑ひました。 「ええ、それをわたくしはのぞみます。けれどもそれはあなたはいよいよそうでしょう。正しく清くはたらくひとはひとつの大きな芸術を時間のうしろにつくるのです。ごらんなさい。向うの青いそらのなかを一羽の鳥がとんで行きます。鳥はうしろにみなそのあとをもつのです。みんなはそれを見ないでしょうが、わたくしはそれを見るのです。おんなじようにわたくしどもはみなそのあとにひとつの世界をつくって来ます。それがあらゆる人々のいちばん高い芸術です。」 「けれども、あなたは、高く光のそらにかかります。すべて草や花や鳥は、みなあなたをほめて歌います。わたくしはだれにも知られずおおきな森のなかで朽ちてしまうのです。」 「それはあなたも同じです。すべて私に来て、私をかがやかすものは、あなたをもきらめかします。私に与えられたすべてのほめことばは、そのままあなたに贈られます。」 「私を教えて下さい。私を連れて行ってつかって下さい。私はどんなことでもいたします。」 「いいえ私はどこへも行きません。いつでもあなたが考えるそこに居ります。すべてまことのひかりのなかに、いっしょにすんでいっしょにすすむ人は、いつでもいっしょにいるのです。けれども、わたくしは、もう帰らなければなりません。お日様があまり遠くなりました。もずが飛び立ちます。では。ごきげんよう。」 停車場の方で、鋭い笛がピーと鳴り、もずはみな、一ぺんに飛び立って、気違いになったばらばらの楽譜のように、やかましく鳴きながら、東の方へ飛んで行く。 「先生。私をつれて行って下さい。どうか私を教えてください。」 うつくしくけだかいマリヴロンはかすかにわらったようにも見えた。また当惑してかしらをふったようにも見えた。 そしてあたりはくらくなり空だけ銀の光を増せば、あんまり、もずがやかましいので、しまひのひばりも仕方なく、もういちど空へのぼって行って、少うしばかり調子はずれの歌をうたった。 ・いつか、賢治が書いたような、素敵な童話を書けたらなと夢見る私です・・・。 作成日時 : 2009/12/01 02:43 |
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1 マリヴロンと少女 | |||||||||
スケッチ集 銀河鉄道の夜 | |||||||||