エッセイ 『 廃墟(アサマモーターロッジ)と私』より
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 人生、こうしてこの世に生きているということは、ときにそれは楽しいことではないでしょうか。箸が転んでも可笑しい年頃なんて言葉がありますが、この世に生まれてきた赤ちゃんや幼子の瞳を覗きこむと、それはそれは、世界が笑っていると思われても不思議ではないですね。また、この世に生まれてきたものは、いつかはこの世から消えてなくなってしまうのですから、明滅するそのときどきに、なにか心に感じられればそれでいいのでしょう・・・。

 今はなき想い出です。ところどころにひびが入った、赤レンガ造りのなんだか雰囲気のある廃墟に魅せられたのは、詩人・立原道造が恋人と歩いたという追分に勤務していた時でした。傍らの林のなかの、分厚いコンクリートで固められた要塞のような不思議な建物に出会ったのです。今はその廃墟もきれいに片づけられて跡形もないのですが。これからお話する物語は、私の平凡な日々に、ちょっとしたときめきをもたらしてくれた亡き廃墟と私のお話です。


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 私はある日、ステファニーと出会ったのです。ステファニーは、一人旅の途中で、ふと、廃墟に立ち寄ったのです。初めて出会ったステファニーとは不思議に話が弾み、自分を透明にするという不思議なおまじないを教えていただきました。それは、あらゆるものは振動しているのであり、その振動数を高くしていけば肉体の束縛から離れ、透明人間になれるということでした。私とステファニーとの出会いはその一度だけでした。でも透明になる術を身につけた私は、ときどき、透明人間になってみたのです。

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