poésies 



“硝子細工”

公園につづく小さな階段に
はるか昔に置き去りにした
魂のひとかけら
朝の冷たい光を受けて
密やかに
鈍く輝いている
若い日に砕け散った
硝子細工の青春の破片を
もしも君が見かけたなら
どうか僕に知らせて欲しい
やりかけのつまらぬ仕事を床に落として
色のさめた茶色いコールテンの
肘あて付きの上着をひっかけて
大急ぎで拾いに行こう
僕の住所は国分寺市
恋ヶ窪一丁目
西武国分寺線の線路の傍の
電車が通ると硝子窓が震える
緑の蔦におおわれた
傾きかけた小さなアパート
ニ階の部屋にいつも
いつも僕はいるから
どうか僕に知らせて欲しい




“ゴロワーズさん”

神保町の裏通り
古びたビルの暗い階段を昇って
重い鉄の扉を開くと
その人はいた
銅版画のインクの匂いが立ちこめる
殺風景なアトリエの
大きな窓の明るい陽射しを背中に背負って
モノクロ・ネガの笑顔を向けて迎えてくれる
自動車整備士のような
白いつなぎはインクで汚れ
蓬髪は乱れに乱れ
ちびたゴロワーズを
くわえ煙草でくゆらしながら
よく来たねえなんて
言いながら
ところどころに穴のあいた
オンボロ椅子をすすめてくれる
まあ掛けなさいよなんて
言いながら
丸い石油ストーブの上にのせてある
細長いポットの中で
もういいかげん煮詰まった
苦い珈琲をカップに注ぎ
まあ飲みなさいよなんて
言いながら









“プラットホームの幸福論”

春風を頬に感じて
僕は井の頭公園駅の小さなホームに佇んでいた
桜の花が満開で
輝ける紺碧の天空には光満ち
赤屋根の向こうの新緑の梢には天使たちが舞っていた
君がくれた表紙の破れたペイパーバックの詩集には
希望に満ちた愛の言葉が溢れていた
それから電車はゆっくりと
あまりにもゆっくりと
かげろうに揺らめいて
かすかなカーブに車体を傾け
囁くように車輪を軋ませながら
プラットホームにすべりこんで
ひと時の夢想に終止符を打ったのだ





“フラヌリ”

考えても 考えても
ゆきつく先は
僕という人間の愚かしさ
お前の孤独など
誰が知るものか
ないものねだりの
あがりの見えない永久双六
全くもって
当然の
答えが返ってくるばかり
そういうわけで今日もまた
骨董写真機をぶらさげて
人影のない見知らぬ街を
ほっつき歩く
人影のない見知らぬ川を
渡って
人影のない見知らぬ街を
ほっつき歩く




“叙情の夕刻”

もしも明日
雨が降るなら
麻布の肩掛けカバンの中の
捨てきれぬ抒情を持って
あの橋を渡ろう

東中野駅の改札を出れば
淋しい踏み切りがあって
線路沿いには
桜の花が満開で
空の青さが目に染みた
ラーメン大正軒の傍らの
薄汚れた石段を降りれば
あの街が広がる
名前もない小さな川
トタン屋根の木造アパート
窓々には洗濯物がゆらめいて
物憂げな女が
咥え煙草で外を眺める

もしも明日
雨が降るなら
麻布の肩掛けカバンの中の
捨てきれぬ抒情を持って
あの橋を渡ろう









“愛の歌”

他愛もない歌を歌って下さい
誰もいない夕暮れ時の
海の見える駅のホームに
ひとり佇むその時に
ぼくが欲しいのは
他愛もない愛の歌です


“名も知れぬ花”

泣き出しそうな心で
遠くの道を歩けば
夕風に揺れる
名も知れぬ
小さな白い花が
ささやく
何も要らないさ
あるがままに
そのままで




“君へ”

いま この街の暗闇の中を
ひとり歩く君

疲れきった足取りで
君はあの路地を抜け
あの橋を渡り
なじみのあの店の前を通って
小さな部屋に帰ろうとしている 
僅かな安息を得ることができる
たったひとつのその場所で
やせっぽっちの身体をまるめて
自分自身を抱きしめて眠れ

そして
生きることの意味を
少しずつ
ほんの少しずつ理解して
明日を夢見るのだ

いま この街の暗闇の中を
ひとり歩く君は
僕のなつかしいともだち

今はまだ
会うことはできないね
だから僕はいつまでも
いつまでも ここにいて
小さな花束を用意しておくよ
君の明日に手渡すために


(02/07/07)

“暗闇にて”

もし君が
闇の中でうずくまって
身動きもできずにいるのなら
思い出してごらん
あのひとの笑顔を


(02/07/21)




“帰り道”

僕は  疲れて  しまった
みんないい人たちなのにね

問題なのはお前なのさと
自分に言ってみる
いつものように

いつものように
行方知れずの子犬を思いながら

いつものように
君と別れて

いつものように
ひとりで歩く帰り道に

(02/07/28)


“石の橋から”

僕たちには
まだ見る夢が残っているだろうか
あの街角に散った
僕らの夢が
君の背後を彷徨うときに
僕はひとりで
中央線を跨ぐ
ひび割れた石の橋から
西へと向かう
まっすぐな線路を見つめ
打ち捨てられた数え切れない
哀しみを思う

君と
あの夕暮れ時に
校舎の屋上から眺めた
どこまでも続く東京の屋根と
オレンジ色に煌めく
廃墟のビルの窓ガラス

遠くの町の煙突の煙が
ゆっくりと流れ
僕たちは
声もなくつぶやき続けた

僕たちの
この胸いっぱいの哀しみは
淋しい夢の捨て所

僕たちの
この胸いっぱいの哀しみは
淋しい夢の捨て所・・・・



(02/08/05)


“今日”

今日は一日雨が降り
今日は朝から雨が降り
今日は心に雨が降り
君の優しさを想えば
何故だかかえって悲しみは募り
今日は独りで
酒を飲む



(02/09/07)




“空”

パリは雨
シドニーは曇り空
そして僕らの街には風が吹く
君の孤独なこころには
れんげの花が咲くだろう
淋しい青の花束を
いったい誰に差し出そう



(03/01/27)




“最後の光”

春を待つ冬の午後には
光の風が吹きぬけて
善福寺川沿いの物干し台の
純白の布地をはためかす



(03/03/12)





“悲しみの聖者”

聖なる者たちよ
今こそ来たりて我等を救え
我等が子供たちが泣いているではないか
悪魔は微笑みて
子等を引き裂き
ひとり またひとり
永遠の闇の中へと連れて行く
いま この美しい早春の夕暮れ時に
駒込の架線橋の上で
緩やかな曲線の果てに消えてゆく線路を眺めながら
涙が 涙が止まらずに
はるかな昔の 栄光の戦いの日々を 懐かしみながら
己の無力を屈辱とともに噛み締める老兵のごとくに
奇蹟の空に祈り続ける聖なる者達よ
今こそ来たりて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



(製作年不明 4/17 水曜日)




“夜の森から”

赤ねずみの森では
一匹の細長い灰色蛇が私を待っていて
真暗闇の孤独の夜には
ひそひそと ひそひそと 私を呼ぶのです
どうしても行かなくてはと
赤城おろしの風の中を
マントの襟をおさえながら
小走りに よろよろと よろよろと
提灯の明りひとつで
泣きたい気持ちを押さえつけて
曲がりくねった畑の道を
どこまでも どこまでも
行くのです
行くのです



(制作年不明 4/18 )







東京幻想旅行記