sample4 「絆」より

 

***1***(知  盛)

 

 

振り注ぐ陽光を跳ね返し白刃が迷いない軌跡を描き出す。

刹那―――――。

視界が緋色に染まり肩先に焼け付くような痛みを感じた。

 

おまえなればこそ・・・・・・。

痛みと共に湧き上がる想いは、遅れを取った事への悔恨ではなく、強いて言葉にするならば憧れを含んだ諦念・・・・・・・。

 

権勢を欲しい侭にした平家一門は此処壇ノ浦で終焉の刻を迎えようとしている。

更に南へと落ち延びる一族の御座船を遠くに見送り知盛は自身の刻が満ちた事を感じた。

「こんな終わり方も悪くは無い・・・・・・・。」

心惹かれ、心躍る好敵手と剣を交えた幕切れ・・・・悪くないどころか、最高にラッキーなのかもしれないな・・・。

 

「知盛!!!」

 

喉が張り裂けんばかりに叫ぶ少女の声を餞に知盛は不敵な笑みを口許に掃き、自らの意思で深く深く蒼い水底へと沈んでいく。

 

 

 

此れは夢だ。

僅かに残る知盛の意識はそれが現実では在り得ない事を認める。

彼の少女の肩に走る緋色の傷跡を眼にした日から時折見る不条理な夢。

それと判っていても最後の刻を見届けるまでは醒める事の能わぬ夢。

そして意識に映る彩りは蒼から紺へと遷わり漆黒の闇の中で世界は一転する。

 

 

 

容赦なく照り付ける陽射しを濃い緑の葉に覆われた木々が遮り柔らかな木漏れ日へと変え時折吹き抜ける風は微かに潮の香りを含み、海が間近に在る事を彼に教える。

「知盛力を貸して!」

少女の言葉に続くように、にわかに辺りが重い空気に覆われこの地に縛られた怨霊が姿を現す。

「俺はおまえの犬じゃない・・・・・・。」

怠惰に吐き捨てる言葉とは裏腹に一分の隙も無く抜き身の剣を構える知盛は戦いの前に沸きあがる高揚感にその身を浸していく。

少女の操る五行の霊力は、知盛の持つ剣に宿り一薙ぎで怨霊達を光の中へと浄化していく・・・・恰も京に伝承として伝わる『龍神の神子とその神子を守る八葉』とでも云うかのように。

笑止な―――――。

我等は対峙する者でしか有り得ぬものを・・・・・・・。

 

 

 

勝浦の港で始めて出合った時、自身を『龍神の神子』と名乗った少女は、熊野を巡る道行きの中で数え切れない程の感情の高揚感を知盛から引き出し、自身さえも思いもしなかった行動へと彼を駆り立てていく。

少女に請われ舞を教え、至高の存在の想い人に剣を向け、そして、何よりもその存在の総てを在りのままに手に入れたいと願い・・・・・。

この少女なればこそ―――――。

真直ぐな瞳に強い意志の輝きと、深い哀しみの翳りを宿した不可思議なこの娘なればこそ囚われて見るのも悪くない・・・・。

総ての出来事を何処か諦めにも似た想いで容認している己に苦笑を浮かべた瞬間、辺りは闇色に包まれ意識が奈落へと沈んでゆく。

そう、此れもまた夢。

 

 

 

2006年9月 アンジェ金時新刊

知盛×望美・銀×望美アンソロジー本『紅い月銀の月』収録

「絆」(著:結花)より

 

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